4月12日

「今日は6月に東京芸術劇場でやる公演のプレイベントってことで、稽古場で発表しようと思ってつくりました。稽古場に人を入れるタイプではないので、今ちょっと緊張してます。ただ、斎藤章子さんが帰ってきて、こうして発表できて嬉しいです」

 横浜は野毛にある、急な坂スタジオ。第三スタジオに入ると、真ん中に卓袱台が置かれ、それを取り囲むようにして椅子が並べられていた。そこには9人の役者が座っている。石井亮介、伊東茄那、荻原綾、尾野島慎太朗、川崎ゆり子、斎藤章子、中島広隆、成田亜佑美、召田実子。6月に芸劇で上演される「ΛΛΛ かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと----------」に出演するメンバーのほとんどが揃っている(来られなかった二人は、別の作品の稽古があり参加できなかったのだろう)。今日の「あっこのはなし」発表会は、無料の公演ということもあり、こんなに大勢出演するものだとは思っていなかったので、少し意外に感じた。稽古場での発表会だからか、役者は皆、稽古着姿だ。

 この作品では、マームとジプシーに出演する役者たちの現在の姿が俎上にのせられている。その中心にいるのは、“あっこ”こと斎藤章子さんだ。彼女は、じつこさんや石井さん、制作のはやしさんと一緒に、サボテン荘で共同生活を送っている。彼女もかつてマームの作品に出演していたけれど、ある時期からその姿を観ることはなくなっていた(会場の受付などではいつも見かけていたけれど)。マームとジプシーには、劇団員というべき存在はいない。出演者はその都度変わっていくのだけれども、あっこさんのように、ある時期から出演しなくなった人は何人かいる。

 今回の「あっこのはなし」では、サボテン荘を舞台にして、様々な会話が交わされる。皆が「穂村さんが」「大谷さんが」「飴屋さんが」「未映子さんが」「名久井さんが」と、いろんな人の名前を上げていくけれど、あっこは「え?」とその都度少し引っ掛かる。他の皆にとっては一緒に作品を作ったり、打ち上げで一緒に飲んだりしているけれど、あっこはその都度「え?」と引っ掛かる。彼女だけが、そこで交わされる会話からワンテンポ遅れていく。

 マームとジプシーの作品では、よく記憶というテーマが取り上げられる。記憶というものは、過ぎ去ってしまったものだ。そこには遠い昔に過ぎ去ってしまったものだけでなく、もっと近い過去のことも含まれる。

 6月に上演される「ΛΛΛ かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと----------」は、2011年に上演され、岸田國士戯曲賞を受賞した作品だ。それを3年振りに上演するにあたって、大きな過去だけではなく、そこからさらに過ぎ去っていった時間ということを考えるためにも、ここ3年間で舞台に登場しなくなっていた斎藤章子さんのことを――というよりも彼女を中心にして離れて行ってしまった人、自分が別れていったことについて、考えをめぐらせようとしているのだろうかと、そんなことを考えながら、僕は舞台を眺めていた。それにしても、当たり前のことかもしれないけれど、藤田さんは役者の一人一人のことをよく見ているなあと思う。全体としてではなく、一人一人を見ているのだな。僕もこの日記を書く上で見習わなければと思う。

 この発表会は、15時、17時半、20時からと3回行われた。僕は15時からの回と20時からの回を観た。少し早めに急な坂スタジオに戻ってみると、17時半の公演が終わったところだ。

「橋本さん、ビール飲みます?」と、ちょうど第三スタジオから出てきた藤田さんが声をかけてくれる。冷蔵庫のある場所まで行って戻ってきた藤田さんは金麦を手にしていて、「すみません、発泡酒でしたけど」と渡してくれた。1本は僕のぶんで、もう1本は藤田さん自身のぶんだ。

 夜の公演が始まるまで、僕も楽屋にいさせてもらった。僕も差し入れのご相伴に預かっていると、「橋本さん、本番中に何をメモってたんですか」と、はやしさんが不思議そうに言った。昼の回と夜の回とでメモを取っていたのは、たとえば、皆で鹿肉を食べるシーンだ。ホンマタカシさんが送ってくれた鹿肉を食べる会は、先月、サボテン荘で実際に開かれていたものだ。そこで皆がこんなやりとりをするシーンが登場する。

 「来月の、川上未映子さんのやつ、すっごいいろんなとこ行くよね?」
 「そうね、結構行くよね。石井君が運転手だよね」
 「大阪からナカジさんも合流するけど。できればナカジさんの実家にも寄りたいけど」
 「駄目だよ、うちはごちゃごちゃしてるから」
 「いつかアレだよね、皆の実家にも行ってみたいよね」
 「ゆりりんちが一番ヤバそうだよね」
 「まあ、そうかもね」
 「旅だね、旅。今年はどこに行くんだろう?」

 「まえのひ」全国ツアーにむけて出発する日は、もう2日後に迫っている。