3月2日

 朝イチの飛行機に乗り、大分空港から原宿・vacantに直行。10時過ぎに会場に到着してみると、もう何人かは会場入りしていた。今日は「マームと誰かさん・よにんめ 穂村弘さん(歌人)とジプシー」の最終日で、写真撮影を頼まれていたのだ。

 11時過ぎ、藤田さんが「じゃ、始めましょうか」と口にした。え、青柳さんはまだスウェットだけどと思ったら、それが今回の衣装なのだった。作品を観ずに撮影をするのは初めて。いつもなら緊張しそうなところだけど、妙にリラックスして撮影できる。被写体である青柳さんが、スウェット姿でゴロゴロ転がったり、だらしなく寝ていたりするからかもしれない。

 撮影したあとで公演も観た。

「ここです、ここが私の親戚がやっているラーメン屋です!」

 青柳さんがそう語るシーンがある。スクリーンにはラーメン屋で働く店員さんが映し出される。青柳さんは手に指人形をはめながら、一人一人説明していく。皆、青柳さんの親戚なのだという。そのお店の写真を見て驚いた。それは江戸川橋にある「新雅」というお店で、僕が一時足繁く通っていた店だったのである。僕にとって“兄貴”と呼ぶべき存在の編集者がいるけれど(他に“オジキ”もいる)、「新雅」はその“兄貴”に教えてもらった店だ。コの字型のカウンターだけの小さなお店で、8人も座ると一杯になる昔ながらの中華料理店といった佇まいである。何度も足を運んだことのある店が、青柳さんの親戚がやっているお店だったとは。

 青柳さんは、家族で外食といえばいつもこのお店だったそうである。このラーメンを食べ過ぎて、ラーメンが嫌いになった時期もあるらしい。なんだか意外な感じがする――そう思った瞬間に、なぜ意外に感じてしまったのかと疑問を抱く。青柳さんと、自分が一時通っていた店が結びつかなかったのだろうか。それとも、僕は洋服のことに詳しくないけれど、ミナなんとかというところの服だとか、いつもおしゃれな服を着ている青柳さんとラーメンが結びつかなかったのだろうか。それとも、いつも舞台で演じている青柳さんと、実在する親戚というものが結びつかなかったのだろうか。青柳さんは朝日新聞の取材に「自分自身は何でもない」「入れ物みたいなもの」と語っていたけれど、いろんなキャラクターや台詞を作品ごとに入れては出しを繰り返している『器』のような存在であるところの青柳さんと、その生活、過去というものが結びつかなかったのだろうか。

「穂村さんは『青柳さんの孤独な少女像が崩れていく』と言ったけど、私としてはなんにも不思議じゃない、私の世界、なんですよ?」

 そう語りながら、青柳さんは指人形を突き出していた。