朝7時に起きる。コインランドリーで洗濯をするあいだ、朝食会場で朝ごはんを食す。一年に何度もビジネスホテルに泊まるが、安い素泊まりのプランばかり選ぶので、朝食つきは久しぶりだ(無料で朝食券がついてきた)。朝食はバイキング方式で、梅干しを入れたおかゆ、大根の煮物、八宝菜、卵焼き、それに納豆をいただく。乾燥したばかりの服を身にまとって、9時40分にホテルを出た。敦賀駅青春18きっぷ(5回目)に判を押してもらって、北陸本線に乗りこんだ。敦賀駅が始発だったようで、車内はがらがらだ。先頭車両まで歩いていき、適当な席に座ろうとしたところで、向かいのホームに電車が入線し、そこから人の波が押し寄せてくる。その電車は大阪・京都方面からやってきた電車で、青春18きっぷの旅をしている人が大勢いるらしく、我先にと駆け込んできたのでびっくりしてしまった。

 隣のボックス席には家族連れが座っていた。通路側に座る両親は眠ってしまって、小さな姉妹が話しているのが聞こえる。ところどころに雪が積もっている。それを見るたび、ふたりは歓声をあげて「ここで遊びたい」と話している。自分の小さい頃を思い出す。それは今日の朝食会場でも感じたことだった。そこにも小さな男の子を連れた家族連れがおり、小さな男の子は自慢げに大声で昨日目にした風景について語っている。うるせえなと思うのと同時に、それだけではない感覚が生じる。小さい頃の自分自身を目撃しているような気分になる。父親は月に一度は遠出して取材に出かけていたけれど、僕もよく旅に連れて行かれた。あの頃の自分も、こんなふうだったのだろうか。そんなことを考える。

 福井で乗り換えて、12時42分に金沢に到着する。1ヶ月ぶりの金沢は少し雪が積もっていた。まずは駅のレストラン街で昼食をとることにする。おでんや寿司の店には行列ができているが、今日のお昼をそんなに豪華にする必要はないのだ。すぐに入れるお蕎麦屋さんを選び、メニューに大きく掲載されている牛肉そばを注文。ピリ辛のつけ汁と、牛肉がのったそば、それに生卵がついてきた。生卵を牛肉そばにかけ、それをつけ汁につけて食べるのだという。すき焼きみたいでちょっとうまい。食事を終えると大野港行きのバスに乗り、「ホホホ座金沢」へ。コーヒーをいただき、『月刊ドライブイン』を扱っていただいている店で『月刊ドライブイン』の原稿を考える。長居してしまったが、途中でお茶と小さなボーロを出してくださり、ありがたい。せっかくだから何かお土産を買おうと、らっきょうを購入する。

 2時間ほどたったところで店を出た。バスで香林坊まで戻り、レンタサイクルを借りる。金沢は街中にサイクルポートがあり、あちこちで借りたり返却したりできて便利だ。友人とメールのやりとりをしていて、新訳『不思議の国のアリス』を読みたい気持ちになっていたので、書店へ。最初に入った店では『不思議の国のアリス』という言葉がまったく通じず、少し驚く。調べてもらったが在庫はなく、大きな店に行かないとダメだと百貨店の中の店に行ってみたが、ここにも在庫はなかった。金沢では『不思議の国のアリス』を読むことができないのか。日が暮れてきたので、本は諦めることにして、事前に調べておいた銭湯へ。すっかりお腹が減っていて、動きが鈍くなってきているが、体を洗って湯につかり、さっぱりした気持ちになる。

 さあ準備は万端だ。時計を見るとちょうど18時で、「鮨 木場谷」へと向かった。12月3日、誕生日に何がしたいかと考えたときに思い浮かんだのは「金沢で寿司を食うこと」だった。それで今から1ヶ月前に知人と一緒に金沢旅行に出かけ、『土井善晴の美食探訪』の第1回に出てきたこちらのお店を選んだのだが、これが寿司であるならば今まで食べてきたものは一体何だったというのかというほどに衝撃を受けた。それで「季節に一度はここで寿司を食べられるといいなあ」と思っていたのだが、待ちきれずに食べにきてしまったのである。というのも、金沢までの新幹線は往復で2万5千円ほどかかる。何の用事もないときに出かけるにはハードルが高いので、こうして青春18きっぷで帰省/取材に出ているついでに立ち寄ろうと思ったのだ。この年末年始の移動はほとんど取材のためのものだが、今日だけはただ寿司を食うための移動である。

 まずはプレミアムモルツを注文し、最初の一品が出てくる前に飲み干す。これで少し落ち着いた。獅子の里の超辛口を追加で注文したあたりで、最初の刺身が出てくる。氷見産のカワハギを肝醤油でいただく。うまい。これだけで日本酒を飲み干してしまいそうだがグッとこらえる。続いて出てきた富山湾のバイ貝も、柚子の風味を少し加えた煮だこも抜群の味だ。唸りながら食べていると、店内に香ばしい匂いが漂い始める。すると串に刺された大きなエビが運ばれてくる。ガスエビの炭火焼きだ。ただべったりと提供されるのではなく、流れがあって愉しくなってくる。日本酒を追加する。前回圧倒されたあわびが出てくる。6時間煮込んだあわびは本当に絶品だ。あわびなんてあんなゴムみたいなもの、なんで高い金を出して食べようとする人がいるのかと思っていたけれど、自分が間違っていた。しかも、ここのあわびはまったく味付けせず、あわびの味だけを引き出しているのだという。一体何をどうすれば、同じ食材でここまで印象が変わってしまうのだろう。いつまでも頬張っていたかったけれど、飲み込んでしまってさみしくなる。

 そう、こんなにうまいものを食べているとさみしくなってしまう。食べ終えてしまうということが本当に残念だ。これはいつか死んでしまうことが残念だというのと同じことだろう。そのことを事前に体験しているような気持ちになる。そして、もう一つ気づいたことがある。「鮨 木場谷」の寿司はこの日も抜群にうまく、まったく文句のつけようがないのだけれど、「前回のほうが楽しかったな」と思う。それはやはり、隣に知人がいたからだろう。うまいものを食ったときに、その感動を口にしてああだこうだ言い合える相手が隣にいないというのは少し物足りない気持ちになる。知人でなくとも、誰か気のおけない友人がいればもっと楽しいだろうに。隣では僕と同じようにひとり客が静かに日本酒を飲んでおり、よっぽど話しかけようかとも思ったけれど、それは違うだろうなとグッと堪えた。2時間ほどで店を出て、鈍行に揺られて敦賀にたどり着く頃には23時半になっていた。