8月19日

 午前2時、他の宿泊客が帰ってきた音で目を覚ます。二人で飲んできたらしく、賑やかに語らいながら階段を上がってきて、シャワーを浴びたり歯を磨いたりしている。別に遅い時間に歯を磨いていたっていいのだけれど、酔って談笑しながら歯を磨いているので、すっかり目が覚めてしまった。どうやらいつも滞在している宿泊客らしく、こんな感じが続くようだと宿泊先を考え直さなければならなくなってしまう。再び眠りについたのは明け方で、再び目を覚ますと9時になっている。

 共同キッチンでインスタントコーヒーを淹れ、昨日のうちに買っておいたロールパンとヨーグルトで朝食をとる。風邪がぶり返しつつあるのではと不安になり、午前中は宿で過ごす。昼頃になってシャワーを浴びて、外に出る。まずは「市場の古本屋ウララ」に入り、沖縄に関する書籍を何冊か買い求める。これからの取材に向けて読んでおくべき本や、エイサーを見物していて気になり始めた沖縄の遊行芸に関する本を選んだ。1万円を超えてしまったけれど、今回の滞在ではあまり飲み歩かなかったので、なんとかなるだろう。

 重い買い物袋を提げたまま、近くにある商店に立ち寄り、開襟シャツを買う。レトロでモダンな柄のシャツで、2000円と手頃な値段で売られており、数日前に見かけて気になっていたのだ。その店でシャツを物色したのには理由があり、それはもちろん、今度取材をさせてもらいたいというものだ。名刺を差し出してご挨拶すると、『市場界隈』のことを知ってくださっていた。次に那覇を訪れるタイミングで取材させてもらう約束をして、お店をあとにする。お腹が減ってきたので鮮魚店に入り、刺身の酢味噌和えを肴にオリオンビールを飲んだ。外では通り雨が降っている。ここでは前にも「いつか取材させてください」とお願いしていたが、あらためてお願いをして、こちらも次回取材させてもらえることになった。なんだか怖いくらいに順調だ。ほくほくした気持ちを誰かに伝えたくなって、再び「ウララ」にお邪魔して、聞かれてもいないのに「アポイントが取れました」と報告する。

 まだ連載が決まったわけではないけれど、取材を始めるにあたって、調べておかなければならないことがいくつもある。開南のバス停からバスに乗り、沖縄県立中央図書館に出かけて、古い雑誌記事に目を通す。ピンポイントで知りたい情報があり、レファレンスサービスも利用してみたけれど、これといった情報にたどり着くことはできなかった。もちろん貴重な資料もあるのだけれど、知りたい情報にあまりたどり着けないという印象を抱いてしまっている。何度か通っているうちに使い勝手がわかるのだろうか。今すぐ取材に直結するわけではないけれど、抑えておくべき資料を100枚ほど複写する。

 18時半に宿まで引き返し、荷物を置いて歯磨きをして、夜の街に繰り出す。まずは「足立屋」でせんべろセットを注文し、生ビールを飲んだ。お盆休みが終わったせいか、界隈を行き交う人が少なく感じられる。3杯飲んで店を出て、「信」に流れ、複写してきた資料の一つを見てもらう。それは1994年に発行された『買物楽園 那覇市中心商店街ガイドマップ』という地図で、平和通りや市場中央通りなど、この界隈にどんな店があったのかが細かく記載されている。平和通りで育った和子さんが、その一軒一軒の名前を懐かしそうに眺めて、詳しく説明してくれる。この時代にはまだ観光客相手の店はなく、地元客向けの店ばかりだ。横から地図を眺めていたマスターは、桜坂のこういう地図も探してみたらいいさ、と言う。「桜坂にはたくさんの飲み屋がひしめき合っていて、大賑わいだった」という話はよく聞くけれど、どこにどんな店があったのかということを、僕はまだ知らずにいる。

 ビールを飲みながら、なんとか連載を始められそうですと報告する。建て替え工事によって移り変わる風景のことを記録しておきたいのだと伝えると、マスターは扉の外を指差し、「見てごらん、向かい。もう閉まってるさ」と言う。そう言われるまで気に留めていなかったけれど、向かいにある総菜屋さんは電気が消えていた。前は夜になるとせんべろの店に切り替えて営業していたけれど、最近はやめているらしかった。「人の流れがもう、全然変わってるからね」と和子さんも口を揃える。「市場で働いていてもね、皆、『忙しい、忙しい』って毎日仕事してたんだけど、仮市場に移って見えてきたことがあるのよ。前の建物のときは、常連と、プラスアルファのお客がきてくれて、それで忙しかったわけ。たとえば、雨が降ってきたからということでアーケードのある平和通りに入ってきたお客さんが、『ついでにまちぐゎーも歩いてみよう』って回っていくわけ。そのときに『あ、これ欲しいと思ってたんだ』と思い出して、予定にない買い物をしてくれてたのよ。でも今は、常連さんはきてくれるけど、このプラスアルファのお客さんがいなくなったのが大きい気がするね」

 今月末にまたきますと挨拶をして、330号線を歩き、安里駅を目指す。昨日ゴン太を見かけた建物の前を通りかかると、今日もゴン太は中に入っている。昨日はうっかり入り込んでしまったのかと思っていたけれど、冷房の効いたその場所に自ら入り込んでいるのだろう。扉を開けて中に入っても、こちらに気づく気配はなく、すやすや眠っている。おい、ゴン太、駄目でこんなとこ入ったら、と起こして、外に連れ出す(連れ出すといっても、犬は怖くて触れないので、ひたすら呼びかけて連れ出す)。そうして「うりずん」に飲みに行き、白百合を飲んだ。帰り道、ゴン太が入り込んでいた建物の前を通りかかると、入り口にはシャッターが降ろされていた。でも、ゴン太は冷房の快適さが忘れられないのか、入り口に寝そべったまま動かなかった。