3月23日

 8時過ぎに起きる。天気が悪いこともあり、なかなか起きられなかった。昨晩フジテレビの番組を観ていたのか、つけっぱなしのテレビには『とくダネ!』が流れている。コロナの影響で世界的に自粛ムードが広がるなかで、マイアミでは若者たちが大規模なパーティーを開催し、「ブーマーリムーバー」という言葉もトレンド入りしているという。若い世代は重症化するリスクが低く、また、ベビーブーム世代である高齢者を感染させれば、その世代を取り除くことができる――と。VTRがあけると、そんなくだらないことを思うのは間違っているし身勝手だとコメンテーターが語る。しかし、「自分たちにのしかかっている高齢者たちをいなくさせろ」と思ってしまう構造が生まれてしまっているのはきっと事実なのだろう。

 冷凍してあるごはんをチンして、たまごかけごはんにして食す。CKM書房の担当編集者の方から連絡があり、ドラマの映像を送ってほしいとのこと。すぐにDVDに焼く。DVDに焼く場合は、焼いている番組が画面に等倍速で再生される。その映像を眺めながら、まあ、いくらでも言い逃れができるだろうなという気持ちになる。昼、納豆オクラ豆腐そば。14時に原宿の喫茶店で待ち合わせて、4月から始める企画のミーティング。誰かの話を聞いていると、いろいろアイディアが浮かんでくる。

 15時半に皆と別れ、副都心線新宿三丁目に出る。晴れ着姿の人を何人か見かけた。「らんぶる」に入り、原稿を書く。今まで座ったことのない、一番奥まった席で、不思議な感じがする。隣に若い女性の3人組がやってくる。ちょうど店内に流れていた曲が切り替わるタイミングで、いきなりドーンと始まるクラシックの曲に、3人は手を叩いて笑う。何これ、超ウケる、何かの合図なのかなと爆笑している。そのうちふたりはクリームソーダを頼んだのだが、「この上に乗ってる白いやつ何だろう?」なんて話している。異世界に迷い込んでしまったのだろうか。

 3人組のうち、ひとりがずっと咳き込んでいることに神経を向けてしまう。すると、その女性がこう口を開く。「いや、うちの家族、コロナかもしれないんだよね」。「え、マジ?」「いや、わかんないけど、ずっと微熱が続いてるみたいで」「そうなんだ。まあでも、うちらはそんなに酷くなんないんでしょ?」。その言葉に心底驚く。朝の情報番組が報じていたことは、どこか絵に描いた餅だと思っていたところがある。「ブーマーリムーバー」という言葉がトレンド入りしたのは事実なのだろうけど、ほんとうにそんなふうに思っている人がいるとは、想像していなかった。でも、まさに隣に、重症化するのは自分たちの世代ではない(からさほど心配することもない)と口にしている人がいる。そしてきっと、これは僕の隣に座る女性が特殊な思想を持っているわけではなく、ごく普通の感覚なのだろう。

 僕はずっと、ゴールデンウィーク前くらいまでに状況が改善することに期待し続けてきた。4月24日に、中野サンプラザで開催されるライブが無事に観られますようにと願ってきた。でも、それはきっと叶わないだろう。

 18時過ぎ、新宿二丁目の「中本」に入り、生ビールと中華やっこ。「今日はだいぶ寒い感じがするねえ」。そう語るマスターは、Tシャツの上に袖なしのウルトラライトダウンをまとっている。中華やっこにはレンゲがついてくるけれど、どう使っていいかわからず、箸で食べる。僕は箸の使い方がヘタだけど、レンゲの使い方もヘタだ。もっと言えば口の使い方もヘタな気がする――そこでまたしても、「栄食堂」で肉吸いを食べた日の記憶がよみがえってくる。肉吸いにもレンゲがついてきたが、まずレンゲでうまく豆腐やねぎや肉を掬えず、それを口に入れるときも少しこぼれてしまいそうで、箸でちびちびつまんだのだった。あの日、「近いうちにスマスイに行こう」と心に誓ったのだが、それも叶わなくなってしまうのだろうか。

 二階堂のボトルを3分の1ほど飲んで、レバニラ炒めを平らげたところで店を出た。20時に新宿3丁目「F」に入り、焼酎の水割りを飲む。ちょうどトイレに立ったところでケータイが鳴り、画面に表示された文字を見て背筋が伸びる(こんなふうに背筋が伸びる人はふたりいたのだが、いまやひとりだけになってしまった)。よりによって今日かと思う。「中本」でそこそこ飲んでしまっていて、大丈夫だろうかと不安になりながらも電話に出る。

「はしもっちゃん、何しとる?」

「いま、新宿で飲んでました」

「そうか。いや、今から下北沢で飲もうと思ってよ」

「じゃあ、新宿から向かいます。どこに向かえばいいですか?」

「いや、下北沢で見つけて?」

「わかりました。見つけます」

「ふはは。いや、俺が見つけるから。アイ・ウィル・ファインド・ユー!」

 無事に下北沢で合流すると、赤霧島のボトルが入っている。最終的には6人でテーブルを囲んだ。話しているうち、坪内さんの話題になる。他の人たちに、Mさんが坪内さんのことを説明する。いつだったか、九段会館で弾き語りのライブをやったときに観にきてくれて、褒めてくれた。あんまり簡単に褒める人じゃないと思うから、あれは嬉しかったね。そう語るMさんの横顔と、「オレたちひょうきん族!」と言って、僕は聴きなじみのない番組のエンディングテーマを歌う姿が記憶に残っている。