1月31日

 8時半に起きる。そうだ、ホテルに泊まったんだと思い出す。中央線は混雑する時間だろうから、テレビを眺めてボンヤリ過ごす。10時のチェックアウトに合わせてホテルを出て、コンビニで炊き込みごはんのおにぎりを買い食いし、中央線に揺られる。この時間でも混雑している。11時にアパートにたどり着き、『ドライブイン探訪』のイベントに関する話など、メールでやりとりしているうちに15時だ。急いで身支度をしてアパートを出て、高田馬場で髪を切ってもらう。今日はやけに眠く、半分くらいは眠っていた。

 高田馬場駅前にあるFIビルに入り、「芳林堂書店」をのぞく。随分前に倒産の報せがあり、最寄りの書店だっただけに動揺し、すぐに足を運んだ記憶がある。しばらくのあいだは棚がスカスカになったものの、その後元通りになっていたのだが、久しぶりに足を運んでみるとすっかり様変わりしている。3階は雑誌と小説とノンフィクションとビジネス書と新書と文庫だったのに、小説はわずかに残り、ビジネス書も残っているけれど、ノンフィクションや歴史書民族学は姿を消し、かなりの割合が(かつては5階にあった)漫画になっている。僕の本が置かれているとすればどこだろうと4階に上ってみると、そこは歴史・哲学と理系の本が並んでいて、ノンフィクションというジャンルが置かれている気配は見当たらなかった。

 がっくりした気持ちで東西線に乗り、17時半、高円寺に出る。風が刺さる。「文禄堂」をのぞき、ノンフィクションやサブカルチャーの棚をじっくり眺めるも、『ドライブイン探訪』は見当たらなかった。ここで取り扱いがないとすると、高円寺では買える店がないということか――落ち込んだまま店を出ようとしたところで、レジ前の新刊棚に並んでいるのを見つけ、買い求める。駅近くの「上島珈琲店」に入り、パソコンを広げて原稿を書く。隣に3人組の男女がやってきて、ケータイをいくつも充電しながら、起業の夢を語り合っている。注文をしているのは、3人のうちひとりだけだ。そんなふうに対価を払わなくても平気なのであれば、起業などやめたほうがいいだろう。19時過ぎに外に出ると、雨が降り始めていた。知人が『ドライブイン探訪』を宣伝した投稿にいいねを押してくれていたという「インド富士子でカレーを食べるつもりでいたが休業日だ。それならばと「日高屋」に入り、餃子(6個)と生ビール。

 今日は人通りが少ない気がする。19時40分、凍えながら「円盤」にたどり着く。 他にまだお客さんはおらず、見汐さんと森さんが雑談しているところで、間が悪かったかなと気まずくなる。何より気まずいのは、昨年末にあったイベントで僕が勝手に感じてしまった疎外感をつぶやき、「その投稿、読んだからな」と見汐さんがいいねを押していたということもある。昨年末に見汐さんが主催したイベントがあったのだが、そこには歌を聴きにきたというよりも、顔見知りに会いにきたというお客さんが多いように感じて、そこに強い疎外感を感じたのだった。僕は、ライブに行くとき、たとえ知り合いがいたとしても過度に触れ合いたいと思わないし、ライブをだしに社交している人を見ると腹立たしくなってしまう。でも、それは「僕がそういうタイプの人間だ」というだけのことで、他の人がどんなふうに過ごしたっていいはずなのに、勝手にやるせなくなっていたのだった。

 その気まずさもあり、すぐに着席できず、白々しく棚を眺めて過ごす。『日本とタンゴ』(円盤のレコブックseries)という本が目に留まり、これは本当に気になったので買い求め、その本を読む人として客席の一番後ろに座る。そのまま時間は流れ去り、20時過ぎ、見汐さんが「やりましょうか」と口にした。僕はコートとマフラーを脱いで脇に置き、レジでオリオンビールを2缶追加し、席に戻る。今日の観客は僕ひとりであるらしかった。「いつもより頑張ろう」と言って、ライブが始まる。「うたう見汐麻衣vol.11」。僕が缶ビールを開けると、見汐さんも「私も飲もう」といって、スタッフの方にビールを注文した。二人がクローズドな環境で演奏していたところに、偶然居合わせたような心地がする。この日のライブはしみじみ良かった。一曲歌い終えるごとに見汐さんは「いい曲」と言っていたけれど、本当に良い歌ばかり。ビールを飲みつつ、伏し目がちに聴いていたけれど、この曲は私のお葬式で流して欲しい曲です、といって歌い始めた「私の人生」だけは顔を上げ、歌う姿を見つめながら聴いた。印象深かったのは「歌女夜曲」だ。曲と曲のあいまに、見汐さんは「去年の9月頃に、もう歌うことをやめようかとも思ったけど、もう少し頑張ろうと思いました」と語っていたけれど、できればずっと、おばあさんになっても歌っていて欲しいと思う。

 『月刊ドライブイン』の原稿を書いているあいだも、よく見汐さんの歌を聴いていた。この「うたう見汐麻衣」というライブは、二ヶ月に一度の頻度で開催されてきた。それは『月刊ドライブイン』を出していた時期とも重なっていて、僕は毎回ライブに足を運びつつ、誰かの人生に視線を注ぐことについて考えてきた。ライブが終わったあと、見汐さんが「もうすぐ本が出るんですよね」と話しかけてくれる。もう発売になったんですと、先ほど「文禄堂」で購入しておいた『ドライブイン探訪』を差し出すと、喜んで受け取ってくれて、サインを求められる。サインを書きながら、友人のクルマを借りて全国のドライブインを巡る旅に出たとき、繰り返し聴いていたのが埋火のアルバムだったことを伝えて、「円盤」をあとにする。寒さに震えながら通りを歩き、「コクテイル」に向かうも閉まっている。こんな寒い日は家に帰るのが一番かもなと思い直し、缶ビールを2本買って中央線に乗り込んだ。