昨日はすっかりへろへろだった。明け方、具合が悪くて何度も眼が覚めた。自分のことで精一杯で忘れていたけれど、部屋に知人の姿はなかった。知人が帰ってきたのは8時過ぎになってからだ。OさんとUさんと飲んでいたらしく、こちらも飲み過ぎて具合が悪そうである。
 
 夕方になってアパートを出て、17時ぴったりに清澄白河「SNAC」に到着した。今日はここで「岡田利規と篠田千明がしゃべるアレ」というトークイベントがあるのだ。これは、岸田國士戯曲賞の最終候補作に選ばれた快快・北川陽子の「りんご」という戯曲について、岸田賞受賞作決定の翌日(16日)に、選考委員である岡田さんが「この戯曲はあまりにも、上演のドキュメントとしての要素しかなく、戯曲が持つより公的な要素、どこかの誰かが上演をする際の大きな条件の一つとなるという要素に乏しいテキストだと判断せざるを得なかったからです」とツイッターで記したことに端を発したイベントである。
 
 岡田さんのコメントに対して、20日になって篠田さんが反応した。「これは作家としては見過ごせないし、せっかく岡田さんが議論を呼ぶべく公開してる言葉を、後輩としてイマココでスルーしてなるものかという気持ちなのです」と。それを受けて、21日の朝に岡田さんが「しのださんおはよう! オープンな場で話をできる機会をぜひ設けましょう」と返し、その21日のうちにはトークイベントの開催が内定し、翌22日に発表され、今日、24日に開催に至ったのである。
 
 この流れを、知人づてにも感じ取りながら、僕はただただ「すごいなあ」と思っていた。噛みついて「話しましょうよ!」と申し込む篠田さんも、選考委員でありながらこれだけひょいっと応じる岡田さんも、場を提供する「SNAC」も。作品を作る人たちがこれだけフットワーク軽く動いていることに刺激を受けて、昨日の晩、篠田さんに「明日のトークね、ちゃんとドキュメントしたほうがいいですよ。というか、させてくださいよ。ちゃんと記録されるべきですよ」と話し、文字に起こす約束(お願い?)をして、記録要員としてやってきたのである。
 
 イベントは17時開場、18時開始ということになっていた。17時の時点ではまだ誰も来ていなかったけれど、ぼちぼちとお客さんがやってくる。途中、飲み物の買い出しに知人が出る際、「もふ、ここに立ってて」と受付を任された。受付に立つことにまったく慣れていない僕は、おずおずと立っていた。この日は予約制ではなく当日のみの受付なので、お客さんが来ると「ワンドリンク制です」と伝え、ドリンクを選んでもらい、アルコールなら500円、ソフトドリンクなら300円払ってもらう。とにかくこの作業をこなさなくてはと、あわあわと受付に立っていた。しばらく立った頃、ある男性が受付を素通りして中に入ろうとした。僕はあわあわとしたまま「あの、ワンドリンク制……」と後ろから声をかけた。男性が振り返った瞬間、あ、しまったと思ったがもう遅い。その男性が、まさに岡田さんだったのである。
 
 トークは3時間に及んだ。僕は記録用に写真を撮るつもりでいたけれど、岡田さんに「撮影も入る」という話が伝わっているのかもわからないし、「ワンドリンク」と声を掛けてしまったことに延々落ち込んでいたので、結局写真を撮ることはなかった。
 
 トークが終わると、例によって近くにある酒場で打ち上げとなった。僕が端のほうで飲んでいると、「橋本さん!」と、眼に血がにじんだ初老の男性が話しかけてきた。え、誰だろうとソワソワしていると、「向こうにいる彼が、この(僕を含めた)集まりが何なのかはキミに聞けばわかるはずだって言うから」と言う。男性が指差したほうをみると、坪内さんの授業で一緒だったT田さんがカウンターに座っていて、こちらに向かって申し訳なさそうに手を合わせていた。どうやらこの男性は落語家さんで、SNACにもときどきやってくるのだという。師匠は僕たちの席にビールを10本注文してくれて、最終的に岡田さんと握手していた。トークの写真は撮らなかったのに、このときだけ写真を撮った。
 
 23時過ぎにお開きとなって、皆で駅に向かって歩いた。歩いていると、九龍ジョーさんが「橋本君、もう一軒行こうよ」と誘ってくれた。すっかり眠くなっていたものの、こういう誘いを断るわけにはいかない。九龍さんは「橋本君は声が良いよね」と褒めてくれて、文章を書く人間が最初に褒められるのがそこだっていうのはちっとも喜ばしいことじゃないはずなのに、ちょっと喜んでいる自分が嫌だ。九龍さん、桜井さんと3人で思い出横丁の適当な店に入り、1時過ぎまで熱燗を飲んだ。