10月4日

 7時半過ぎに起きる。布団に寝そべりながらパソコンを広げ、琉球新報を読んでいると知人が目を覚まし、「今、2種類のメロンパンの違いを説明してたのに」と言い、再び眠りにつく。朝日新聞の朝刊にも目を通して、昨日茹でておいた茹で玉子を食す。シャワーを浴びて、コーヒーを淹れ、昨日の夜に音源が届いていた対談のテープ起こしに取り掛かる。昼、セブンイレブンに行き、『週刊文春』をぱらぱらめくり、喜多方チャーシュー麺おかかのおにぎりを買って帰る。

 午後も引き続きテープ起こしを進める。15時頃にお越しを終えたものの、まだレイアウトが届いていないので構成にかかれず、RKSPの連載第2回で取材したお店の音源を起こす。17時過ぎに小腹が減り、冷蔵庫を開けると伊勢うどんが入っていたので、知人に確認をとった上で茹でて平らげる。麺が太くて驚く。19時にテープを起こし終わり、スーパーに買い物に出かける。今日は中華にしようと思って、麻婆豆腐と焼き餃子を作れるように買い出しをして、迷いに迷った挙句、金曜日だからとビールを2本買って帰ったのだが、アパートについてしばらくすると、「今日は遅くなる」と今更な連絡があり、ふてくされながら資料を読んで過ごす。

 23時頃に知人が帰ってきたあと、しばらく飲み続けていると、明日京都で観るつもりの公演が、当初は上演時間が100分だと発表されていたのに、今日になって「130分に変更となりました」と出ているのに気づく。30分の違いというのはかなり大きな変化だ。作品というのは完成してみないとわからないものだとはいえ、制作の見込みが甘過ぎるのではないかと、なぜか知人に不満を述べる。京都に泊まっていくならともかく、日帰りなので、21時37分の最終の新幹線に間に合わせなければならない(そもそも、「100分」と発表されているのを見て、終電より何本か早い新幹線をすでに予約してあるのだが)。つまり、終演から乗車まで1時間を切ることになる。劇場は駅からなかなか離れた場所にあり、夜だとバスの本数も少ないから、本当に乗れるか不安だ。そういうことを考えていると、招く側は結局のところ移動費や滞在費に自腹を切っているわけではないからではないかと、ひねくれたことを考えてしまう。

 ひねくれてしまうのは、酔っ払っているからだろうか。昨日の夜に、その作品に関する稽古場のルポがウェブに掲載されており、そのチームとは交流が薄いとはいえ、「ああ、そういう仕事を俺に振らないんだな」なんて考えてしまっていたけれど、お酒を飲んでいるとそんなふうに考えてしまうことが多い気がする。ただ、そのルポを書かれた方が、今日になって「渡航費も滞在費も自腹だ」とツイートされていて、それはそれで一体どういうことなのだろうなと不思議に思う。稽古をほぼフルで見学していたとあるけれど、稽古場というのは誰に対してもひらかれているものではない。自腹であることをわざわざ発表したことも含めて、どういう経緯があったのだろうなと考えているうちに眠りにつく。

10月3日

 昨日はお酒を飲まなかったのに、8時半まで眠っていた。まずは茹で玉子を作り、食べながら琉球新報を読む。1面から3面まで、アメリカが日本に新型中距離弾道ミサイルを配備する計画を進めているという記事でほぼ埋め尽くされている。情報元となっているのは「ロシア大統領府関係者」へのインタビューであるのだが、名前も明かされていないところが気にかかる。それは、「名前も明かされていない記事は信じるに値しない」ということではなく、「そのようにしてロシア側の意向がリークされること(およびその場所としてメディアが用いられること)」に対して思うところがある、ということだ。実際、「関係者」が発信しているメッセージは、ミサイルが配備されればロシアとしても日本にミサイルを向けざるを得ず、それでは北方領土問題が進展するはずもない、というものだ。メディアの側も、この取材にメッセージを持たせようとしており、「そんな中、日本政府は時代遅れの米海兵隊の軍事基地を沖縄に造ろうとしていることをどう思うか」という質問を投げかけている。これに対して「関係者」は、「時代遅れではない」と第一声で断った上で、「沖縄の軍事基地を米国が必要としているのは米軍機を展開できるからだ」「米国の軍事専門家は大なり小なり今後2、3年に米国と中国の軍事衝突は避けられないとみている」とコメントしている。続けて朝日新聞を読んでみると、これに関連した記事は一切掲載されていなかった。もちろん「新型の中距離弾道ミサイルを沖縄に配備する」ということは、決定事項として発表されたことではないけれど、アメリカが中距離核戦力廃棄条約を更新せず、8月2日で失効させたのは、この同盟とは無関係である中国がミサイル開発を進め、10月1日の軍事パレードでも脅威となる新型ミサイルがお披露目された今、アメリカとしても中国を牽制するためのミサイル配備を考えているのは確かだろう。琉球新報の記事を読むと、アメリカの新聞や雑誌では、中距離核戦力廃棄条約が失効したことを受けて、アジアに新型中距離ミサイルを配備するのは間違いないだろうという議論が掲載されているようだ。でも、今日の朝刊だけでなく、過去の記事を検索してみても、朝日新聞では「中距離弾道ミサイル」に関する記事は8月以降ほとんど掲載されていない(数少ない例外が、玉城デニー県知事が全国キャラバンでこの問題に言及した記事くらい)。こうして二紙を併読していると、「本土」と沖縄の距離を改めて感じる。琉球新報を読むようになって、せめて「こんな記事が掲載されていた」ということを沖縄以外に暮らしている人の目に留まったらなと、気になった記事のことをつぶやいているけれど、今朝のこの記事に関するツイートは2つ「いいね」がついただけだ。その数時間後に、「水口食堂」でアジフライを食べたツイートに21個も「いいね」がついているのを見ると、別に政治的なことを訴えたいわけでもないけれど、なんだか唸ってしまう。

 新聞を読み終えるとジョギングに出た。不忍池の少し手前で引き返す。シャワーを浴びて、バスで浅草に出る。「水口食堂」に入り、まずは瓶ビールとアジフライを注文。皿に3枚も載っており、これだけでほとんどお腹いっぱいになりかけていたけれど、せっかく「水口食堂」まできたのだからと、炒り豚も食べた。僕はたまねぎがそんなに好きではないのだけど、ここの炒り豚に入っているたまねぎはとても美味しく感じる。

 14時ギリギリに「フグレン」に行くと、お店の前でKさんが待ってくれている。コーヒーをご馳走になりながら、そして向かいの「正ちゃん」に入れ替わり立ち替わりやってくるお客さんを眺めながら、ぽつぽつ話す。1時間ほど話したあとで、近況についてあれこれ話す。仕事に関連した話をしていたところで、「もうちょっと食べ物のことについて踏み込んでもいいと思う。踏み込んでも、全体が崩れることはないと思う」とKさんが言う。いつも痛いところを突かれる感じがある。2時間ほどで店を出て、Kさんと別れる。そのままバスのりばに向かったものの、せっかく浅草まできたのだから、どこかで1杯飲んで帰ろうかと引き返し、ホッピー通りを歩く。でも、小洒落た若者ばかりで、ここで飲むことが本当に楽しいと思えているのか、と自問自答して、結局バス停に引き返した。

 千駄木3丁目でバスを降りると、少しだけ雨がぱらつき始めている。「越後屋本店」に立ち寄り、アサヒスーパードライを注文すると、すみません、10月に入って値上げしたんです、とお店の方が言う。アサヒスーパードライは350円から370円に、琥珀エビスは400円から420円になっている。雨が本格的に降り始めるのではと心配になって、急いでビールを飲み干して、買い物をしてアパートに戻る。20時に帰宅した知人と晩酌。鯖のみりん干しや、総菜屋で買ったマカロニサラダやナスの煮浸しをツマミにチューハイを飲んだ。テレビが改編期に入っているので観たい録画がなく、Amazonプライム・ビデオで『万引き家族』を観た。樹木希林に圧倒されたけれど、映画としては最後の30分くらいでだれてしまう。モノローグに聞き入るということは、とても難しいことだと思う。

10月2日

 8時に目を覚ます。茹で玉子を食べて、ハードディスクレコーダーの設定をして、アイフォーンとも連携させる。ただ、アイフォーンだとイヤホンを差したままでは充電できないので、古いiPad miniにも連携アプリをインストールしようとしたのだが、ダウンロードできなかった。僕が持っているiPad miniは初代のもので、とっくにサポート対象外になっており、2代目のiPad miniでさえサポート対象外になっているらしかった。10年使わせてもらうこともできないのかとゲンナリする。

 

 新聞を読む。昨日はゆいレールが延伸したとあって、琉球新報はこれを何面かに渡って報じられている。始発電車に乗車したレポートも掲載されており、記者の方は新たに開業したてだこ浦西駅から乗車している。始発駅であるてだこ浦西駅から浦添前田駅までの描写を読んでいると、「上り線は3分、990メートル。そのうち約660メートルはゆいレール初の『トンネル区間』だが、外の暗さのせいか、記者は気付かなかった」とある。いくら外が暗いとはいえ、夜明け前の暗さのトンネルの暗さはまったく別物で、音も違っているはずだ。しかも、ゆいレール初のトンネル区間となれば、まったく違った印象を受けるはずだ。それを気づかない記者なんているのかと驚きつつも、少しほのぼのした気持ちにもなる。

 ここ数日は増税に関連した記事も掲載されているが、「タクシー 未明に行列/値上げでメーター更新」という記事が出ている。9月30日の夜遅くには、那覇市港町の沖電子に、料金の値上げに対応したメーターに切り替えようと、タクシーが行列を作ったとある。増税の影響はいろんなところに出ているのだろうけれど、タクシーメーターを切り替えるために列ができているという風景を、僕は一度も思い浮かべることがなかった。いろんなところで、いろんな風景を予測して、先回りして取材している人たちがいるのだなと思う。

 昼、納豆オクラ豆腐そばを平らげて、『別冊K』の構成仕事に取りかかる。ああでもない、こうでもないと思いながら、あれこれ手を加える。夜になってようやく完成し、メールで送信。19時過ぎに帰ってきた知人と夕食をとる。豆腐入りのつくねと、さんまだ。普段は家でさんまを焼かないけれど、昨日ひと口だけ食べたせいで、もうちょっと食べたいという気持ちになったのだ。まずは録画を消化するべく、先日特番で放送された『時効警察』観る。連ドラで放送されていた頃は観ていなかったけれど、なんとなく「ヒットしたドラマだ」という情報だけ頭に入っていたので、こんなにつまらないドラマなのかと愕然とする。小ネタの入れ方や、会話やシーンの転換――まったく場所が切り替わるというよりも、一つの部屋で過ごし続けながらも、話題が転換するときの作法――がいかにもお芝居的で、10数年前はまだこういうモードを楽しめていたかもなあと思いながらも、やはり2019年の今となっては有効期限が切れたものだとしか思えない。なぜこれを再生しようと言い出したのかという視線を知人に向けると、「いや、23時台に観るのはこれがちょうどよかったんよ」と知人が言い訳する。

 21時半に観終わり、楽しみにしていた『有吉の壁』を追っかけ再生する。皆面白かったけど、大笑いしたのはやっぱりシソンヌだ。そして、「ブレイキしそうなキャラ芸人選手権」で、とにかく明るい安村が本名の「安村昇剛」で披露した芸に胸を打たれる。「東京って、すごい!」と言ったのち、ばたばたと動きながら、北海道の、田舎の、控え目で、おとなしかった俺が、東京にきて、20年経ったら、恥ずかしくもなく、こんなことができる、と節に乗せて言う。その瞬間に、芸人たちはスタンディングオベーションで手を叩きながら大笑いしている。ほとんどドキュメントである。見終えたあと、本編ではカットされた映像をHuluで視聴していると、再生が終わったところで、初回の『有吉の壁』が再生され始める。そこにもとにかく明るい安村の姿がある。当時はまだブレイク真っ只中だったのに、バリカンで頭の真ん中を剃って笑いを取っている姿が映し出される。その姿はすごく印象に残っているけれど、数年経って改めて観ると、ほとんど感慨深いものがある。

10月1日

 7時に起きる。J-WAVEをかけ、別所哲也の番組を聴いていると、「こじらせ家事男子」という言葉が紹介されている。たとえば僕のように、洗濯に対してやたらとこだわっている面倒くさい男をそう呼ぶのかと思って聴いていたけれど、どうもそうではなさそうだ。あるグループが、「職場で女性に差別的である人ほど、家庭で家事をしない傾向がある」はずだと思って社会調査をしたところ、反対に「職場で女性に差別的である人ほど、家庭で家事をする傾向がある」という結果が出たのだという。その流れで別所哲也が「皿洗いやゴミ出しぐらいはやっていかないと」と発言していて、このご時世に、と思う。

 茹で玉子を食べながら、琉球新報朝日新聞を読む。石垣島で買ってきてから重宝しているピパーチに関する記事がある。ピパーチは八重山でしか食べられておらず、沖縄本島では馴染みが薄いので、これを普及させる活動をしている男性が紹介されているのだが、今まで「ピバーチ」だと思っていたが、「ピパーチ」と表記されている。この1ヶ月間、ずっと間違っておぼえていた。

 朝日新聞は紙とデジタルを両方取っていたけれど、紙だと東京を離れている期間が無駄になってしまうので、昨日でデジタルだけの購読に切り替えた。販売所に電話をかけるとき、別に新聞を読むのをやめるわけないのだと伝えたくて、「紙とデジタルを取っていたんですけど、デジタルだけに絞ろうと思ってまして」と余計な断りを入れたけれど、販売所の人からすると新聞を読み続けるかどうかなどどうでもよくて、紙で取ってくれなければ何の意味もないだろうなと後になって気づいた。

 昼近くになって、昨日ネット通販で注文したハードディスクレコーダーが届く。すぐに設定にとりかかるも、アパートの壁にあるテレビの穴は、テレビの数年前から使っているハードディスクレコーダーで塞がっているので、分配器が必要だと気づく。設定を中断して、近所の八百屋に出かける。停まっていたトラックに何気なく視線を向けると、紙パックの梨ジュースが置かれている。梨ジュースなんてのもあるのか。アパートに戻り、納豆オクラ豆腐そばを作って平らげたのち、F.Yさんを取材した原稿を完成させる。

 16時過ぎ、千代田線で日比谷に出て、有楽町のビックカメラへ。テレビの分配器とブルーレイディスクを購入し、ソーダストリームのボンベを交換する。増税当日だからだろう、心なしか空いている。ビックカメラを出て、東京駅方面に向かって歩く。銀座インズの角を曲がると、途端に寂しい風景になる。どこかの地方都市のようだ。八重洲ブックセンターはこんな大きさだったっけかと不思議な感じがする。東京駅のJRバスの窓口に行き、予約していたチケットをキャンセルして返金してもらう。隣ではアジア系の若者がやりとりしていたのだが、「とにかく、ここに小銭を持ってこられても困りますから、銀行で換金してきてください。この時間に営業してるかどうか、わかりませんけどね」とあしらわれている。来年にはオリンピックが開催されるのになと思う。

 山手線で大塚に出て、北口にある酒場へ。つい数日前にも大塚を訪れているけれど、日が暮れたあとで歩いてみると、印象がまた違ってくる。屋台村みたいな場所が作られていて、駅前には小洒落たビルがあり、サラリーマンが合コンのような飲み会を開いているのが見える。それは星野リゾートが手がけたビルだと後で知った。今日から知人は文美さんの作品を手伝っていて、稽古終わりで飲んでいるところに混ぜてもらう。今年初のさんまを食べる。19時に一度おひらきとなり、知人、それに以前から「もふさんと飲みたい」と言ってくれていたこーじさんとで、文美さんが作品を制作している現場からすぐ近くにある「あら井」という酒場に入り、日本酒を飲んだ。こーじさんが「地元の人を喜ばせたい」と言っている言葉を、しみじみ聞く。僕にはそんな気持ちがまったくないのだと語ると、「ほんとに、人として何かが欠落してる」と知人が言う。こーじさんはもう少しすると一旦地元に帰るそうだが、狩猟をしたり米づくりしたりするつもりらしく、それを言葉にしてくれたらいいのになと思う。そして、しばらく飲んだところで、僕がこーじさんに会いに行って言葉にすればいいのか、と気づく。

 21時過ぎに店を出て、千駄木まで帰ってくる。アサヒスーパードライをたんまり買い込んで、ついにナンバーガールの再結成ライブを観る。おとといWOWOWで放送されたものを、最高画質で録画しておいたものの、どのタイミングで観ればいいのか決めかねていた。ほろ酔い加減になった今日、思い切って再生ボタンを押す。

9月30日

 7時に目を覚ます。最近は知人より早く起きられなかったのに、お酒を飲まなかったせいかスパッとした目覚めで、少し面食らう。酒が抜けていく感じがある。抜けきった爽快感ではなく、昨日は飲まなかったのに、内臓からアルコールが滲み出してくるような感じがする。天日干しされているような気持ち。洗い物をしていると、今日が9月30日「月曜日」であり、ひょっとすると今日から新しい朝ドラなのではと調べてみると、やはりそうだ。急いで録画予約をしたあとで、今期の詳細を調べてみると、「朝ドラの原点に戻る」とあり、戦後という時代と女性の成長を描くドラマになるとある。一気に興味を失いながら、コーヒーを淹れる。

 知人は昨日まで、さいたま新都心で開催されていたパンのイベントでアルバイトをしていて、余ったパンを持ち帰ってきてくれた。パンは2個あり、僕は迷わずパン・オ・ショコラを選んだ。昨年の秋にパリを訪れる前に『アメリ』を観返して、パリでもパン・オ・ショコラを食べた記憶がある。「パン・オ・ショコラが好きなんて、知らんかったけど」と知人が意外そうな顔をする。『アメリ』の中でどんなふうに登場したのかはもはや覚えていないけれど、パンを平らげる。シャワーを浴びて、琉球新報朝日新聞を読んだ。今日は玉城デニーが県知事に当選してから1年であり、東海村の臨界事故から1年だという。東海村の事故のことを「どこか遠い世界の出来事」としてしまったことが福島の事故に繋がってしまったという言葉がある。

 午前中はインプットの時間にしようと、dマガジンで『週刊ポスト』の連載記事もいくつか読んだ。大竹聡さんの連載「酒でも呑むか」は「月見の酒について」。月見酒を楽しむために、保温水筒に燗酒を詰めて予行演習に出かけた話。こういう話は読んでいて楽しいなあ。誰かがひとりで小さな世界を過ごしている話。その愉しみを誰かと共有しようとするのでもなく、ただひとりでやっている感じが、しみじみ「いいなあ」と思う(と同時に、自分がどんな文章を書いていこうかとボンヤリ思い浮かべる)。『男の隠れ家』が「DEEP沖縄」という特集を組んでいるので、これもパラパラとdマガジンでめくるも、『男の隠れ家』という感じだったのですぐに読み終える。

 昼、納豆オクラ豆腐そばを作る。ここ数日は「温」で作っていたけれど、天気予報が東京は30度まで上がると報じていたので、今日は「冷」で作る。午後、パソコンとICレコーダーの中身を整理する。録音しっぱなしになっていたデータたちに、中身がわかるようにタイトルを変えてパソコンに移す。そこに編集者のAさんから電話があり、しばらく前に提案していただいていた『AMKR』での連載が正式に決まったと伝えてくださる。頑張らなければ。ついては一度関西で打ち合わせをという話になり、ちょうど今週末に京都に観劇に行くつもりだった旨を伝えると、「ああ、KYOTO EXPERIMENT?」とすぐに話が通じて、僕なんかが大先輩であるAさんに言うのもおこがましい物言いではあるけれど、さすがだ、と思う。お金がないので、往路は高速バス、復路のみ新幹線のつもりでいたけれど、往復の新幹線代を出してもらえることになり、すごく得した気持ち。高速バスのチケットはもう手配していたので、キャンセルの手続きについて調べる。

 コーヒーを飲みながら、9月22日にF.Yさんのアトリエでオーダー会を取材したときのテープ起こしをして、原稿を考える。16時過ぎ、少し集中力が切れてきたところで、請求書の発行やメールの返信など、事務作業にとりかかる。『月刊ドライブイン』と『不忍界隈』の通販の申し込みがあったのを思い出し、発送手続きもする。ストアーズのサイトから「増税に対応した設定をしてください」と連絡があったことも同時に思い出して、「増税に対応した設定」というのは何クリックかすれば済む話なのだろうけれど、増税にまつわることなんて考えたくないと思って、すべての在庫をゼロにして、実質的に店じまいとする。

 ポストに投函しにいくついでに、スーパーマーケットで買い物。朝から活動しているせいか、まだ外は明るいというのに、ちょっとくたびれている。アパートに戻っても原稿を考えられず、玉ねぎをみじん切りにしたり、筍を細かく切ったり。19時に知人が帰ってきたところで、再び原稿を考える。ある程度道筋を立てておいて、カレー作りに取りかかり、作りながら原稿の流れを思い浮かべる。20時半から「晩酌」。知人はお酒を飲んでいるけれど、僕は今日もソーダにレモンを絞って飲んだ。アルコールだと何かが麻痺して延々飲んでいるけれど、ソーダだと、1リットルを超えると呑むペースが落ち着いてくる。チビチビ炭酸水を舐めながら、それはおしっこの頻度が増すわけだと思う。

 「晩酌」をしながら、『凪のお暇』のラスト3話を一気に観た。ドラマの序盤、高橋一生はどうしてこんな演技になってしまっているのかといぶかしく思っていたけれど、あれにはすべて意味があったのだなと思う。良いドラマだった。と同時に、ここ数十年のドラマが――いや、近代という時代における物語が――描いてきたことは一体何だったのだろうと思う。家と家族の呪縛に追い込まれながらも、そこから自立して生きていこうとする。“家”から独立することや、“家”の崩壊は、ずっと前に描かれたモチーフであり、それが片付いた(かに見えた)からこそ、都市での生活を謳歌するトレンディドラマがあったはずだ。でも、『凪のお暇』で扱われている問題は、片づいたかに思われていた問題ばかりで、この数十年の物語は現実の問題を何も動かせなかったのではという気持ちにもなってしまう。

 これはこの数十年の物語を批判しているわけでも、『凪のお暇』を批判しているわけでもなく、むしろ良い作品がたくさんあると思うけれど、でも、それが現実の生きづらさを改善できずに、『凪のお暇』にしても、『セミオトコ』にしても、根底の尊厳のところにまで立ち返り、「生きてていいんだよ」というメッセージを、登場人物のほぼすべてが「私」の話を聞いてくれる状況を元に描いている。こうした物語を書かなければと作家が思うほど、現実は疲弊しているのだなと思う。繰り返しになるが、『凪のお暇』は良いドラマであったけれど、そこで描かれるのはオルタナティブな時間の可能性であって、オルタナティブということはつまり、本流は何一つ変わらず流れ続けているということでもあり、世界が変わるなんてことは起こるのだろうかなんてことを思う。知人は隣で号泣し続けていて、メガネの下の縁でティッシュを挟んで、いちいち涙を拭かなくていいようにしておいて、ずっと号泣している。

9月29日

 8時過ぎに起きる。茹で玉子を茹で、コーヒーを淹れて朝ごはん。昨日は晩酌しながらあれこれ食べた上に、先日の『アメトーーク!』で懐かしく思っていた「パイの実」まで食べてしまった。最近は身体が重く感じることが増えつつあり、眠っているときも身体をねじってしまっていることが多いので、久しぶりでジョギングに出る。不忍池の少し手前で引き返し、スーパーマーケットでオクラだけ買って帰る。

 アパートに戻ると、シャワーを浴びる前に階段の掃き掃除をする。埃にまみれて、シャワーを浴びる。最近、何枚かのバスタオルがまた臭うようになってきているので、鍋で煮沸した上で、桶に移して漂白剤に浸け、洗濯する。洗濯物を干し、琉球新報を読んだ。10月1日に延伸となるゆいレールに関する記事がいくつもある。東海岸まで再延伸訴え/上間・西原町長「MICEに必要」という記事。西原町東海岸側にあるのだが「東海岸と西海岸の経済格差是正のために大型MICEが必要だ」と訴えている。そのためには交通手段の確保が課題であり、そのためにもゆいレールをさらなる延伸をと訴えているという。たしかに、観光客の多くは沖縄の西海岸沿いを訪れていて、東海岸側となると、タコライス発祥の地であり、基地の街の佇まいが残る金武町を訪れるくらいだろう。

 ただ、西海岸側でも事情は様々あり、「『素通りのまち』脱却へ」という記事もある。観光客が訪れるのは、浦添のもう一つ北側にある宜野湾あたりからで、浦添は素通りする観光客がほとんどだ。そこで、この延伸を機に、ゆいレールの駅周辺に大型商業施設や刊行拠点施設を整備する動きが進められてきたそうだが、延伸には間に合わず、3年後にオープンするのだという。土地区画整理組合の理事長が語る「30年前、この地域は陸の孤島と言われていた」「モノレール延長でダイヤモンドを掘り当てた感覚だ。老若男女で活気に満ちて、全国のモデルになるまちをつくりたい」という言葉が紹介されているが、その期待が空回りに終わらなければいいなと願う。しかし、観光以外に道はないのかとも思ってしまう。

 昼、納豆オクラ豆腐そばを食す。午後は来年の企画を考えて、やりたい企画のうち、ひとつを説明するテキストを考えた上で、相談しようと思っている方にメッセージを送っておく。夕方になって買い物に出かける。豆腐入りつくねに再チャレンジするつもりだったが、珍しくハタハタが売られていたので、そちらを選んだ。そして、レモン3個入り198円の袋も買い求める。今日、ふと、自宅でお酒を飲むのをやめてみようと思い立った。最近、知人と話していたときに、「高田馬場に住んでいた頃は、なんであんなにお金があったのか」という話になった。たしかに当時は毎晩のように外で飲んでいて、1軒で終わらずハシゴ酒することも多かったけれど、最近はもっぱら家で飲んでいる(のにお金は手元に残っていない)。

 たしかに、どうしてあんなに飲み歩けていたのだろう。それと同時に、なぜ自分は今、アパートで酒を飲んでいるのだろう。高田馬場に住んでいた頃は、「家でもよく飲むんですか?」と聞かれれば、「外で飲むのは好きだけど、家ではあんまり飲まないですね」と答えていた。その気持ちは今でも変わっていないのに、外で飲み歩くお金を節約しようと、家で飲んで過ごしている。お酒が好きだという以上に、酒場が好きで飲んでいるのだから、よく考えれば家で晩酌をする必要はないのだ。それに、酒を飲んでいるときは録画を消化していることが多いが、飲んでいるせいであまり記憶に残らないことが多い。

 久しぶりにジョギングしてみて、改めて思ったのは、もっとトレーニングするように情報を入れなければということだ。「食べたいときに食べる」のではなく、ホットドッグの大食い選手権ぐらいの勢いでインプットしていかなければ、もっと仕事を残していくことはできないだろう。テレビを観るのも、新聞や雑誌や本を読むのも、もっとホットドッグを押し込むように、そして習慣的に食べていかなければ駄目だ。自宅で過ごす日は日が暮れる頃には晩酌を始めているけれど、もう少し違う過ごし方をしなければと、ふいに思い立った。録画を観るにしても、自分は「酔っ払いたい」という気持ちがあって酒を飲んでいるわけではなく、「何かを飲みながら観たい」と思っているだけなので、今日は炭酸にレモンを絞って飲んで過ごすことにする。

 20時過ぎ、もやしのピバーチ炒めときゅうりをツマミに、録画したテレビ番組を観始める。昨日、知人と一緒に観始めたものの、「これ、何が面白いの?」と言われて途中で止めていた『あざとくて何が悪いの?』観る。田中みな実弘中綾香が司会でこのタイトルであれば、あざといと言われようが何と言われようが、他人の目線なんてどうでもよくて、私は私のやりたいように生きていく――という内容を期待していたのに、ただただ女子の行動に「あざとい!」とツッコミを入れていくばかりだ。弘中アナは先日、『オードリーのオールナイトニッポン』に出演した際に「夢は革命家」と語っていて、いいねと思っていただけに、残念な気持ちになる。23時近くになって知人が帰宅して、ハタハタを焼き、『凪のお暇』を観ながらレモンハイもどきを飲んだ。

9月28日

 8時過ぎに起きる。最近おじさんのにおいがするので、湯を張り、風呂に浸かる。江藤淳蓮實重彦の対談『オールド・ファッション』を少し読み進める。12時にアパートを出て、千代田線と山手線を乗り継ぎ大塚へ。昔、友人のA.Tさんが住んでいた頃は週に何度も通っていたが、駅前の様子はすっかり変わっている。今日は南大塚地域文化創造館にて、ロロの三浦直之さんによるワークショップ「演劇目線のまちあるき」があり、これに参加する。ワークショップを見学したことはあるけれど、参加するというのは今日が初めてだ。

 まず、講師の三浦さんの挨拶から始まる。最近は場所から演劇を立ち上げるということに関心がある、と三浦さんは語る。言われてみれば、何年か前に観たロロの作品からは、特定の場所を感じるというよりも、どこでもあるどこかという印象がある。それが「いつ校」シリーズでは、ありとあらゆる学校につながっているように感じさせてくれるし、あるいは、3年前に『あなたがいなかった頃の物語と、いなくなってからの物語』を観たときに感じた違和感も、そことつながっているようにも思える。でも、三浦さんが今、場所から演劇を立ち上げるというのは興味深くもあり、最近観に行けていないけれど観に行かなければと思う。

 ワークショップは、大塚のまちを歩きながら、3人の架空の登場人物を想像するという内容だった。登場人物は太郎、花子、そしてイギリス人のアリス。ワークショップ参加者それぞれに、「あなたは太郎の6歳を」「あなたは花子の17歳を」と割り振られる。そして、まちのどこを舞台とするかも、シチュエーションごとに指定される。僕が割り振られたのは、アリスの35歳だった。

 45分ほどシンキングタイムが与えられ、参加者はそれぞれ割り振られたエリアを歩きながら、話を考える。ただ登場人物のエピソードを考えるのではなく、「私」と登場人物がそこで何かしら関わったというエピソードを考えなければならない。僕が割り振られた場所は、天祖神社から踏切前までのエリア。最初に目についたのは「やっぱりインディア」というインド料理店である。南大塚地域文化想像館まで歩いていたときも、ベトナム料理店やインド料理店を何軒も見かけていたし、インドからきたのであろう子供達が駆けてゆくのも見かけていた。アリスがイギリス人だということも含めて、やはりインド料理店で出会ったエピソードがいいだろう。そして、僕が指定されたエリアには酒場が何軒も軒を連ねている――となると、自然と話が浮かんでくる。

 僕がアリスと初めて言葉を交わしたのは、「やっぱりインディア」を訪れたときだ。他に客はおらず、僕が店に入るなりアチャールキングフィッシャーを注文すると、彼女も同じセットを頼んでおり、それをきっかけに初めて言葉を交わした。

 アリスの姿は、以前からよく目にしていた。晩杯屋でも、串カツ田中でも、あちこちで姿を目にした。彼女はいつもひとりで飲んでいた。ひとりでいることを持て余しているといったふうではなく、ひとりで飲むのが好きだといった佇まいで、すごく好感を抱いていた。ちょうど『マッサン』が放送されていた時期だったので、酔っ払ったおっさんから「あれ、マッサンだ」と声をかけられることもあったが、彼女はそれに愛想笑いをすることもなく、まったく相手にせずに、ただひとりで静かに酒を飲んでいた。僕もいつもひとりで飲んでいたこともあり、その姿を好ましく思っていた。

 そんな彼女と言葉を交わしたことで、僕は嬉しくなって、ぽつぽつ質問を投げかけながら飲んだ。彼女は高田馬場日本語学校で講師を務めていて、南大塚に家があるという。だから向原で都電を降りたほうが近いのだけれども、ひとりでお酒を飲むのが好きで、大塚まで乗り、家まで歩く途中に、その日ピンときた店に入るのだという。そして、「マッサン」と呼ばれているけれど、彼女はアメリカ人ではなく、イギリス人なのだという。

 ――と、そんな話をしたところまでは覚えているのだが、間を埋めるようにお酒を飲んだせいで酔っ払い、途中で記憶は途絶えてしまっている。後日、再び「やっぱりインディア」を訪れると、店主が怪訝な顔をしている。アリスはこの店の常連だったのに、あの日以来こなくなってしまったらしく、それは僕のせいであるらしかった。憮然とした店主に詳しい事情を尋ねてみると、僕はその日、「イギリスといえば、インドはイギリス領だった時代があるから、やっぱりインド料理にも馴染みがあるんですか」と言いだし、アリスはどうにも居心地が悪そうな顔をしていたのだという。間が持たなくなって、イギリスのことも知っていると伝えたくてそんな話をしたのだろうけれど、どうしてそんなことを言い出してしまったのかと後悔する。

 しばらく経って、一度だけ、アリスとばったり顔を合わせたことがある。それは駅の近くにある「富士そば」で、彼女はカレーライスをツマミに310円の生ビールを飲んでいた。なんだか申し訳ない気持ちになっていると、アリスは僕に気づいたが、僕のことはまったく知らない人であるかのように、すぐに視線を窓の外にやり、ビールを飲んでいた。都電が通りかかる。そういえば彼女は路面電車に思い入れがあるのだと語っていたような気がする。高田馬場日本語学校で教えているのだとして、学習院下の停留所まで歩いて帰るより、山手線で大塚駅に出たほうが早くて安上がりなはずなのに、わざわざ都電で通勤していることも、路面電車が好きだからだと言っていたような気もするが、あの日は飲みすぎたので記憶がおぼろげになっている。アリスは窓の外を眺めながらビールを飲んでいる。やはり路面電車に思い入れがあるのだろうかと思うけれど、もうその質問を投げかける機会は訪れないだろう。

 シンキングタイムが終わると、駅前広場に集合して、太郎の6歳、17歳、35歳、60歳、花子の6歳……と、順番に、それぞれが考えたエピソードを話していく。言ってみれば、そのエピソードを披露する人が瞬間的に俳優となり、その人と、その人が指し示す場所とが舞台となり、それを聞いている他の参加者は観客となる。街角にインスタントな劇場が立ち上がるのは面白い経験でもある(でも、そう考えると、ワークショップの冒頭で、舞台と客席をどう設計するかという話も少しあったほうがよかったのではと、営業中の店に立ち止まらざるを得ないタイミングが訪れるたびに思う)。全員のエピソードが披露されたあと、会場に戻り、それぞれのエピソードをつなぎ合わせて年表を作成し、もう一度発表してワークショップは終了となる。なかなか面白いワークショップだったし、これまで何度も歩いたことがあるつもりになっていたまちでも、こうして歩いてみるとまったく違った見え方をするものだなと思う。

 帰り道、「やっぱりインディア」に立ち寄る。カウンターがある店を想像していたけれど、テーブル席のみであり、入ってみなければわからないものだなと思う。アチャールキングフィッシャーを注文してみたけれど、当然誰とも会話は巻き起こらなかった。キングフィッシャーとチキンティカを追加注文して、それを平らげたところで店を出る。クーポンをもらったので、すぐ近くで滞在制作している佐々木文美さんにプレゼントしようと思っていたのだが、クーポンを見るなり「やっぱりインディア、美味しいよね」と文美さんが言う。今日、ワークショップで散策しているときも、大人数で歩いていることに興味を持った近くの商店の方にスタッフが「フェスティバル/トーキョーの関連企画で……」と説明したとき、「ああ、あの、文美さんも関わってるやつだ」と言っていて、文美さんの地域への溶け込み方に驚いたことを思い出す。クーポンを渡して、山手線に乗り、「越後屋本店」で知人と待ち合わせ、スーパードライで乾杯。18時を過ぎると、人がたくさんやってくる。日曜日だというのに、この時間からお客さんが増えるのは珍しいなと思っていると、あちこちでラグビーの試合結果を語り合っている。