2月7日

 7時過ぎに起きる。部屋からおじさんのにおいがする。おじさんが宿泊したのだから当たり前かと笑いつつ、窓を開ける。そこには通天閣が見えた。前に宿泊したときは窓を開けるなんてことは一度も考えなかった。ストレッチをしてジョギングに出ようとしたところで気づく。ジョギングシューズは持ってきたのに、ハーフパンツを忘れてしまった。テレビを眺めつつ、昨日の取材で撮影した写真を整理しておく。10時にホテルをチェックアウトして、動物園前から地下鉄に乗る。ホームの壁にはライオンが描かれている。少し前に大阪メトロのリニューアルが話題になっていたけれど、このライオンも姿を消してしまうのだろうか。難波に出て、コインロッカーに荷物を預けたのち、なんばウォークを歩く。甘い匂いが漂っている。喫茶店が何軒もある。少し先にルノワールの絵が飾られている。喫茶店の並びによく似合うという感じがする。

 まずは「ブックファースト」(なんばウォーク店)を覗く。なんばウォークを歩いていた時点でなんとなく察していたけれど、新刊台には置かれていなかった。地下街の書店だから、それはそうだろう。一冊だけ旅・紀行のコーナーに差されているのを確認し、店をあとにする。地上に上がると、新歌舞伎座だった場所に、かつての風情を残したふうの建物が完成しつつある。残したふうなだけで、まったく風情は残っていないように感じる。角打ちではお酒を飲んでいる人を見かけた。朝食がまだだったことを思い出し、「わなか」でたこ焼き8個入りを食す。たこ焼きはうまいが、店内でクレームの電話を続けている人がいて、気分が悪くなる。

 なんばシティの地下にある「旭屋書店」(なんばシティ店)へ。かなり広いお店で、ここならきっとあるだろうと期待が膨らむ。新刊台――には並んでないか、それならばとノンフィクション棚を探すも見当たらず、旅・紀行のコーナーにも並んでいなかった。検索機で探してみると、車関係の棚に2冊差してある。もちろん自動車好きの人にも届く本ではあると思うけれど、隣に並んでいるのは『自動車エンジンの本』だ。一体どうしてここに並べられたのだろう。くじけずに店員さんに話しかけ、明後日の朝日新聞に著者インタビューが掲載されますのでと伝える。にこやかに対応してくださる。

 続けて、「丸善」(高島屋大阪店)へ。百貨店の書店というと上層階のイメージがあるけれど、ここも地下に入っている。おばさま達が「いつのまにかこんなにオシャレになって。最初わからんかったわあ」と話し合っている。店内にはテーブル席まで用意されている。さて、どこに並んでいるかと店内をぶらついてみたけれど、事件・社会問題の棚はあるけれど、いわゆるノンフィクションの棚が見当たらなかった。文学の棚も、総合誌や文芸誌の棚も店内の一番奥、トイレの手前にひっそり並んでいる。何かが滅びつつあるのを感じる。文芸評論の棚もあるけれど、半分はエッセイだ。僕が本を読み始めた頃は、もっと充実していたし活気があった――そう感じるのは過去を美化しているだけなのだろうか? ここでは一冊も見つけることができず、そっと店を出る。

 とぼとぼと御堂筋を歩き、「スタンダードブックストア」。扉を開けてすぐ、新刊台に並んでいる姿が目に飛び込んでくる。しかも目立つようにスタンドで立ててくれている。しみじみ嬉しい気持ちになる。レジにいた店員さんに挨拶して、『月刊ドライブイン』を扱っていただいていたお礼と、著者インタビューのことを伝える。難波駅に引き返し、荷物を取り出して近鉄に乗り、大和郡山へ。初めて訪れる街だが、結構栄えている。昔ながらの商店街が残っていて、呉服店や布団屋、招き猫が並んだ陶器店、サクマドロップスを売っている和菓子屋、遠くに銭湯の煙突が見える。この街に「とほん」という本屋さんがあると知ったのはつい最近のことで、『ドライブイン探訪』を入荷したことをツイートしてくれていたのだ。

 お店の前に到着してみると、シャッターが半分降りている。今日は定休日だったようだ。どうしようと途方にくれていると、「何かお探しですか?」と中から声が聴こえる。定休日だが、明日から始まる展示に向けた準備をしていたらしく、迎え入れていただく。「3冊しか仕入れられなかったんですけど、昨日もう2冊売れました」と言ってくださり、嬉しい限り。便箋を2セット購入し、また改めてお邪魔しますと伝えて店を出る。JR郡山駅に出て、セブンイレブンで西日本味のどん兵衛(特盛)を購入し、駅前のベンチで啜る。大和路線に揺られて大阪駅にたどり着く頃には、14時半になっている。

 まずは一番近い場所にある「梅田 蔦屋書店」へ。結構な賑わいだ。荷物が重く、検索機で場所を調べる。「国内紀行」に1冊だけ差さっている。大阪で大きな書店を巡ってきたけれど、「スタンダードブックストア」をのぞくと、まだ4冊しか見かけていない。あれだけの売り場面積の中で、4冊か。その一方で、「とほん」が3冊仕入れてくれて、良い場所に並べてくれている。そのギャップにくらくらする。『月刊ドライブイン』を出していたときに感じたのは、全国に新しい書店が増えているということ。比較的こじんまりした規模ではあるけれど、自分が気になった本を取り寄せて並べているお店。そういったお店の方達が『月刊ドライブイン』を発見してくれたり、『ドライブイン探訪』を大きく扱ってくれたりしている。営業にまわるのであれば、大型書店ではなく、そういったお店をまわるべきなのかもしれないけれど、でも、大型書店にも期待してしまう。それは「売れてほしい」というよりも(いや、もちろん大いに売れて儲かると次の取材に繋げられるので嬉しいけれど)、普段はあまり本を読まない人にも届くといいなと思っているし、届く本だと信じているということでもある。

 背負っている荷物が余計に重く感じられる。北新地を抜けて南へ歩く。胡蝶蘭で溢れ返った花屋さんが目に留まる。「ジュンク堂書店」(大阪本店)に入る。『HB』を出したときに営業に訪れたときのことが思い出される。検索機で調べてみると、国内ノンフィクション棚に9冊並べられていると判明し、少し嬉しくなる。隣りは清原和博の『告白』、その隣りは『辺境の路地へ』。おそらく担当は違うようだけれども、近くで作業をされていた店員さんに声をかけ、著者インタビューのことを伝える。担当に伝えておきますと言ってくださる。「大阪 京都 神戸の いま行きたい本屋70」という特集を組んだ『SAVVY』(2018年12月号)と、今日発売された『文學界』を買い求める。僕の書いたルポが掲載されているので、アパートにも届いているだろうけれど、川上未映子さんの長編小説を早く読みたいということと、大阪で買っておきたいように感じて、ここで買っておく。

 迷宮を探索しているような気持ちで地下街を歩き、阪急三番街にある「紀伊國屋書店」(梅田本店)。検索機で調べると、国内紀行の棚に、2冊ぶんの場所を使って平積みしてくださっている。お問い合わせカウンターにいた方に著者インタビューが掲載される旨を伝える。時計を確認すると15時35分だ。大阪駅に急ぎ、新快速で京都駅に出る。改札近くのコインロッカーに荷物を預けたのち、銀閣寺方面のバスに乗る。拝観時間の終わりが近づいているせいか、かなり空いている。法然院町でバスを降りて、「ホホホ座」へ。入ってすぐの新刊台に並べてくださっている。それとは別に、文学の棚にも一冊並んでいる。店主の山下さんが、新刊台に並べたあとで、少し考えてそこにも差してくれたのだろう。その時間が想起されて、胸が一杯になる。何冊か本を買ったところで、山下さんにご挨拶。「『月刊ドライブイン』を読んでいたときに気になってたんですけど、あれは事前に取材を取り溜めてあったんですか、それとも実際に、毎月取材に行かれてたんですか?」と尋ねられる。実際に毎月行ってましたと答えると、「その熱量はすごいですよね、本当に。それは何に突き動かされてたんでしょうね?」と山下さんが言う。何に突き動かされていたのか、自分でもわからない。

 バスに乗って平安神宮まで引き返し、「京都岡崎 蔦屋書店」へ。ロームシアター京都で公演を観たあとに立ち寄ったことがある店でもあり、ZINEのフェアを組んだときに『月刊ドライブイン』を取り扱ってくれた店でもある。だが、検索機で調べてみると、『ドライブイン探訪』は並んでいないようだった。店員さんに話しかけ、『月刊ドライブイン』を扱っていただいていた旨を伝え、それが一冊にまとまり、明後日には朝日新聞に著者インタビューが掲載されることを伝える。でも、「それが何か?」といった反応しか返ってこなかった。忙しくて応対している暇がないといった様子でもなかったので、動揺する。後日資料を郵送してくださいと一人の店員さんが言い、「誰宛に送ってもらおうか?」ともう一人の店員さんと相談している。単行本にまとまったのだと現物を手に説明したものの、雑誌担当の店員さんの名前を伝えられる。資料を送ることはないだろうなと思いつつ(刊行前の本ならともかく、出版後に著者から資料を送ることもないだろう)、店を出る。

 なんだかとてもがっかりした気持ちだ。知人とLINEでやりとりしながら、呪詛の言葉を書き連ねる。もう何軒かまわるつもりでいたけれど、もう飲んでしまおう。18時20分に「赤垣屋」にたどり着くと、ちょうど二人のお客さんが帰るところだ。その席に入れ替わりで座り、まずはビールを注文する。それを飲みきってホッとしたところで、熱燗とおでんを頼んで、ぼんやり過ごす。徳利を3本飲んだところで会計をお願いして、ほくほくした気持ちで閉店間際の「誠光社」を覗く。棚をふたまわり眺めたけれど、僕の本は見当たらなかった。もう新幹線に乗ってしまおうかと思いつつも、もう一軒だけと「丸善」(京都本店)に足を運んだ。ここでは文芸棚に面陳してくれている。同じ並びに置かれている本は後藤正治『拗ね者たらん 本田靖春 人と作品』、ロバート・ホワイティング『ふたつのオリンピック』、リン・ディン『アメリカ死にかけ物語』だ。ここでも著者インタビューの旨を伝え、タクシーに乗って京都駅を目指す。

 21時に京都駅に到着して、急いで荷物を取り出す。アサヒスーパードライのロング缶を2本手に取り、おつまみかまぼこと一緒に買い求め、新幹線に飛び乗った。1本目を飲み干したあたりで、車内販売が通りかかる。赤ワインを購入すると、テーブルの上ではなく、座席ポケットのところに突っ込まれる。なんだ、すぐには飲まないと思っているのか、この缶ビールだってすぐに飲み干して赤ワインを飲むつもりなのに――そう思っていたはずなのに、すぐに眠りに落ちてしまい、赤ワインを開ける前に東京にたどり着く。