朝11時、八王子へ。今日はHちゃんのお父さんのお墓参りに誘われていたのだ。僕が同行するのも――そう思わないでもなかったけれど、カメラをプレゼントしたこともあるし、手を合わせておこうと思った。「娘さんの写真、素晴らしいですよ」と心の中で念じようと思った。待ち合わせ時間は11時だったけれど、僕を誘ってくれたFさんが寝坊したとのことで、駅構内にある喫茶店に入り、パソコンを広げて原稿を書く。『テレビブロス』に掲載されるレビューだ。待っているあいだに、原稿を書き終えることができてホッとした気持ちになる。レビューの締め切りは今日だった。

 申し訳なさそうにやってきたFさん、Hちゃん、それに僕の3人で電車を乗り継ぎ、某駅に出る。そこからバスでしばらく行った場所にお墓はあるという。バスを待つあいだ、Hちゃんの話をふたりで聞く。Hちゃんの中にはいろんな感情が沸き起こっているんだなあと思う。人は、年を重ねるごとに、その一つ一つを一つ一つの粒として見なくなったりする。でも、その粒として粒として見続けることが大事なのだろうし、その点ではHちゃんはなんの心配もいらないだろうなと思う。

 一緒にお墓参りをしたかったけれど、バスを待っているうちにリミットの時間がやってきてしまった。まあでも、来ようと思えばまた来ることはできるだろう。二人と別れて、新宿に引き返す。夕方、新宿にあるホテルにて『e』誌の取材。えっ、と驚く話を伺う。

 取材が終わると日が暮れていた。Nさんと編集者のTさんと3人で、へぎそばの店に入る。カウンターの席に座ると、目の前にはおいしそうな新潟のお酒の瓶が並んでいる。NさんとTさんはそば茶ハイを飲んでいるので、それより高くないように選んで日本酒を注文する。飲み始めたところで、Tさんが構成のスケジュールについて話をした。「いつも困った時のはっちゃん頼みで――そんな言い方も失礼な話ですけど――急なお願いになってすみませんが、よろしくお願いします」とTさんが言う。いえいえ、大丈夫ですと答えて飲んでいると、30分ほど経ったあたりでNさんが口を開いた。

「さっきの『困ったときのはっちゃん頼み』って、訂正してたから本心で思ってるんじゃねえだろうけど、あれは失礼な話だよ。ただ、はっちゃんも、編集者に知り合いはいっぱいいるんだから、もうちょっと商売っ気だしてもいいんじゃねえか」。Nさんの言葉に、Tさんもこう続ける。「ホンマさんも言ってたよ。はっちゃんはもうちょっと仕事につなげればいいのにって」。

 その言葉を聞いて、ぐるぐる考える。Tさんがトイレに立ったタイミングで、Nさんに訊ねてみる。Nさんは30代後半になるまで今の仕事をされてませんでしたけど、焦りみたいなものはまったくなかったんですか、と。「いや、まったくなかった」とNさんは言う。ただ――とNさんは続ける。取材じゃ「××××の歿後弟子として書いた」と言ってはいるけれど、それは表向きの理由であって、歿後弟子を自認してるだけじゃただの頭のおかしいやつだと思われるから、なんとかしないとってことは考えていた、と。「でも、はっちゃんは心配しなくても大丈夫だよ。絶対何者かになれるから」とNさんは言ってくれる。いつもそんなことを言ってもらっていることが、ありがたくもあり、申し訳なくもある。Nさんと仕事をするようになってからもう数年が経つが、ずっとそんなふうに言ってもらっている。