4月10日

 6時に目を覚ます。窓という窓を開けて換気する。今日はずいぶん寒そうだ。琉球新報を開くと、「那覇市、家賃減免へ」という文字がある。公設市場の使用料(家賃)を減免し、自主休業した第一牧志公設市場は4月ぶんの全額免除も検討しているという。しっかり補償はされるべきだけど、公設市場は公設であるがゆえに「家賃」が低価格なはずで、周辺事業者のことが気にかかる。24面には「公設市場きょう一部再開」とある。4日に従業員の感染が確認されたが、農水省ガイドラインを参考に、消毒した上で準備ができた事業者から営業を始め、18日には全体の再開を目指すとのこと。その記事の隣に、「飲食店救済、家賃半額に/入居店舗も奮起」という見出しが出ていた。

「国の救済策から漏れてしまう店もあるだろう。借り入れが難しい店もあるだろう。それなら私がと思って」

 これまで地域の子どもの貧困問題解決に取り組んできた瀬底さん。「飲食店で働く女性の中には一人で子どもを育てている人が少なくない。この人たちを路頭に迷わせてはいけない」と話す。ビルのオーナーとしては、店がつぶれて入居者が減れば、ビルの経営も立ちゆかなくなるという危機感もある。

 「今から飲食業を始めようという人はいない。大家ができることは今いるお客をやめさせないこと。お金は天下の回り物で結局は自分に返ってくる。ピンチの時こそ、お金を回して助け合う。これが商売だよ」とほほ笑んだ。

 家主からの思いがけない申し出に、与那城さん(ビルの1階で営業する居酒屋の代表――引用者注)は「ここまでやってくれるのなら頑張ろうという気になれた」とコロナ禍を乗り越える決意を新たにしていた。

 このビルというのは、県庁前駅の近くにあるビルのようだ。居酒屋の代表によれば、4月に入ってから売り上げが前年に比べて9割減り、テイクアウトを始めたものの、「それでも補えるのは『1割程度』だ」という。それで「家賃半額に」という見出しが出ていたのだけれども、それが助け合いの精神による美談であるように報じられていることに違和感をおぼえる。ただでさえ「どうして同じ一等地にあるのに公設市場だけ家賃が安いのか」という不満を時折耳にするというのに、公設市場だけ行政によって家賃が全額免除となれば、不公平感が増し分断が生まれかねないと思う。

 コーヒーを淹れて、原稿を書く。昼、近所の八百屋に出かけると、今日もオクラの入荷はなかった。豚バラ肉が安売りされていたので、お昼は焼きそばを作って平らげる。通販で注文した本が次々届く。『AMKR手帖』のために必要な本と、企画“R”に向けて読んでおくべき資料たち。こんな状況になると、通販で手に入れるほかなくなってくる。あまりネットで本を買わない方だが、たがが外れたように次々注文してしまっている。

 午後、友人のA.Iさんからメールが届く。「橋本さんが嫌じゃなければ、散歩の延長?で公園?とかでも話せたらなとわたしは思ってます」と末尾にあり、ぜひ、今日も夕方からなら空いてますと返信する。さすがに「今日すぐに」という誘いではなかったようで、少し恥ずかしくなる。メールには舞台『c』に向けたことも綴られていた。今日書いているのは、まさに『c』に向けたドキュメントで、書こうと思えば今日のうちに書き終えられるだろう。でも、焦って書いてしまうのではなく、書ける機会は限られているのだからじっくり書こうと、Aさんからのメールで思い直す。

 16時半に散歩に出る。運動不足を解消するのと、原稿のことを考えるのと。家にこもりきりで考えていると、原稿の全体像がどうしてもこぢんまりしてしまう。「ベーカリーみうら」の前を通りかかると、感染予防のために一人ずつ入店してくださいと貼り紙が出ている。カウンターに並べられているパンに飛沫が飛ばないようにと、レジと入り口のあいだにブロックが置かれており、「ここからご注文ください」とある。パン屋さんは大変だ。根津神社に抜ける。文京つつじまつりは「全て中止」で、「ツツジ園も閉苑/お花を見ることは出来ません/罹患防止のため今回は参詣をお控え下さい」と貼り紙がある。境内に立ち入ってみると、バドミントンをする若者や、小さいこどもを遊ばせている親の姿がある。「コロナさえなければねえ、おまんじゅう食べれたのにねえ」と、若い母親が娘に言って聞かせている。ツツジはきれいに咲いている。

 路地を抜けていく。吉本隆明が佇んでいそうな細い路地で、若者が路地でスケボーに興じている。「バー長谷川」の前を通りかかると、「現在の社会状況を鑑みてしばらくの間休業させて頂きます」と貼り紙が出ている。ただ「しばらくの間休業させて頂きます」とだけ書くのでなく、「現在の社会状況を鑑みて」と書き始めた心境のことを想像する。近くの別の店には「明日の緊急事態宣言を前に休業します」といった趣旨の貼り紙も見かけた。中華料理の「海上海」はテイクアウトの営業をやっているはずだと思い、店に向かってみると、ちょうど暖簾を出すところ。メニューを吟味して、菜の花の春色炒めを注文。店内のテレビでは、50万円から100万円の休業補償を行うと報じられている。

 出来上がりを待つあいだ、近くのドラッグストアに出かける。なくなりかけているJOYと、ボディソープの詰め替え用と、ハンドソープを買っておく。マスクもトイレットペーパーも在庫はなく、ティッシュは柔らかくないタイプのものだけ在庫がある。除菌スプレーの類は一切見当たらなかった。入り口に小さなホワイトボードが置かれていて、店員がそこに、マスクやトイレットペーパーなどの今後の入荷予定を書いているところだ。高齢者がそこに近づき、盗み見るように様子を伺っていた。「海上海」で料理を受け取ったのち、「往来堂書店」へ。東京特集の『ポパイ』や、何冊か本を手にとる。今日はカミュの『ペスト』が並んでいて、読みたい気持ちはなかったのに、なんとなく一緒にレジに運んでしまう。店長のOさんがいらしたので、あそこに貼ってあった「本日『ペスト』の入荷はありません」という貼り紙は洒落だったんですよねと尋ねる。いや、あの、いろんなとこに「本日マスクの入荷はありません」って貼ってあるから、それで……と、洒落の説明をさせてしまって申し訳なくなる。

 アパートに戻り、テレビをつける。『news every.』では、藤井キャスターが今日もメッセージを発信している。東京都の新規感染者が189名と、今日も過去最多を更新してしまったことを報じたあとで、「大まかに言うと、東京の場合、まだ1万人にひとりの感染です」とこちらに語りかけてくる。「人に会わなければ、感染することはありません。数字に動揺せず、週末は自宅にいてください」と。こんにゃくの麺つゆ炒め、きんぴらごぼうを作っているうちに、知人が帰ってくる。テレビを眺めながら晩酌。ふとツイッターを開くと、警棒を手にした警察官が道ゆく人を威圧する様子が流れてくる。カッとなり、街に繰り出したい衝動に駆られる。