4月25日

 昨日の夜、Amazonでターバンを注文しようとしたところで、知人に止められた。ジョギング用に転用できないかと思ったのだが、「ダサいし、これヘアバンドやけ、口と鼻は覆えんと思うよ」と忠告されたのだ。でも、ちゃんと口と鼻を覆うBuffだと、配送時期が8月と表示されている。その画面を見せると、ああ、それ、うちにあるよと知人が引っ張り出してきたそれは、紛れもなくBuffだった。それで鼻と口を覆って、そうすると眼鏡はかけづらくなるので裸眼で、8時過ぎからジョギングに出る。いつものコースを走ると根津神社界隈と不忍池のあたりで人が密集しているので、住宅街を走る。それでも何人かジョギングしている人を見かけたが、マスクをつけている人はほとんどおらず、息を切らして走っている。

 思い出されたのは、しばらく前に、この状況下で風俗店にやってくるお客さんについて、そこで働く女性がが語った記事だった。流し読みしかしなかったが、ちゃんとしたタイプのお客さんが減り、ヤバイお客さんが増えた――という内容だったと思う。ありとあらゆるところで、そういうことが起きているのかもしれないと想像する。ジョギングも、なんとなく健康のためにとやっていた人は走るのを控えて、「世界がどんなことになろうとも、自分は走り続ける」という人が残ってゆくのだろうか。そして、その二分法をすれば、ぼくも走り続けている側にいる。

 動坂上に出て、養源寺から大観音に抜け、そのまま東大前まで走り、アパートに引き返す。これで4キロ程度。コーヒーを淹れる前に、何か音楽をかけようとアップルミュージックを開くと、ローリングストーンズの新曲が配信されている。再生しながら、コーヒーを淹れる。これはわたしの歌だと感じて、繰り返し再生する。ストーンズに限らず、洋楽に対してこんな気持ちになったのは初めてだという気がする。もちろん格好良いと思う曲は山のようにあるけれど、それを「わたしの歌だ」と感じたことはなかった。わたしの歌だと思えるほどに、言葉のニュアンスを理解する力がぼくにはなかった。もちろん「わたしの歌だ」と思える曲のほうが素晴らしいというわけではないのだけれど、でも、これはわたしの歌だ。

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 ローリングストーンズといえば、音楽史に燦然と輝くバンドというイメージが頭のどこかにあって、つまり格好良いとは思うけれどどこか自分ごとではなかったのに、それをこんなにも身近に感じる日がくるなんて。なんどか再生したあとで、吉田一郎不可触世界の新曲もYouTubeで再生していると、知人が「何、このおしゃれなやつ」と起きてくる。彼がZAZEN BOYSに加入すると発表されたとき、同い年がメンバーに入るのかと驚き、とても刺激を受けた。お互いどうにか生きていきましょうね、残していきましょうねと、心の中で思っても伝わることはないけれど、思う。

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 昨日から鼻の具合が悪く、ティッシュの消費量が増えている。花粉飛散情報をネットで調べてみても、ピークは過ぎているのに、どうしたことだろう。ぶつくさ言っていると、知人が「ブタクサやろ」と言う。「スギとヒノキの次はブタクサやから」と。今、この日記を書きながら調べてみると、ブタクサは夏から秋にかけて花粉が飛ぶので、ブタクサではなさそうだけれども、スギとヒノキが終わっても、また別の花粉が飛んでいるのだろう。花粉症の薬がもうすぐなくなりそうなので、もらいにいかなければ。カーテンを全開にして、コーヒーを飲みながら、いくつかメールを返す。よく晴れていて、散歩に出る人たちが通り過ぎてゆく。半袖を見かけて、なんだか瑞々しく感じる。

 知人は仕事場に出かけていったので、こんなに食材を買い込まなくてもよかったなと思いながら、献立を考える。例によって昼は焼きそばのつもりだったが、どうしよう。汁と麺が啜りたくなり、冷蔵庫の上に買い溜めしたまま手をつけていなかったサッポロ一番味噌ラーメンのことを思い出し(買い溜めというか、食材が手に入らなくなったときのために5個入り1セットを買っておいた)、キャベツともやしと豚コマ肉をのっけて平らげる。午後は福澤諭吉福翁自伝』を読んだ。これは読んだことがなかったけれど、めっぽう面白かった。

学問のすすめ』を読んでいると、「人として酒色に溺るる者は非常の怪物と言うべきのみ」という一文があり、うるせえな、なにが怪物だよと反感をおぼえながら読んでしまっていたけれど、これは福澤諭吉自身が幼い頃から酒に溺れて過ごしていたからこその一文だと、『福翁自伝』を読むとわかる。「勉強の傍ら飲むことを第一の楽みにして、朋友の家に行けば飲み、知る人が来ればスグに酒を命じて、客に勧めるよりも主人の方が嬉しがって飲むと云うような訳けで、朝でも昼でも晩でも時を嫌わず能くも飲みました」と、『福翁自伝』にある。こうして我が身を振り返ればこその『学問のすすめ』なのだろう。ただ、国家への忠義について書かれたくだりだけ、その温度をまだ掴みかねている。

 今日も17時にドーナツを食べた。ワッフルにしても、ドーナツにしても、こういうふかふかした食べ物はのどにつっかえる。魚の骨が引っかかる確率よりも、ドーナツが引っかかる確率のほうが高い気がする。何度も咳払いをするけれど、喉の中にドーナツの骨が残った感じがする。この10年で「誤嚥性肺炎」という言葉を耳にする機会が増えたような気がするけれど、いずれ自分はその道を辿るのではと、ずっと思っている。「誤嚥 防止」で検索してみる。たとえば「ぱたから」という言葉を繰り返し発語するとトレーニングになるとあり、繰り返す。ぱたから、ぱたから、ぱたから。