8月17日

 7時に目を覚ます。相変わらず具合は悪かった。もう永遠にこの体調なのではと思えてくる。9時、「金壺食堂」に出かける。沖縄滞在中はいつも「金壺食堂」で朝食を摂っているけれど、台湾粗食で体調が回復することに期待しつつ、朝食バイキングをいただく。宿に戻って薬を飲んで、録画したままになっていた『フルーツ宅配便』を眺めて過ごす。もう2クール前のドラマだ。Wi-Fiの環境が優れず、途中で何度も途切れてしまう。Wi-Fiなしでも視聴できるように設定できるらしいので、今度からその設定をして旅に出よう。何話か観たあとで、『あなたと原爆』を少し読んだ。表題にある「あなたと原爆」は冒頭に収められている。研究が進めば、知識さえあれば誰もが原爆を作れるようになるのかと思われていたけれど、実際にはそうではなく、開発には膨大なお金がかかる。つまり、誰もが武器を手にできる(民主的な)時代が訪れるのではなく、強大な数カ国だけが武器を手にできる(専制的な)時代に世界は向かいつつあるのだとオーウェルは指摘する。このエッセイが書かれてから70年後にある今の世界で、自動車やトラックを使ったテロリズムが起きていることを思う。印象的だったのは「復讐の味は苦い」というエッセイだ。

 13時過ぎ、「大衆食堂ミルク」に入り、ちゃんぽんを食す。ふらつきながら市場界隈を散策していると、「橋本さん」と声をかけられる。振り返るとUさんだ。『ドライブイン探訪』のサイン本を作って欲しい頼まれて、あとでお邪魔しますと返事をする。これから3年間、どこを取材しよう。宿に引き返して薬を飲んで、少し休んだのち、サインを入れにいく。しばし雑談。エッセイを読んでもらうことの難しさについて話す。Uさんが書いているのはエッセイだ。僕が書いているのは、取材を経たルポルタージュやドキュメントではあるけれど、どちらかといえばエッセイに近い質感がある。エッセイというのは「これを読めばこういう知見を得られる」というものではなく、もう少しフラットに手に取るものだ。ただ、最近はエッセイの棚に行くと、「これを読めばこういう効用が得られる」「こんなあなたへの処方箋です」という本がかなり増えている。そんななかで、どうやって手に取ってもらうのかと考えると、気が重くなる。

 やっぱり、本を出すからにはたくさんの人に読んで欲しいと思うんですけどねえ。僕がそう漏らすと、「橋本さんの言う『たくさんの人』って、どれぐらいですか」とUさんに尋ねられる。『ドライブイン探訪』も『市場界隈』も、せめて1万人には読んでもらえると思っていたけど、あれだけ書評が出て番組にも出演した『ドライブイン探訪』でさえ1万部行ってなくて、それを考えると暗い気持ちになります、だってドライブインというフレーズに反応してくれる人はそれなりの数いると思っていたし、1万人にひとりが買ってくれるだけでも1万部になるわけで、それぐらいの人には読んでもらえる気がする、『市場界隈』に関しても、那覇市には15万の世帯があるわけだから、15世帯のうち1世帯ずつ買ってもらえたらすぐに1万部行くはずなのに、と話す。そんな話をしていると、「私には1万部というのは途方もない数に思える」とUさんが言う。

 この3年間を書き記すことについても、少し話す。Uさんは少し躊躇しているところがあるらしかった。新しい市場が完成するまでにどんな日々が待っているのか、本当に予定通りの期間で工事は終わるのかもわからないなかで書き始めることにためらいがあるのだとUさんは言う。ただ、発表するか否かはともかく、日々のことは書いておくつもりだと聞き、安堵。しばらく話をしていると、プレゼント用の包装をしてほしいというお客さんがいらしたので、そのタイミングで店を出る。今日も「ジュンク堂書店」(那覇店)に出かけ、高見順の『敗戦日記』と山田風太郎『戦中派不戦日記』を買い求める。気づけばもう17時過ぎなので、「足立屋」に入り、せんべろセットを注文。生ビールを2杯、足立サワーを1杯、モツ煮込み、これで1000円だ。追加でたぬき豆腐(250円)も食べて、「信」に流れる。テレビには『報道特集』が映っていて、東京大空襲のときの戦争孤児について特集が組まれている。お父さんもお母さんも番組を眺めているので、僕も黙ってそれを観る。

 特集が終わったところでビールをいただく。今回はいつきたのかと質問されて、15日からですと答えると、お母さんが怪訝な顔をする。あなた、実家のお盆は――そう言いかけて、そうか、内地のお盆はそこまで大掛かりにやらないんだったね、と笑う。前から気になっていたのは、公設市場で働く方達はどうやってお盆を過ごしているのかということだ。お盆には多くの買い物客が公設市場に詰めかける。昔に比べれば随分少なくなっているとはいえ、忙しいことに変わりはないだろう。ウンケー(旧盆初日)とナカヌヒー(お盆の中日)は公設市場は通常通り営業していて、ウークイ(お盆最終日)も17時までは営業し、その後2日間は市場は休みになる。ということは、市場で働く皆さんは2日ずらしてお盆のお供えをするのだろうか?――それが気になっていたのだけれども、そんなことはなく、カレンダー通りにお盆を過ごすのだという。つまり、仕事から帰ってお盆のお供えをして、ご先祖様をお迎えする。お盆のあいだはご先祖様が家に滞在する。普通の家では食事時になるたびにご先祖様の食事も用意するけれど、働きに出ていると都度用意することができないので、朝出るときにまとめて食事を用意しておくのだという。そうやってずっと過ごしてきたお母さんからすると、お盆だというのに実家に帰らず過ごしている僕のことは、ずいぶん不思議に見えるのだろう。