イタリア2015

昨晩からフィレンツェに滞在している。2013年にフィレンツェで公演をしたときに訪れたレストランで昼食を取って、サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局でお土産を買い、皆が衣装を買っていた店でシャツを買い求める。いろんな街を旅しているけれど、僕は観光が下…

別れを惜しんで手巻き寿司パーティーが開催されている様子を眺めながら、僕はキッチンの隅でグラッパを飲んでいた。度数の高い酒を飲めば、最終日の宴を楽しみながらウィルスを殺せるのではないかと期待していたのだけれど、そんな都合のいい話があるはずも…

あまりに寒くて目が覚める。布団をしっかりかぶり直しながら、到着した翌朝は暑くて目を覚ましたことを思い出した。2週間しか過ごしていないのに、何度もこの場所で季節の変わり目を迎えているような感覚に陥る。少し風邪気味で、ぼんやりした頭のまま洗濯物…

時計の針は9時32分を指している。劇場では日本人の役者だけで稽古が行われている。藤田さんが口伝えするモノローグを、あゆみさん、荻原さん、ゆりりがメモしている。「これが日本人だけで引っ張れる限界かもね。これ以上増やすと日本語が多くなるから」。キ…

キッチンで過ごしているとき、皆は頭の中に何を思い浮かべているのだろう。別に沈黙が続いているのではなく、穏やかな朝の時間が続いているわけなのだけれども、スーパーマーケットの品揃えの話や、お粥のかたさについて話しているとき、皆の頭の中にはもっ…

公開リハーサルが近づいてきた或る日、皆はある相談をしていた。それは、夕食の問題だ。 9月13日に滞在制作が始まってから、イタリアの皆と作業をする時間は基本的に13時から18時までだった。稽古が終わったあと、イタリアの皆も宿舎のキッチンに遊びにきて…

朝9時半にはもう、劇場に皆の姿があった。藤田さんは二日連続で一睡もしなかったようで、ぼさぼさの頭をしている。午前中は日本人の役者だけで集まって、プロローグから稽古を始まった。既に翻訳されたテキストに対する編集作業はもう終わっていて、今日は次…

今日は滞在制作期間の中で唯一の休日だ。この日を利用して、フィレンツェまで衣装の買い出しに出かけることになった。この日目にしたもの。赤土色をしたトスカーナの風景。車窓を眺め、「朝なのに夕方みたいな空だ」とつぶやく川崎ゆり子。雲に遮られて月み…

ヨーロッパのスーパーマーケットで楽しいのはヨーグルト売り場だ。日本の何倍かのヨーグルトが並べられていて、お昼には毎日違うヨーグルトを食べている。今日のヨーグルトはハズレだ。食べる手を止めたまま視線を落とす。「今、おいしかった?」とあゆみさ…

毎朝走ろうと言い出したのは藤田さんだった。イタリアに到着して間もないタイミングで言い出したのだという。出演者の皆に「走ってこい」と命じているわけではなく、自分も走るから一緒に走ろうと言うのだ。 あれは3日前のこと。 僕がポンテデーラに到着した…

イタリアで制作されている作品のタイトルは『IL MIO TEMPO』、日本語に訳すと『私の時間』だ。今回の制作はまず、出演者の8人にインタビューするところから始まった。インタビューをした上で全員に同じ質問をした。何かから逃げたエピソード。告白した(ある…

ポンテデーラに激震が走っている。 初日にも書いたように、この町に対する印象は「パノラマという巨大なスーパーマーケットがある町」だった。皆が滞在制作をしている劇場の近くにはパノラマが――いやパノラマしか存在しない。ポンテデーラを訪れるということ…

朝5時には目が覚めてしまった。中庭に置かれた椅子に座り、朝日に照らされ読書していると門が開いた。オレンジ色の作業服を着た男性が、顔だけ覗かせている。こちらに一瞥をくれると、彼は門を閉め、草刈りを始めた。この日は一日中草刈りの音が響いていた。…

キッチンの外にまで、陽気さが溢れ出していた。「あ、橋本さんだ!」「おかえりなさい!」「まあまあ、まずは一杯」と促されるままに赤ワインを飲む。僕はまだ気が動転していて、洗顔タオルも見当たらないままシンクで顔を洗った。キッチンにいるのは藤田貴…