7時過ぎに起きる。昨晩酔っ払って買ってきたカップ麺のフォーで朝食をとる。本間健彦『60年代新宿アナザー・ストーリー タウン誌「新宿プレイマップ」極私的フィールド・ノート』の読書メモをつけているうちにお昼になり、知人と一緒にアパートを出る。昨日で移転1周年を迎えたお花屋さんとパン屋さんに出かけ、ビールとピザのセットを注文。途中でピール入りのパン、さらにコッペパンを追加注文。ビール2杯飲んで、お祝いをいって店を出た。

 午後、読書メモを書き終える。16時過ぎに再びアパートを出て、新宿伊勢丹前で友人のA・Iさんと待ち合わせ。さて、今日はどこで飲もうか。いつもは新宿三丁目か東口駅界隈でしか飲まないけれど、「ちょっと違うほうに行ってみますか?」とAさんが言うので、少し散策する。花園神社を抜け、遊歩道を歩いて区役所の前に出て、いつだか作品が上演された風林会館を通り過ぎ、大久保方面に歩いていく。Aさんが昔、「花」という看板のあるビルで飲んだことがあるというので、その看板を探して歩く。そんな看板もう変わってしまっているだろうと思っていたのだが、今もその看板は残っていた。

 繁華街から少しだけ離れた場所にあるとはいえ、ビルには空き店舗も多いようで、少し寂しい感じがした。螺旋階段を上がってゆくと、その居酒屋はあった。飲み放題は2時間1600円と格安だ。3時間だと1900円である。そこで2時間ビールを飲み続け、再び新宿をぶらつき、最近読んでいる本たちの影響もあり、「DUG」に流れる。そこで話しているうちに、ドキュメントのこと、どう関わるかということについての話になる。Aさんは「橋本さんには、諦めんと、きちんと書き残して欲しいねん」と言われる。僕は何か言い返そうかと思ったけれど、言葉を飲み込んだ。

 今、その言葉を言うことができるのか、その言葉を本当に共有することができるのか――そういうことを考えると、言葉を飲み込んでしまう。普段から僕は、人とほんとうに言葉を交わすことができるかとなると、かなり疑問を抱いている。Aさんは数少ない友人であり、言葉を交わせると信じている部分もあるけれど、友人という枠を切り離せば僕は観る側であり書く側であるけれど、Aさんは舞台に立つ側であり書かれる側だ。それに、僕が「書き残したい」というだけで書き残せるわけでもなく、それにはさまざまな状況が整えられなければ実現不可能だ。

「なんでそうやって、言わずに済まそうとするんや」。ちょっと冗談めかして言われているのかと思って顔をあげると、Aさんは涙を流していた。「そうやってすぐに言葉にするのを諦めようとするけど、そういうところ、ほんまに嫌やねん。そこが橋本さんの嫌いなところや。なんで言葉にせんのや。こっちは言うてくれんと、何もわからんねん」。涙というのはこんなにもぽろぽろと溢れてくるのかと眺めながら、その言葉をどう受け止めようかと戸惑う。Aさんが涙を流すことに動揺したわけではなく、こんなにもまっすぐに言葉を刺されるのはほとんど初めてのことだったので、どうしていいのか、しばらく言葉を継げなかった。

 それからまたしばらく話しているうちに閉店時間になり、店を出た。まだぐるぐる考えながら新宿駅を歩いていると、東口改札前にある「ニューデイズ」が、モニターに安室奈美恵の姿が映し出されているのが見えた。どうやらここで安室奈美恵の最後のライブDVDが販売されているらしかった。僕もAさんもまだ購入していなかったので、お互いにここで買い求める。「なんか喧嘩みたいになったけど、DVD買えてよかったですね」と語るAさんと別れ、山手線で日暮里にたどり着く。