1月4日

 朝4時半に起きる。眠い目をこすってシャワーを浴びて、実家を出発した。30分ほど鈍行に乗って広島駅に出る。今日のうちに東京に戻らなければならないが、年末にはもう新幹線の切符はグリーンも含めて売り切れていたので、広島駅が始発の新幹線に乗るべく、こんなに早起きをしてやってきたのだ。広島駅を最初に出る新幹線は6時ちょうどののぞみ108号だが、5時50分にホームに行ってみると既に自由席は満席で、デッキに立っている人も大勢いる。始発は諦めて、6時19分発ののぞみの列に並ぶことにした。こちらは広島を出る段階では乗車率が6割ほどだったが、福山、岡山と停車するうちに乗車率は100パーセントを超えていた。

 電車の中では、立川談志の『名跡問答』を読んでいた。部屋にあった『en-taxi』のバックナンバーを再読して(『en-taxi』、読み返してみるとあらためて面白い雑誌だ。今年はじっくり再読してみるかと、まずは初期のものと、単行本化されたこの『名跡問答』を持ち帰った)、最初に載っている桂文楽の落語を聞いた。演目は「よかちょろ」にした。聞いていると、しんとした気持ちになる。きっと名人なのだろうから僕が何か語るまでもないけれど、落語を語る人を聴いているというよりも、落語の世界の人そのものに触れているような感覚になる。どこかの座敷で火鉢にでも当たりながら聴いたらどんな気持ちになるだろう。いずれにしても、もう存在しない世界だ。

 新幹線を降りると、すぐに高田馬場のアパートに向かった。荷物だけ置いて、浜松町に行くと、 北口にあゆみさんと実子さん、それに藤田さんがいる。熊木さんは先に水上バスのりばに行ってくれたようだ。今日はこれから、ルイーサとその友人ビアンカと一緒に、東京観光をするのだ。ルイーサは、去年のツアーでも今年のツアーでもお世話になった人である。水上バスで浅草に出て、まずはふたりに着物を着てもらい、「翁そば」でお昼ごはんを済ませ、浅草寺から仲見世通りを歩く。僕は人気の少ない浅草しか見たことがなかったけれど(唯一の例外は花火大会の日)、もう4日だというのにすごい人出だ。

 印象的だったのは、よれよれのオッチャンに何度も声を掛けられたこと。「あれえ? 何でガイジンさんが着物きてるのォ? しかし美人だねえ」と何度も話しかけられたのである。普段、浅草をぶらついていても、オッチャンに話しかけられたことはない。酒場ならともかく、路上で話しかけられたのはこれが初めてだ。外国人の女性が着物姿で歩いているからというのもあるとは思うが、オッチャンたちも新春の人出に当てられて、いつもよりフランクになっているのだろう。皆、話しかける相手を探すようにして歩いていた。

 浅草寺ではおみくじを引いた。僕も、ルイーサも、ビアンカも凶だった。僕のおみくじには、願望は叶いにくく、病気はかかると危うく、失くしものは戻らず、待ち人は現れず、引っ越しも旅行も悪く、結婚も悪いとあった。今年は散々な一年になりそうな気がする。

 浅草をあとにして、江戸川橋に移動する。ルイーサとビアンカが観劇しているあいだ、今日撮った写真をプリントすることになった。僕はこの日写真を撮るのを忘れていたので、皆がこれがいい、いやそっちのが、と話している姿を後ろから眺めていた。眺めているうちに、この人たちのことが好きだなあとしみじみ思って、後ろから肩を抱いたり頭を撫でたりーーしそうになっている自分に気づき、ハッと我に返る。今日は昼からほろ酔い気分になってしまっている。

 夜は池袋に出て、昨年の海外ツアーに携わっていたメンバーがほぼ揃って飲み会になった。その帰り道、橋本さん酔っ払ってるなーと指摘されて、なぜだか寂しい気持ちになった。実際酔っ払っていたというのに、どうして寂しく思ったのか、自分でもよくわからない。うたを歌いながら、明治通りを歩いて帰った。