朝7時に起きる。雨が降っている。コンビニに出かけ、月刊ドライブインの原稿を出力し、タンドリーチキン風サラダチキンを食す。原稿は封筒に入れて、取材させてもらったお店宛てに速達で発送する。10時頃には雨が上がる。昨日と同じ軽トラがやってきて、「天候が回復いたしましたので、小学校のグラウンドにおきまして、盆踊り大会を開催します」とアナウンスしてゆく。

 昼、昨日のすき焼きの残りを食す。なぜか一緒にたこ焼きが食卓に並んでいる。盆踊り大会には屋台も出るので手をつけず。テレビで全国戦没者追悼式の中継。ご退席されるとき、天皇陛下は祭壇をじっと見上げられていた。数秒間その状態が続き、皇后陛下が何か言葉をかけられても少しの間動かす、視線を注ぎ続けていた。あの数秒間に何が浮かんでいたのだろう。午後は先週取材したドライブインの構想を練る。

 18時半、歩いて小学校へ。途中のコンビニでノンアルコールビールを3本ほど購入。到着してみると、小学校の校舎が新しくなっていて驚く。ここ数年は盆踊り大会に参加できていなかったので、いつ建て直したのかもわからない。ステージでは謎の殺陣が披露されており、ほどなくして和太鼓のパフォーマンスも始まる。地元の団体ではなく、市外から呼んでいるようだ。盆踊りはあいまに20分程度行われるだけで、がっかりした気持ちになる。

 走りまわるちびっこは派手な色をした甚平を着ている。男の子も女の子も甚平を着ている子が目立つ。こうした甚平はいつ頃から流行り始めたのだろう。小盛りにしてもらった焼きそばを食べて、ノンアルコールビールを飲んだ。この盆踊りを楽しみに帰ってきたはずなのに、何だろう、全然楽しくなかった。ふと、小さい頃は「盆踊りの時間早く終わらないかな」と感じていたことを思い出す。それが今では盆踊りを楽しみにしているというのがおかしくて、少し笑ってしまう。小さい子供を連れているのは僕と同世代だろう。自分がそこにいることが急に場違いであるように思えてきて、花火を待たずに帰途につく。

 夜、祖母とケーキを食べた。昼のうちに隣町の「白十字」に出かけ、バターケーキを買っておいたのだ。祖母のことを思い浮かべると、「白十字」のバターケーキのことも一緒に浮かんでくる。祖母と一緒に食べたことがあるわけでもないのに、どうしても思い出されてしまう。それは、N・Aさんと交わした会話が影響している。『MUM & GYPSY 10th ANNIVERSALY BOOK』で、こんな言葉を交わしている。

――何かのきっかけで、僕が「死ぬ前に食べたいものが三つある」という話をしたことがありますよね。僕が挙げたのは「あの店の寿司がうまかった」とかその程度の話で、それはさらに豪華なものを食べれば更新されてしまうわけです。でも、あるときあゆみさんが「私が死ぬ前に食べたいのはこのケーキなんです」と教えてくれたことがありましたよね。そのケーキというのは、すごく豪華なケーキとかじゃなくて、ごく普通のバターケーキで。それを「死ぬ前に食べたい」っていうのは、そこに詰まっている記憶を食べているんだと思うんです。そこに「かなわないな」と思わされるんです。

成田 私はそんなふうに思ったことは全然ないんだけど、そっか、橋本さんはそう感じたんですね。でも、たしかにそうなのかもしれないです。あのバターケーキはね、橋本さんも知ってると思うけど、ばあちゃんちのほうにしか売ってなくって。夏休みとか冬休みとか、長期休みはばあちゃんちのある福山に長い期間帰ってたのだけど、おうちに帰るとき必ず買って帰って、毎日少しずつ皆で分けて食べていたケーキなんです。ばあちゃんちが大好きだったから、おうちに帰るのが毎回本当に嫌だったし、バターケーキが毎日少しずつなくなっていくのも、本当に嫌だったんですよね。大事に食べるケーキなんです。いや、でも、単純においしいからってのも全然ありますよ。昔よく「大人になったらバターケーキを一人で全部フォークで食べるから」って言ってたんだけど、まだその夢は果たせてませんね。今でも福山に帰ると必ず買って帰るし、少しずつ大事に食べてます。そんなケーキなんです。

 祖母が癌になったことを唯一話した相手もN・Aさんだった。彼女と偶然出くわして、グルグル考えていたことを聞いてもらったこともある。あるいは、N・Aさんの出演する、現在10周年ツアーで上演されている作品には家族が亡くなる場面が、家族のこともおぼえていられなくなる場面が出てくる。今回里帰りした時、祖母は最初僕が誰だかわかっていなかったけれど、今は僕のことを認識していて、「まあ、大きくなったねえ」と繰り返し言う。この5年はもう、祖母は必ずその言葉を繰り返す。僕はおばあちゃん子だったので、祖母との思い出はたくさんあるはずなのに、今ではその言葉のことばかりが思い出される。「おいしいねえ」と繰り返しながら、祖母はあっという間にケーキを平らげた。