1月18日

 6時頃目を覚ます。寒い。薄手のタオルケットと薄手の毛布しかなく、風邪をひきそうな寒さだ。布団の中でグズグズしたのち、9時過ぎにジョギングに出る。開南経由で県庁前に出て、国際通りを引き返す。あちこちで建設工事が進んでいる。立ち止まって確認するとホテルがほとんどだ。午前中はメールの返信などをしたのち、質問リストをまとめてゆく。

 ゲストハウスのリビングで作業をしていると、「ダレスの恫喝」を裏付ける私信が見つかったと報じられている。日本とソヴィエトの交渉の中で、国後と択捉をソ連が領有するという話が持ち上がっていると知ったダレス国務長官が、「ソ連が国後と択捉をとるなら、アメリカは沖縄を永久に領有する」と恫喝したという話を裏付ける資料が出てきた、と。それに続けて、オリオンビール野村ホールディングスが買収する方向で動いているというニュースが流れる。ここで聞いていると、距離感がまた違っている。

 13時45分、「大衆食堂ミルク」へ。今日もちゃんぽんを注文する。ちょうどお客さんが途切れたので、追加で少し話を聞かせてもらえないかと相談すると、「今からでもいいですよ」とお母さんが言う。15分ほど話を伺ったあとで、「よければお父さんにも」とお願いする。お母さんが厨房にいるお父さんを読んでくれたのだが、お父さんはカウンターから顔を覗かせ、私に話せることはないですよ、すべてあっちが言った通りですと書いておいてください、と言われる。お父さんに話を伺うのは諦めようかと一瞬思ったものの、いや、話を聞いておかなければと思い直し、テレビを眺めているふりをしながらひたすら待つ。3分ほど経ったところで、お母さんが再び「ほら、待ってるから、話ししてあげな」と言ってくれて、お父さんが表に出てきてくれる。強い気持ちで質問していると、笑顔を見せてくれてホッとする。

 続けて、天ぷら屋さんにお邪魔する。前に沖縄を訪れた際に「お話を聞かせていただけませんか」と相談していたのだが、タイミングが悪く、話を聞けずにいた。今日お話を聞かせてもらえませんかとお願いしていたのだが、お店が忙しそうだったので、10分ほどで「また改めてお邪魔します」とお伝えする。「市場の古本屋 ウララ」に向かい、椅子を出していただいてお話。昨日渡していた「市場界隈」の原稿に目を通してくださっていて、疑問点を指摘してくれる。いい加減な気持ちで書いているわけではもちろんないけれど、甘かった箇所をきわめて適切に指摘され、落ち込む。そして、私は他の店主の方のように、自分の人生が沖縄の社会史と重なっているわけでもなくて、自分の内面の話になってしまっていて、大丈夫かなと思ってしまう、とウララさんが言う。「市場界隈」という企画は、最初は長くお店をされている方に取材をするつもりでいたけれど、それだと今ここにある風景の一つの側面しか切り取れなくて、何十年と続く店だってあるとき新しく創業されたわけだし、長く続く店もあれば新しくできる店もあって、その呼吸があって市場界隈の風景があるはずだから、そのことを書きたいんです、と答える。

 そう答えながらも、どうして自分がここまで「話を聞く」ということにこだわるのかは自分でも謎だ。どうしてそんなに語らせようとするのだろう。「それは私も不思議だなと思います」とウララさんが言う。「どれだけ話を聞いたとしても、すべてを聞くことはできないのに、橋本さんはどうしてこんなに足を運んでいて、その情熱はどこからくるのか」と。もう一つ、ウララさんは水上店舗が舞台となった小説の話をしてくれた。自分がエッセイで水上店舗の話を書いても、ああそうなんだとしか読んでもらえないけど、ミステリだと川の流れも謎解きに関わってくるから、そういうところまで真剣に読む、と。僕はフィクションを書く力がないけれど、フィクションの想像力にしか辿り着けないものはあるのだろう。最近インタビューしたふたりが、それに近い話をしていたことを思い出し、そのことを話す。ウララさんと話すのは楽しい。ただ雑談するというのではなく、ほんとうに話したいことを話せているような気持ちになれる。

 そうだ、そのインタビューはまだ構成していなかったのだと思い出し、ホテルに戻ってM.Nさんのインタビューの構成を進める。19時になったところで飲みに出て、まずは「信」。大賑わいだ。「北海道から来たみたいな格好しているね」とお店のお父さんが笑う。お父さんはいつも通り半袖だ。「いや、寒くて」と僕。「こないだ北海道から来た子も、『沖縄寒いですね』って言っていたよ。風があるからかね?」。せんべろセットを注文し、ビールと餃子。1時間半ほど滞在したのち、安里まで歩いて「東大」へ。30分ほど開店を待ち、2番目の客として入店。店員さんが「あけましておめでとう」とあいさつしてくれる。焼きてびち(特小)を食べたところまでは覚えているのだが、帰り道の記憶は残っていない。「うりずん」の隣の酒屋にいる犬の写真と、ゆいレールの中から街を撮影した写真だけが残されていた。