1月24日

 7時に目を覚ます。ストレッチをして、8時にジョギングに出る。いつもより少し早く出発しただけなのに、登校する小学生を多く見かける。シャワーを浴びて洗濯を済ませ、半個室でぼんやり過ごす。11時になってリビングに降りると、テーブルに小さな段ボールが置かれていた。僕宛の荷物だ。包みを開けると、『ドライブイン探訪』と、僕が原稿を書いたPR誌『ちくま』が3冊ずつ入っている。

 こういう装丁になるということは知っていたけれど、手に取った瞬間、ああ、と固まる。この紙で包まれるために取材してきたのだとさえ思える手触りだ。装丁をお願いしたのは名久井直子さんだ。打ち合わせのとき、「装丁はこの人にお願いしてほしいという希望はありますか?」と聞かれ、初めて本を出すのに希望を伝えるなんておこがましいのではと思って最初は言い出せなかったのだが、あとになって「『月刊ドライブイン』を読んでくださっているので、そんなに負担にならないかも」とかなんとか言い訳をつけながら、名久井さんにお願いしてほしいと伝えたのだった。

 名久井さんとは、マームとジプシーの10周年本を作ったときに一緒にお仕事をしたことがある。そのときは本文も含めてすべてデザインをお願いしたのだが、文字の配置も、フォントも、紙も、ほんとうに「自分が書いた言葉というのは、このように配置されるべき言葉だったんだな」と心の底から思ったことがある。それで是非名久井さんにとお願いしたいと思ったのだが、今回もこの紙以外にありえなかったのだなと思える。装幀家というのはすごい仕事だ。

 嬉しくなってゲストハウスを飛び出し、「市場の古本屋ウララ」まで走る。店に飛び込んで驚かせてしまったけれど、1冊手渡す。ウララさんは帯にコメントを寄せてくれているので、そのお礼に、と。こういう装丁になるのはもちろん知ってたんですけど、こうして実際に本になるって、なんか、すごいことですね。そんなあほみたいな感想を言ってしまったけれど、宇田さんも「すごいことです」と言ってくれる。もうビールを飲んでしまいたい気分だ。

 13時、話を聞かせてもらいたいとお願いしていたバルを訪れるも、お忙しそうで、3月に話を聞かせてもらうことにした。「大衆食堂ミルク」に入り、ちゃんぽんとビールを注文する。明日からはお昼に飲めないので、今日のうちに飲んでおく。ゲストハウスに戻り、献本の添え状を一枚だけ書いたのち、15時、缶ビール片手に国際通りへ。ベンチに座ってボンヤリしたのち、浮島通りの入り口に移動し、シーサーのモニュメントの前に座る。ほどなくしてルーシーさん(というあだ名なだけで日本人)が運転するクルマが通りかかり、ルーシーさんとA.Iさんと合流する。

 ひとりで歩くときはせかせか歩いているけれど、いつもの4分の1くらいのペースで歩く。まずはドンキホーテに入り、ゴーグルとフィンを物色。こんな時期にはさすがに売ってないんじゃないですかと言いつつくまなく探していくと、二階の片隅にちょこっとだけ並んでいる。春には1階の入り口近くにドーンと展開されていて、バカみたいなゴーグルが売っていたらしく、青柳さんはそれを探していたらしかった。結局ゴーグルもフィンも買わずに店を出て、市場本通りを歩き、白い百合とピンクの百合を一輪ずつ、それぞれ別の花屋さんで買い求める。すぐに僕が預かり、ゲストハウスでバケツを借りて水に浸けておく。

 駐車場で二人と落ち合って、空港へ。沖縄タイムスの前に「2.24県民投票」の垂れ幕が下がっている。ヘアメイクのA間さんをピックアップし、58号線を北上する。那覇滞在8日目にして、初めて市場界隈の外へ出た。久しぶりにクルマに乗ったので、そのスピード感に少し戸惑う。アラハビーチにたどり着くと、結婚の記念撮影だろうか、和装で写真撮影をしている男女の姿がある。「海の色が薄い気がする」とAさんが言う。ふいに轟音が響き、淡いグレー色をした戦闘機が上空を旋回してゆく。

 帰り道、わがままを言って「A&W」(牧港店)に立ち寄ってもらう。『ドライブイン探訪』を取り出して、「A&W」を背景に、Aさんに写真を撮ってもらう。え、もう出来てる!とAさんが言ってくれたけど、言わせたみたいで申し訳ない気持ち。「A&W」は駐車場にマイクが設置されており、車に乗ったまま注文すると、駐車場まで運んできてくれる。『月刊ドライブイン』で取材したこともあるけれど、ドライブイン方式で注文したことがなかったので、おそるおそる注文する。僕はオレンジジュース、Aさんはカーリーフライ、A間さんはスーパーフライ。

 安里まで引き返して、少しだけロケハンしたのち、「うりずん」へ。いつもひとりで飲みに来るお店なので、4人でいるのが不思議な心地だ。店長さんが「こちら、サービスです」と、もずく酢とジーマーミ豆腐を出してくれる。4人で1皿ではなく、ひとり1皿ずつ出してくれて、恐縮しきり。人気のお店だから店員さんは忙しそうで、いつも様子を伺いつつ注文をしているのだが、ひとりが忙しそうな店員さんに「すいませーん」と注文しようとして、そわそわしてしまう。しかし、ひとりでいると2品くらいしか注文しないけれど、あれこれ食べることができて嬉しくなる。

 飲んでいるうちに、「そうだ、橋本さんに相談したいことがあったんだ」とAさんが言う。最近受けたという出演依頼について、どう思うかと尋ねられる。僕の感想を伝えたあとで、NHKのバラエティ番組の話題になり、「結構見はりますか?」とルーシーさんに尋ねられ。無難に答えておけばいいのに、「NHKのバラエティは面白いと思えないから、観ないです」と答えてしまう。何人かの飲み会ではやはりうまく話せない。

 それとは少し違うケースではあるけれど、2年前の6月に沖縄を再訪したとき、同じく沖縄を再訪していたAさんと一緒に「うりずん」で飲んだことがあった。その日、今この人と話せるギリギリまで話して、それ以上は今、言葉にできることがないという状態になり、Aさんと分かれ、そのままひとりで「うりずん」で飲み続けたときのことを思い出す。正確に書けば、そのときのことを、「うりずん」で飲むたびに思い返す。やはり誰かと言葉を交わすということは奇跡的なことであるのだなと思う。

 出来れば今日のうちに、僕の手元に届いた日のうちに『ドライブイン探訪』をAさんに手渡したかったけれど(Aさんにだけ手渡すのは、他のふたりに悪い気がしてできなかった)それも難しいかもしれない――そう思っていたところで、A間さんはタバコを吸いに外に出て、お酒を飲んでいなかったルーシーさんは一足先にクルマに戻って台本を読むことになり、Aさんと二人きりになるタイミングがあった。これ、お渡ししてもいいですかと手渡し、今日やるべきことはすべてやりきったという気持ちになる。23時頃に店を出て、皆と別れ、缶ビール片手にゲストハウスまで歩いた。