2月5日

 6時に起きる。エアコンをつけ、布団に寝そべりながらパソコンを開き、仕事に取りかかる。部屋が少し暖まったところで隣の部屋に行き、作業を続ける。セブンイレブンでトマトとチーズのもっちりピザパンを買ってきて、インスタントコーヒーを入れて朝ごはん。シャワーを浴びたのち、京浜東北線桜木町に出て、急な坂スタジオへ。途中でデザイナーのS.Tさんとすれ違う。両脇に衣装を抱えて歩いていて、ひとりで、徒歩で移動されていることに驚く。スタジオに到着すると、N.Iさんがいた。「橋本さんとお話しするの、久しぶりだね」と声をかけてもらったけれど、久しぶり過ぎてうまく返せなかった。

 12時半、二階の和室でミーティング。今月後半からイタリアに同行することになっているけれど、どんなふうにドキュメントを書き残すか相談する。演劇作家のF.Tさんと、あとは製作陣とだけ打ち合わせるのかと思っていたら、俳優の皆もいる。まだぼんやりしたアイディアしか浮かんでいなかったけれど、Fさんが話してくれたことで、あれこれイメージが浮かんでくる。途中でN.Aさんが「Aの勝手な意見だけど、(ドキュメントを通じて)橋本さんが見えてきてもいいのかもと思った」と言う。Fさんも「たしかに」と同意する。「前に『みえるわ』に同行してくれて、『手紙』を書いてもらったときも、もちろんそれは僕たちのことを書いてくれてるし、変に自分を出してるとかってことでは全然ないんだけど、視点っていうのがはっきり固定されてた感じがあって、それは橋本さんの視点ってことなんだと思う。橋本さんは、これまで僕らがイタリアに滞在したとき一緒にいてくれたってこともあるけど、それとは別に、橋本さんがひとりでイタリアを再訪してくれたりもしていて。そういう部分は含まれてもいいんじゃないかと思う」。

 13時45分にはミーティングが終わり、桜木町駅で鳥そばを食べたのち、15時にはアパートにたどり着く。まずは明日の荷造りを済ませて、「市場界隈」の原稿を書き始める。17時過ぎに中断して、今日の夜に出演する番組向けにかんぺを作成する。カップヌードルで夕食を済ませ、20時50分に千駄ヶ谷にあるスタジオに到着する。番組に呼んでくださったU.Tさんや、アシスタントの方、スタッフの皆さんにご挨拶。『ドライブイン探訪』の感想として、「これはでも、切ない本だよね」と言ってくださる。そうですね、確かに、未来は明るいというお店はそんなに多くなくて、どこも後継者の問題を抱えていて――僕はそんなふうにぼんやりした言葉を返してしまったが、「何が切ないって、橋本くんはこうしてロードサイドに戦後の残滓を見出して、消えゆく風景をすくい取っているわけだけど、それをその地域に住んでる人たちは気づいてないってことなんだよ。そのことに気づくには、こうして東京の視点を通す必要があったわけで、それが切ないよね」。

 なるほど、そういうことだったのか。ぽやぽやした頭で考えていると、「でもさ、橋本くんはしばらくノンフィクションで行くつもり?」とUさんが訊ねてくれる。「余計なお世話だと思うんだけど、やっぱり橋本くんは、こうしてドライブインに注いだまなざしを東京に向けてみるといいんじゃないかと思うんだよね。それは今、橋本くんが谷根千でやっているような形じゃなくてね。ロードサイドで何かが終わりつつあるのと同じように、東京でも何かが終わりつつあるわけだよ。その東京をまなざして、そこにある或る種の貧しさを描くのか、それともまだ残っている豊かさを描くのか――ここで言う貧しさとか豊かさっていうのは、つまり文学は可能かってことだよね」。Uさんの言葉に、何か核心をつかれたような感覚になる。ドライブインや、いま取材している市場界隈だって、話を聞かせてもらうというのは大変なことではある。でも、それを取材することに対応するためのフォームは僕の中でもう定まったものになりつつある。東京を書くということは、どこか気が引けて避けていたのではないか。Uさんの言葉でそのことに気づかされる。

 21時15分からリハーサルをしたのち、22時に生放送が始まる。あっという間に放送は終わる。そのまま少し雑談していると、「途中でその話をしようか迷ったけど、この本は橋本くんが自費出版で出した本が元になってるけど、昔であれば雑誌で連載されてたものなんだよね」とUさんが言う。「ノンフィクションというものはかつて花形で、景気がよかった頃は潤沢に取材費が出てたわけ。でも、僕や橋本くんがこの世界に入った頃にはとっくに昔話になっていて、それはある意味で言うと、ノンフィクションというものもドライブイン的な存在だって言えると思うんだよ。今はそんなに取材費がかけられなくなって、ちょっと取材しただけの記事も増えてるけど、本来ならここまで丁寧に取材して手間暇かけるべきなんだよね」。僕はこれまで、Uさんの対談や座談会を構成したことはあるけれど、僕はあくまで発語された言葉をまとめる役割だったので、こうして話していることが不思議でもあり、感慨深くもある。お礼を言ってスタジオを出て、明治通りに出る。番組を視聴していた知人から、「よかったよー」とLINEが届いている。そんなふうに言われるのは珍しい気がする。ファミリーマートの看板を見つけたので駆け込んで、アサヒスーパードライを2本買って、地下鉄に揺られながらしみじみ飲んだ。