朝5時、風の音で目がさめる。すごい音だ。新聞を読んで春雨ヌードルをすすり、原稿を書く。10時過ぎ、ようやく完成。20年以上前に閉店してしまったドライブインの話である。最初に訪れたのは2011年のことで、それから何か情報はないかと探り続けてきた。昨年『月刊ドライブイン』を相関してからは何度となく現地に足を運んできて、ようやく書き終えることができた。

 眠っている知人を起こして、読んでもらうことにする。まだ寝たいのにとブツブツ言いながら起きた知人はケータイを手に取り、大声をあげる。ジャニーズ事務所からファンクラブの会員宛にメールが送られていたようで、「関ジャニ∞のメンバーから、大切なお知らせがあります。本日午前11時より、下記URLからファミリークラブ会員サイトをご覧ください」とある。知人の狼狽ぶりたるや。つい先日、『FRIDAY』が「渋谷すばる脱退へ」とスクープしていたのに、知人はまったく信じていなかった。それが今、こんなに動揺している。

 それはやはり、渋谷すばる脱退の知らせだった。12時には『アッコにおまかせ!』で記者会見の様子が流れ、知人は食い入るようにテレビを観ていた。失意の知人を連れ出し、「コザブロ」でカレーライス二種盛と生ビール。結構気に入っているスパイス料理店なのに、カレーが運ばれてきてもぼんやり外を眺めて、ときどきケータイを見つめて続報を追っている。そして何度か涙ぐんだ。しばらく経って、「そういえば、さすがに優しいね」と知人が言う。「いつもだったら、こんなふうにぼんやりしたり、ケータイばっか観てたら文句言うのに」。

 せっかくだから少し散歩。根津神社ツツジまつりが開催されているので、まだ根津神社に行ったことがない知人と見物に出る。S坂を下り、境内に足を踏み入れると、色とりどりのツツジが咲いている。これは見事だ。おやき、タピオカジュース、串焼きだんご、チキンステーキ、いかやき、鶏皮餃子、あんず飴、スーパーボールすくい、かき氷、大判焼き、玉こんにゃく。いくつも屋台が出ている。こんなに大規模にやっているとは思わなかった。「ベーカリーミウラ」に入り、食パンを買おうとするも、予約ですべて完売だという。生ビールと春菊のピザを1切れ買って、知人と分け合いながら店頭で食す。

 「ベーカリーミウラ」には素敵な花も売っている。渋谷すばるのカラーは赤なので、赤い花を買って帰る。アパートまで歩いていると、「赤いもの見るのがつらくなってきた」と言う。止まれの標識を指差すと、知人は後ろを振り返り、すれ違った人を指差す。その人が着ていた服も赤だった。コンビニに立ち寄る。普段はアサヒスタイルフリーばかり飲むのに、赤い缶ビールばかり買っていた。アパートにたどり着くと、知人は関ジャニ∞のDVDを眺めながらビールを飲み出す。何でこんな良いチームなのに、辞めるとか言うんじゃあ。ときどきぼやき、涙を流している。

 17時半、すっかり出来上がりつつある知人を残して飲みに出る。N.Kさんから誘いをいただいていたので、せっかくだから気になっていた日本堤の店に出かけることにした。三ノ輪駅で待ち合わせ、缶ビール片手に歩く。上京して17年目にして初めて足を踏み入れるエリアだ。かつて遊郭だった地区――現在も風俗店が並んでいる――を抜けると、日本堤という町名になる。歴史のありそうな蕎麦屋や天ぷら屋、桜鍋の店が見えるが、町はとても静かだ。だが、目当ての「丸千葉」は大賑わいで、予約で満席だという。店主がわざわざ外に出てきて詫びてくれる。

 この店を知ったのは、今発売中の『dancyu』だ。雑誌を読んで飲みに出かけることなんて今までほとんどなかったけれど、目当ての店に入れないとなると、どうしてよいかわからなくなる。すると、Nさんが「ちょっと歩いたところに、良さげな店があるみたいなんで」と言ってくれて、15分ほど歩いて三ノ輪橋駅の近くにある路地を目指す。「弁慶」というお店は、本当に、路地としか言いようのない場所にあった。コの字型のカウンターはほとんど満席で、壁に向かって設置された小さいカウンター席なら、と案内される。50円のモツ煮串(4本)とチューハイ(250円)を注文し、乾杯。常連客の賑わいを背に、壁に向かって酒を飲んだ。

 Nさんは転職したらしく、最近忙しく過ごしているそうだ。あまり飲みに出かける暇もないけれど、酒を欲しているので、近所の鳥貴族で飲むのが自分にとって大事な遺憾なのだと言う。昔はチェーン店のことは下に見ていたし、立ち飲み屋や大衆酒場で飲んでこそだと思っていたけれど、それはファンタジーだったかもしれない、と。その気持ちはわかるような気がする。僕はひとりでチェーン酒場に出かけることはほとんどないけれど、あえて過剰な言葉を使えば、鳥貴族や一軒め酒場や日高屋で酒を飲んでいる人たちにブルースを感じる。チェーン店だって働いている人はそれぞれで、気分良く過ごせる店もあればそうでない店もある。

 僕たちが入ったあとにも常連客はやってきて、カウンターに座る。店には客を選ぶ権利があると思っているし、長年通っている常連客と同じように扱われるべきだと思っているわけでもない。ただ、あまり歓迎されているようにも感じられなかったので、ほどほどのところで切り上げることにする。ひとしきり飲んだのに、2人で3600円という異様な安さだ。地下鉄に乗って上野に出る。これまで上野を大都会のように感じたことはなかったけれど、三ノ輪から移動してくると「都会に出た!」という気持ちになる。「カドクラ」でホッピーセット。ツマミはポテトサラダと牛ホルモンの辛味噌炒めにした。

 Nさんは、どういうわけかライターとして僕を評価してくれている。同世代のライターで気になる数人のうち、ひとりは僕だと言ってくれている珍しい人だ。でも、僕と年齢の近い書き手というのは、別の仕事に就いて、ライターを辞める人が増えているという。20代や30代前半のうちは、小さな仕事も含めてあれこれ依頼されやすいけれど、40代になると依頼が減ってくるのだろう。でも、僕は「若手として依頼をたくさん受ける」という経験がなかったので、だらりと続けている。

 しかし、こう考えてみると、僕はライターではないのかもしれない。カルチャーや現在のシーンに対して僕が何か書き記したいという気持ちは希薄で、もっとこう、誰にも気づかれずに存在している物語を書き留めたいのだと思う。Nさんと話しているうちに、そんなふうに考えがまとまってくる。ホッピーセットを飲み干したところで「カドクラ」を出て、もう一軒ハシゴしようとしていたのだが、「たきおか」も「たる松」も閉店してしまっていた。最後は一軒め酒場でチューハイを飲んでNさんと別れた。