昼は録画したテレビドラマを観ていた。最初の頃は「最高の離婚」(フジ)に夢中になっていたけれど、次第に「泣くな、はらちゃん」(日テレ)に夢中になってきている。このドラマは、ざっくり言えば、三崎のかまぼこ工場に勤める越前さん(麻生久美子)が描いていたマンガのキャラクター・はらちゃん(長瀬智也)が現実世界に飛び出し、「神様」である越前さんに恋をする物語である。
 
 最初のうち、マンガの世界から飛び出してくるという設定は、あくまでまっすぐな物語を描くためのツールなのかと思っていた。
 
 越前さんは、ストレス発散のためにマンガを描いている。そのマンガに登場するキャラクターは、越前さんが好きだった矢東薫子という漫画家が作ったキャラクターである。そのキャラクターたちに、現実世界の自分に近い不満を述べさせ、最後に或るキャラクターが「そんなやつは殺すしかないね」と言わせる。そんな「神様」が描く世界はハッピーではない。自分たちの世界を変えるべく、「あなたが笑えば、(自分たちの)世界は変わるんです」と、はらちゃんは伝えるのだ。
 
 この「あなたが笑えば、世界は変わる」というメッセージだけを剥き身で置いてしまっても、ドラマとして説得力は持ちづらいだろう。そのストレートなメッセージを描くために一枚噛ませた設定が「マンガの世界から飛び出す」ということなのだと、そう思っていた。
 
 僕の見立てが間違っていたわけではないけれど、でも、その設定は単なる設定ではなかったようだ。先週分の放送では、はらちゃんが本当にマンガの世界の(自分が描いた世界の)人間であるということを、ようやく越前さんが確信した。そして、越前さんははらちゃんを呼び出す方法(ノートを振る)と、マンガの世界に戻す方法(ノートを開く)を知った。ここから物語は別の展開を見せ始める。
 
 今週放送された第6話でも、相変わらずはらちゃんはストレートに越前さんにアプローチしている。ついにお母さんに「娘さんをください!」と土下座までしてしまった。お母さんは「どうぞ」と笑い、はらちゃんを家の中に入れる。そこで越前さんの小さい頃の写真を見せてもらって、越前さんとお母さん、越前さんと弟との会話を聞いているうちに、自分のいるマンガの世界と、越前さんのいる世界との違いを痛感する。
 
 家を出た二人は、港を歩いている。
 
「越前さん。困ってますね、越前さん。ごめんなさい、私が困らせてるんですよね」
「はらちゃんのせいじゃないよ」
「越前さんが困った顔を見るのはつらいです」
「……ありがと」
「驚きました。私のいる世界と、越前さんのいる世界はまったく違うんですね。……違うんですね」
「そうね。……はらちゃん?」
「はい?」
「ごめんなさい」
「え?」
「私とあなたとは、結婚とかできないんです。ごめんなさい。できないの。ごめんなさい」
「私がマンガの世界の人間だからですか」
「そうです」
「そうなんですね」
「……はい」
「家族って、面白いですね」
「え?」
「あんなふうにケンカしても、一緒にいるんですよね」(越前さんと弟がケンカするシーンが直前にあった)
「ええ、家族ですから」
「それってなんだか素敵ですよね。結婚しないとできないものなんですか、家族って」
「いや、そうとは限らないというか、色んな場合がありますけど」
「そうですか。じゃあ私の家族はちゃんとマンガの中にいますね」
「え?」
「ときどきケンカもするんですよ。でも、ずっと一緒にいます。それって家族ですよね」
 
 越前さんはうつむいて、涙を流し始める。
 
「ごめんなさい、また何か嫌なこと言いましたか」
 
首を横に振る越前さん。
 
「あ、抱きしめましょうか」(下心で言っているわけではなく、抱きしめるということが越前さんを元気にすると思って言っている)
「ふっ、またそんなこと」
「すいません」
「では、抱きしめません」
「……抱きしめてください」
「こうですよね」
「……はい」
「……あったかいですね」
「……はい」
「……ずっとこうしていたいです」
「……はい」
「でも――ダメなんですよね。私は、越前さんを困らせたくないです。越前さんに幸せになってもらいたいので」――そう言うと、はらちゃんは越前さんから離れる。そうして胸元からノートを取り出した。「えっ?」と戸惑う越前さんに二カッと笑いかけると、自分でノートを開いてしまった。
 
 これから、このドラマはどこに向かうのだろう。職場の同僚で、事情を知る矢口さん(薬師丸ひろ子。おそらく矢東薫子)に「ちゃんと考えてあげないとねえ。物語の終わりを」と言われていたが、「神様」は一体、どんな終わりを描くのだろう。
 
 全然話は変わるけれど、役者の名前より先に役名が思い浮かぶドラマは相当良いドラマだと思う。
 
 日が暮れたあと、池袋西武のデパ地下で総菜を購入し、保谷へと向かった。保谷から徒歩数分の場所に、ハウスマッカリと呼ばれる一軒家がある。名前の由来は知らないが、グーグルマップで検索するとちゃんと出てきたので驚いた。新年会で訪れて以来、約1ヵ月ぶりにハウスマッカリを訪れた。前回はこの建物がどういう場所なのかわからないまま酒を飲んで酔っ払っていたけれど、今日はちゃんと、ここがアーティスト・イン・児童館の事務所だったということを知っている。今日は、この建物の契約満了に伴って事務所を移転することを記念して、「ラストマッカリ」と題したパーティーが開かれているのだから。
 
 19時に到着してみると、まだ児童館の(?)こどもたちが課題をやっているところだ。その横で、少し罪悪感を覚えつつ1本目のビールのフタを開けた。この日は色々な人がきて、色々な話をした。長野の「いむらや」の話や、その「いむらや」のある権堂の趨勢について。僕が買ったばかりのレンズについて。それから、明日のトークイベントの話もしたはずだ。
 
 23時過ぎ。そろそろ帰ろうと思って、荷物を取りに2階へと上がった。皆の荷物はまとめて2階に置いてある。紙袋を手に取り、さて階段を降りようとしたところで足をすべらせた。酔っ払っていたのに、「うおお、とまらねえ」と冷静に思ったことははっきり覚えている。音を聞いて「どうしたの!?」と何人かがリビングから出てきて、保冷剤を出してくれた。しばらくソファに横になっていたあと、ゆらりと立ち上がり、ハウスマッカリをあとにした。
 
 ふらふらと保谷駅まで歩き、何とか西武池袋線に乗った。終電に近い上りの西武線は空いていて、余裕で座ることができた。すぐに眠ってしまい、ハッと目を覚まして電車を飛び降りてみると保谷駅だった。狐につままれたような気持ちで改札を出る。もう終電が出たあとだったので、僕はタクシーを拾って帰った。なかなかに痛い出費だ。