2月15日

 7時に起きる。ストレッチをしてシャワーを浴びて、自転車で上野へ。「ルノアール」(京成上野駅前店)で某紙の取材を受ける。ベテランの記者の方で、そんなに新聞記者の世界を知っているわけでもないのに、なるほどベテランの記者の方だという感じがする。質問に導かれつつ、その道を踏んでいくような不思議な感覚だ。質問されて気づいたのは、僕は取材に出かけることを大変だと感じていないということだ。「何度も取材に行かれるのは大変だったでしょう」と聞いていただき、そこは苦労話をしておけばよかったのかもしれないけれど、ドライブインに限らず、マームを取材しているときだって、取材のために移動すること自体をしんどいと感じたことは一度もなかった。現実的にお金が減っていくことはシビアではあるけれど。

 この「ルノアール」は二階にあり、広場のようになった歩道が見渡せる。質問に答えながら窓の外を眺めていると、清掃員が見えた。そう、清掃員だと最初は思ったのだ。ゴミを拾って清掃しているように見えたのだが、清掃員といった風貌ではなかった。男性はゴミを全て拾っているわけではなく、たばこの吸い殻だけを小さな袋に集めているようだ。シケモクを拾っている人というのを、漫画の描写で目にしたことはあったけれど、実際にその瞬間を目にしたのは初めてであるような気がする。1時間強で取材が終わり、不忍池のほとりで写真撮影。写真も一緒に掲載してもらえるなら、先日は谷中ぎんざにある「越後屋本店」で撮影してもらったので、今回はいつもジョギングしている不忍池で撮影してもらうことにしたのである。せっかく写真入りで取り上げてもらえるのだから、そういうところにまで気を配りたい。写真を撮影してもらっているあいだ、笑顔で撮られているつもりだったのに、「じゃあ、最後に笑顔でお願いします」と言われてしまう。

 11時にアパートに帰ってきて、サッポロ一番(味噌味)を作り、お昼ごはん。ふとYahoo!リアルタイム検索のトレンドを確認すると、「ナンバーガール」が一位だ。まさかと思って詳細を確認する。一昨日のトークイベントのとき、開演前に「福や」で飲んでいたとき、「明後日大きな情報が出る」と言っていたのはこれだったのか。夏の楽しみは夏にとっておくとして、僕が今楽しみにしているのは、ひょっとしたら5月のツアーのタイミングで発表されるかもしれないZAZEN BOYSの新譜だ。午後、先週土曜日のトークイベントの構成を進める。あっという間に夕方になり、バスで池袋に出、「古書往来座」に立ち寄る。最初に仕入れてくれた『ドライブイン探訪』が売り切れ、追加で注文したぶんが届いたというので、二度目のサイン入れ。今回も識語をと頼まれて、前回は「再訪を重ねた旅の記録です」と書いたけれど、数分考えて、「ドライブインをめぐる10年間の記録です。」と書く。お礼を言って店を出て、渋谷行きのバスで高田馬場二丁目に出て、駆け足で移動していると「丸三文庫」のよーぞーさんに声をかけられ、マスクをしているのにどうして気づいてくれたのだろうと驚きつつ地下鉄に乗り、荻窪に移動し、徒歩で「Title」に入ると、ちょうど編集者のM.Hさんも到着されたところだ。

 今日はMさんをゲストに迎え、「”モテる“雑誌を作るために」と題したトークイベントを開催する。僕が初めて作ったリトルマガジンは2007年に創刊した『HB』で、この雑誌でインタビューしたのが『QJ』の編集長を退任されたばかりのMさんだった。誰かにインタビューするというのはそれが初めての経験だったし、僕にインタビュー仕事の依頼を最初にしてくれた編集者もMさんだった。『ドライブイン探訪』は店主たちにインタビューした記録でもあるので、Mさんとトークがしたいと思ったのだった。「M君、Mさんときて、俺で大丈夫?」と苦笑しながらも、Mさんは出演を引き受けてくれた(今書いていて気づいたけれど、全員イニシャルがMだ)。Mさんは話したいことメモをプリントアウトして持参されている。「取材するときでも何でも、やっぱりメモがないと」とMさんは言う。僕も話したいことリストを毎回用意している。電車の中でタイプしていたデータを、隣のセブンイレブンで出力する。「Title」に戻ると、お世話になった――僕にライター仕事を初めて依頼してくれた――編集者であるI.Sさんがもう会場にいらしている。そのままIさんも楽屋スペースにいらっしゃって、開演を待つ。19時34分、僕はビールを2本買って、トークを始める。

 21時10分、トークは終了し、そのままサイン会になる。思いのほかたくさんの方がサインを希望してくださる。嬉しい限り。見知った顔も客席にたくさんあったけれど、サインをしているうちに皆帰ってしまっている。どうしようかなとカウンターのほうに視線を向けると、友人のA.Iさんが置き物のように座っている。トークイベントを3つとも聞いてくれたのはAさんだけではないかと思うけれど、客席にいるということに慣れな過ぎるのか、ずっとぎこちない感じで佇んでいる。Aさんとは沖縄でトークイベントをするつもりでいて、出国前に話しておくとすれば今日しかなく、打ち合わせを兼ねて飲むことにする。駅まで歩きながら、明後日にはイタリアに旅立つということに現実感がないという話をする。イタリア滞在中はドキュメントに集中したいから、他のことは一切イタリアに持って行きたくない――そんな話をしていると、「接骨院とかにもいかないの?」と、まだぎこちない調子でAさんが言う。Aさんが関わっている作品のツアーに同行したとき、僕は肩と腰の具合が悪くなって、皆と別れて接骨院に駆け込んだことがある。最近は毎日30分近くストレッチをするようにしてるから、大丈夫だと思いますと答える。すごいじゃん、もう俳優じゃん、私なんて今こんなだよと前屈してみせると、まったく足に手が届かないところで手が止まり、驚く。

 「鳥もと」に入り、酎ハイとハイボールで乾杯。「ナンバーガール、再結成するんですね」とAさんが言う。Aさんが知っていたことを意外に思いつつ、昼からそのことでやるせない気持ちになっていることを伝える。今日の午後は、僕のツイッターのタイムラインはほとんど再結成の話で埋まっていた。普段から向井さんの動向をチェックしている人だけでなく、え、あなたもそんなに歓喜するのかと驚くことが多かった。歓喜することに難癖をつけるつもりはないけれど、その人にとって、自分が好きな人の現在はどういうことになっているのだろうと思ってしまう。一昨日のことが思い出される。1月下旬の時点で、ZAZEN BOYSが音源制作に取り掛かっていることと、5月にツアーが開催されることが発表されていた。その発表があった上で、2月13日に、改めて「ZAZEN BOYSはレコーディング中」とツイートがなされていた。「音源制作」というのは、実際にレコーディングにまで取り掛かっているのかと喜びつつも、おそらくリリース情報などはまだ決まっていないタイミングで、どうしてツイートしたのだろうと不思議に思っていた。そのことを尋ねたときに、「明後日、大きな情報が出る」と向井さんは言ったのだ。「それは、結構大きな情報やから。その前に、レコーディング中であるっちゅうことを言っておかんと、今やっているZAZEN BOYSというものがなかったことのように思われるかもしれんから」と。その言葉を思い出し、「レコーディング中」と「再結成」のツイートが並んでいる画面を眺め、リツイートやいいねの数の開きを思う。沸き立っている人たちは、ナンバーガールが青春だったのだろう。その思い出を否定するつもりはないし、すべての人がZAZEN BOYSも好きだというわけではないだろう。とはいえ、自分が好きだと思った対象のことを、過去の思い出に閉じ込めるというのは、一体どういうことなのか――自分もそのように接している対象があるかもしれないけれど、そんなことは棚に上げて、一気にまくしたてる。ひたすらしゃべり続けていると、Aさんに「どーどー」となだめられる。ほたるいかの酢味噌とメヒカリの唐揚げをツマミに、沖縄に向けた話をあれこれ。チューハイを5杯飲んだところで会計をして、コンビニで缶ビールを購入し、総武線に乗る。途中でAさんと別れ、水道橋から歩いて帰る。