朝6時に起きる。スーツケースを引いて下落合まで歩き、7時過ぎの高速バスに乗車する。車内アナウンスで「渋滞が発生しているため、到着の遅れが見込まれます」とアナウンスしている。そういえば今日は三連休だったのかと今更気づく。途中で停車したサービスエリアは家族連れで一杯だ。あまり遅れるようだと上演時間に間に合わないんじゃないかと心配していたけれど、バスは20分遅れで新潟駅に到着した。

 駅でタクシーを拾って、まずはホテルに荷物を預けに向かった。駅前では「アベ政治を許さない」と書かれた紙を手にした人たちを20人ほど見かけた。万代橋でも見かけた。どちらのグループも、特に声をあげるでもなく、ただその紙を手に集まっていた。

 ホテルに荷物を預けると、そのまま昼食を食べに行く。新潟県庁近くにある「竃」という店。春にリーディングツアーで訪れたときに連れてきてもらった店だけれども、明日・明後日は定休日なので今日のうちに食べておきたかった。サーモンの麹漬け焼き定食に、日本酒の麒麟山を注文する。季節限定の「吟醸生酒」があるというので、それをいただくことにした。酒も、サーモンも非常にうまいけれど、何といってもごはんがうまい。この店は、わざわざ湧き水を汲んできて炊いているのだそうだ。ごはんをツマミに酒が飲める。

 信濃川沿いを歩き、りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館)へと向かう。14時20分に到着してみると、長蛇の列ができている。自由席だから、良い席で観ようと早めに並んでいるのだろう。驚いたのは世代の幅広さ。東京公演にだっていろんな世代のお客さんがいたけども、ここのほうが年配の方を多く見かける。ほどなくして開場してみると、相当広いホールでまた驚いた。開演するまでのあいだ、ロビーで販売していたビールを飲んで過ごす。この日は結局、500人近い客入りだったそうだ。

 15時、1度限りの新潟公演が始まる。プロローグからして雰囲気が違っている。照明も違っている(東京公演の照明家がトミーさんだったのに対して、新潟からは南さんが照明家なのだと、あとで知った)。何より驚いたのは音の強さだ。台詞の語気が強まっているように感じるのは、最初のうちは会場が広くなったからかと思っていたけれど、どうもそれだけではないように感じられる。東京公演のときにも、何かが炸裂するような、雷が鳴るような音は使われていた。でも、それはもっと遠くに聴こえていた。その音が、ずっと近づいている。

 劇を観ながら、台風のことを思い出していた。この1週間は、この新潟滞在の時期に台風がぶつかるのではないかと少し心配していた。ただ、一昨日上陸した台風11号は、今日の未明に日本海に抜けて熱帯低気圧に変わったのだと報じられたし、実際もう雨は降っていなかった。台風は去ってったあとのはずなのに、劇場の中に響く音を耳にしていると、嵐がすぐそこにあるようだ。僕が座った位置もあるだろうが、鼓膜がしびれるほどだ。あまりにも東京公演と印章が違っていて、驚く。

 終演後はアフタートークが行われた。二年前の初演と、今回のリ-クリエイションとの違いに話が及ぶと、芸術の役割は政治とは違うと前置きした上で、Fさんはこんな話をした。東京公演からここにくるまでのあいだに、当たり前に耳に入ってくることがあるし、日本の状況も当たり前のように変わってきている。それは、この一週間でさえ違ってきているわけだから、二年前と同じ演出でやるつもりはなかった、と。その話を聞くと、やはり今日の舞台には怒りや憤りと言うほかない空気を孕んでいたように感じる。その張り詰めた空気が良いのかどうかは僕には判断がつかない。とにかく、観ているあいだじゅう身体は強張っていた。

 終演後、どこで飲もうかとふらふらしているとFさんから電話があった。キャストの大半は今日の新幹線で帰ってしまうけど、終電までのあいだに軽く乾杯するからと誘ってもらって、「フーデリック」という店に向かい、乾杯。皆、あちこちにテーピングを施していた。H.Iさんが「今って、ここって」という台詞が東京公演より増えてる気がしたと言った。僕もそんな印象を受けたけれど、その台詞の数は――いやその台詞に限らず――東京公演と変わっていないとFさんは言った。

 終電組のキャストを見送ると、「五郎」という居酒屋に移動し、五郎酒で乾杯した。スタッフはホテルを取ってあるけれど、残ったキャスト数人にはホテルがないので、徹夜で飲むつもりだという。本番を終えたばかりだというのに、タフだ。僕は途中で眠くなって帰ってしまった。