5月29日

 8時に目を覚ます。コーヒーを淹れて、知人を起こし、パンを焼いてもらう。茹で玉子も作る。風呂に湯を張り、入浴しながら『墓と葬送の社会史』を読んだ。とても興味深い。墓に手を合わせること、遺骨を大事なものだと捉えること、祖先を大事に思うこと、今のぼくにそういった感覚がどこまであるかはよくわからないけれど、そういった感覚が形成されてきた推移を概観することができた。ぼくが読んだのは30年近く前の新書だが、今もこのテーマを専門に研究している人はいるのだろうか。12時過ぎになってようやく風呂から上がり、ブルーインパルスを眺める。近所のマンションでも眺めようと待機している人を見かけた。あんまり待ち構えているのも恥ずかしく、またそこまで興味もないので、ポットからコーヒーを注いでいるうちに通り過ぎてしまったらしく、窓から顔を出すと飛行機雲だけが残っていた。

 このブルーインパルスの飛行に、またしても言葉をなくしてしまう。このタイミングで「医療従事者へ感謝を示すために」と飛行機を飛ばすことには、率直に言えば「馬鹿なんじゃないか」という言葉しか出てこなかった。感謝のためにって、何を言っているのだろう? それは千人針の精神と何が違うというのか。誰かの労力は「感謝」などという抽象的なもので片づけられるべきものではないし、「感謝」という感情は飛行機を飛ばすことで仕向けられるべきものでもない。パラパラのプロフェッショナルが、「医療従事者への感謝を込めて」とパラパラを踊っていたら、「何やってるんだろう?」と思われるだけだろう(最近、パンサーの菅がパラパラを踊る映像を何度か観たせいで、こんなたとえが思い浮かんでしまった)。パラパラを踊るのは個人の勝手だが、今このタイミングで税金を費やしてやるべきことなのか。それとも、しばらく前に知人が「ガソリンがマイナスになったって」と言っていたけれど、マイナスになったということは、飛行機を飛ばせば飛ばすだけ儲かるのか。――と、批判的な言葉はいくらでも浮かんでくるけれど、結局のところ「そんなことにお金を使うなんて」という話に行きついてしまうので、何も言えなくなってしまう。その言葉は、そっくりそのまま文化・芸術に税金が投入されることに対する批判として転用が可能だ。

 なんだか暗い気持ちになりながらカレーとライスを解凍し、平らげる。午後になってようやく琉球新報の朝刊に目を通し、さらにあれこれオンラインで記事を検索していると、「県外~沖縄間、渡航自粛要請を6月から緩和 6都道県の移動は自粛求める」という記事を見つけた。今日の午前に県知事による基本方針が発表されたらしいのだが、渡航自粛要請を6月1日から緩和するものの、「18日までの間は、まだ感染者が確認されている首都圏の4都県(東京、神奈川、千葉、埼玉)と北海道、福岡県の6都道県からの不要不急の移動は自粛を求めた。19日以降は全国からの誘客キャンペーンを実施するとした」とある。強い違和感が残る。感染者が確認されているのは確かで、移動によるリスクがあることはその通りだろう。しかし、どうして「19日」が境界線になると言えるのだろう。それに、「19日以降は全国からの誘客キャンペーン」という言葉にも強い違和感が残る。

 くさくさした気持ちでいると、友人のF.TさんからLINEが届く。昨日、制作のHさんあてに送っていた原稿に目を通してくれたらしく、「感謝しかありません」とあって嬉しくなる。嬉しくなるというのは、褒められたことが嬉しいということではない。ドキュメントと分類されるような原稿を書くとき、それは読者――同時代を生きる誰かや、何十年か後に興味を抱いて原稿を読み返してくれる誰か――に向けて書いているけれど、それと同時に、取材する対象に向けた手紙のようにして書いているところもある。書かれた側が何か気づきを得らえるような文章であればと願いを込めて書いているところもあるので、その言葉が届いたのだろうなと嬉しくなった。

 午後は居間で寝転がりながら本を読んだ。16時過ぎに買い物に出る。ブルーインパルスの跡を見上げたときにも感じたことだけど、今日はよく晴れていて、最高の天気だ。「往来堂書店」をのぞき、「バー長谷川」の貼り紙に変化がないことを確認して、「ベーカリーミウラ」で食パンとオリーブのパンを買って、スーパーで食材を買って帰途につく。アパートに戻ると、「Q」に掲載する写真の選別をしたり、画像を調整したり、原稿を少し手直ししたり。窓の外に見える広場に、ワイシャツ姿のサラリーマン二人組がやってきて、絵に描いたようなそぶりでネクタイを緩め、アサヒスーパードライのロング缶を開け、乾杯する。羨ましい限りだ。今日は知人がオンライン歓迎会で遅くなるらしく、金曜日だというのにこちらは誰かと乾杯する予定もなかった。

 19時過ぎに作業を終えて、缶ビールを開ける。ここ数日は芸人のラジオをやたらと聴いている。「ジョギングしながら聴く用に」と取っておいたのだが、どんどん溜まっていく一方なので、家事をしながらずっと聴いている。ようやく4月の録音に差し掛かったところで、芸人たちが「ステイホーム」の日々を語っている。アルコ&ピースの酒井さんが、あまりにやることがなく、スーパーで鯛の柵を買ってきて昆布締めにする話を聴きながら、「うおーい、いいね!」とひとりつぶやく。もしも一人暮らしだったら、こんなふうにずっとラジオやテレビに話しかけ、気を失うまで酒を飲んで眠りにつくのだろう。