朝6時、目覚ましが鳴った瞬間に目が覚める。前野健太『今の時代がいちばんいいよ』を聴きながらシャワーを浴び、荷物をまとめる。海外に出かけたとき、実家に置いてあったバックパック――一体何のためにバックパックなんて買ったんだっけと思い返してみると、原付でZAZEN BOYSを追いかけたときだ――を送ってもらっていたのだが、普段使う用事はないので、今回の帰省はバックパックを背負って移動した。これを実家に置いて帰るとなると、そこに入れていた荷物をどうするか。当初の予定では段ボールに入れて送り返すつもりでいたけれど、このサイズなら持ち運べそうだ。送料も惜しく、広島駅と東京駅で二回乗り換えるだけなので、抱えて帰ることにする。

 

 歯磨きをしていると、「6時57分で帰るんじゃろう」と父が母に話すのが聴こえてくる。母に「6時40分頃に出る」と伝えているだけで、何時の電車に乗るかは言っていない。歯磨きを終えると、「6時57分じゃったら快速じゃけん」と父が言ってくる。昔から、こういうふうに先回りをされるのが嫌だった。ただ、さすがに少し切なく感じるのは、今のダイヤでは6時57分の電車なんて走っていないということ。最寄り駅でネットで予約した新幹線のチケットを発券し、広島駅へ。年末に「蟲文庫」で買った『虚子五句集』を少しだけ読む。「先生が瓜盗人でおはせしか」という句が面白い。

 

 広島駅で乗り換え。高校時代は毎日のように乗り換えていた駅だけど、数年前に改装されたこともあり、もはや懐かしさを感じることもない。広島に暮らしていたのは18歳までで、先月で36歳になったということは、人生の半分はこの町を離れて過ごしているわけだ。懐かしさを感じなくても当たり前だろう。三原のたこせんべいと藤い屋のもみじ饅頭を1個ずつ購入し、セブンイレブンでおにぎりを買って新幹線の改札をくぐる。ホームから日の出が見えた。のぞみ、この時間帯でも指定席はほぼ満席だったが、喫煙ルームが近いところだけ空席が残っていた。そんなに不人気なのかと驚く。喫煙席ならともかく、喫煙ルームの近くだというだけだ。僕も煙草のにおいは好きではなく、酒場で下手な煙草の吸い方をする人――お香のように灰皿に置いているだけの人や、他の客に向けて煙を吐く――がいるとつい舌打ちしてしまうけれど、それは基本的に服が臭くなるのが嫌だという理由だ(だから夏はあまり気にしないけれど、冬は神経質になってしまう)。

 

 新幹線に乗り、おにぎりを食べる。塩むすびと、酒といくらのおにぎり。新幹線の中ではずっと構成の仕事を進めていた。途中で富士山が見えますとアナウンス。雪化粧の富士山。雪というよりもっと濃厚な、チーズみたいに見える。ワインが飲みたくなる。11自販に東京駅に到着して、段ボールを抱えて歩く。外国人観光客が多くいる。家族で固まって、あちこちに立ち止まっているから目につくのだろう。駅構内を歩いていると、「一般参賀」という言葉が聴こえた気がするが、聴こえなかったことにして歩く。丸の内南口を出ると快晴だ。思いのほか混雑はなく、何かを誘導する笛の音と、拡声器越しの騒がしい声が響いてくるけれど、どこか遠い世界で起こっているように感じる。地下鉄も空いていた。

 

 段ボールを抱えてアパートにたどり着く。年賀状が少しだけ届いている。毎年減っているが、僕から出していないのだから当たり前だ。まずは近所で営業している店(と、休業している店が何日から営業するか)を探りに出る。ほとんどの店は閉まっていて、「謹賀新年」と貼り紙をしている。こんな早くに帰京したことがないから新鮮な風景だ。谷中ぎんざは正月早々観光客で賑わっている。年中無休の「越後屋本店」にて、お屠蘇がわりに雪の茅舎の熱燗をいただき、新年のご挨拶。「昨日は暖かかったから、もっとお客さんが多かったのよ」とお母さんが言う。1杯だけで帰るつもりだったが、お母さんが「はい、これ」と150円のチーズ鱈をサービスしてくれたので、お正月だけ売っている甘酒もいただく。ほろ酔い気分で「古書信天翁」を覗く。1万円未満のものは半額に、1万円以上のお買い上げは5千円引きと大セールが開催中で、幸田文『台所のおと』を買い求める。「もうすぐ店を畳むことになりまして」とサキ先輩が言う。大セールを知ったときから嫌な予感はしていたけれど、そんな日が訪れてしまった。すぐにムトーさんに電話。今更何がどうできるわけでもないけれど、ボエーズの皆で遊びに行こうと伝える。

 

 アパートに戻り、セブンイレブンで買ってきた海老天そばを食べながら、録画した『爆笑ヒットパレード2019』観る。一日遅れの元日。冒頭からチョコレートプラネットが出てきて嬉しい。年末特番で和泉元彌と初対面を果たし、そこ教わったフレーズ「よいやよいや」を冒頭から使っている。トップバッターでネタを披露したのはトレンディエンジェルだが、よほど眠いのか、斎藤さんがふがふがしている。たかしから「漫才下手になってない?!」なんて言われてしまっている。応援している和牛も、よほど眠いのか、水田が何度かふがふがしていた。稼ぎどきなのはわかるけれど、年明けの晴れ舞台でこの状態で出させるというのは、会社はどういうマネジメントをしているのだろう?

 

 観ているうちにうたた寝をしてしまった。新幹線の中で構成していた原稿を完成させて、メールで送信。こんな日に送られても迷惑だろうなと思っていたけれど、ほどなくして原稿拝受の返信が届く。さて、夜は何をして過ごそう。近所のスーパーはまだ営業していないので、このままだと毎日セブンイレブンに通うことになってしまう――そう思っていたところで知人からURLが送られてくる。開いてみると花屋さんのインスタグラムで、「越後屋本店」にいるようだ。すぐに身支度をして出かけると、ずいぶん遠い段階でこちらに気づいてくれる。アサヒスーパードライを注文して乾杯。花屋さんは大晦日までお店を営業していて、明日から実家に帰るとのこと。僕からすると、いつもに比べると通りが暗く見えるけれど、10年近く暮らしている花屋さんからすると「昔に比べるとずいぶん明るくなった」という。いつもは19時まで営業しているが、お正月だから18時で「越後屋本店」は閉まるようだ。ビールを3杯飲んだところで店を出て、花屋さんと別れる。「お店は閉めることになりましたけど、まだアパートは借りてるんで、また飲みましょう」。花屋さんの言葉に少しホッとする。

 

 さて、ここからどうするか。今日はそもそも水曜日だから定休日だけど、他に目指すお店が思い浮かばず「バー長谷川」に行ってみると、あかりが灯っていて嬉しくなる。今日は21時までの短縮営業だが、昨日休んだこともあって今日は営業しているのだという。お正月だからか、長谷川さんもいつもより少しだけ多めに話をしてくれる。こうして町を歩けば、顔なじみの人たちに会うことができる。誰かがやってくるのを待っている人がいる。そうであるならば、わざわざ混雑する正月に帰省しなくても、ここで過ごしたほうがよいのではないかという気持ちが強くなる。ハイボールを2杯飲んで帰途につき、ポップコーンを食べつつ『爆笑ヒットパレード』の続きを眺める。ネタを披露する時間の割合がどんどん減っている気がする。そこで披露されるネタも、新ネタなどではなく、ああ、何回も観たやつだなというものが目立つ。年末年始にこれだけネタ番組が増えているなかで、『爆笑ヒットパレード』を続ける理由はほとんどないように思えてくる。