8時過ぎに起きて、シャワーを浴びる。モーニングを食べるべく、チェックアウトする前に喫茶店へ出かけた。ホテルからほど近い場所に、古町界隈では最古の喫茶店があると聞いてやってきたのだけれども、看板が見当たらない。知人に店名を伝えると、「もう閉店したって書いてあるけど」と言う。残念だ。ただ、古町通りには喫茶店が多くある(アーケード街に並ぶ店の2階が喫茶店という建物が多くある)ので、「古町ロマン亭」という店に入り、ピザトーストを二人で分けて食べた。

 10時、ホテルをチェックアウトして、レンタサイクルで出かける。目指すは新潟の海だ。春にリーディングツアーで訪れたときにも、新潟の海を見た。そのとき出かけた海沿いの公園を――西海岸公園を再訪するべく、自転車をこぐ。地図を見ずにいい加減に走っていると、「そろそろ海だろう」というあたりで急な坂になった。立ちこぎでも乗り切れず、押して歩く。あたりの建物には、地名だろうか、「異人池」という文字が見える。新潟はずっと平らな町だと思っていたけれど、こうして高台になった場所もあったのか。「異人池」という文字を見ても、古くて立派なお屋敷が残る町並みをみても、このあたりは山手なのだろう。

 坂を抜けて走ると、海が見えてきた。このあたりが西海岸公園で、海の手前には林が広がっている。ふと、林の入り口に看板が設置されているのが目に留まった。自転車を停めて確認すると、看板にはこう記されていた。

情報提供のお願い!

 昭和52年11月15日、この付近で、当時中学生であった横田めぐみさんが、北朝鮮に拉致される事件が発生しました。
 警察では、この事件解決のため、捜査を進めております。
 どんなことでも結構ですので、お心当たりのある方は、情報をお寄せ下さい。
 市民の皆様のご協力を宜しくお願いします。

 前回この海を訪れたときは、少し違うルートを通ったので、この看板を目にするのは初めてだった。もちろん横田めぐみさんが新潟で拉致されたということは知っていたけれど、そうか、この海だったのか――。ぼんやり考えながら再び自転車をこいでいると、海沿いの道に交通規制が敷かれていた。自転車の通行はできるようだけれども、車は通行止になっている。その道を進んでいくと、車が何台も駐車されている。

 「あれ、もしかして」
 「何?」
 「海水浴客かも?」

 砂浜が見えてきた。わらわらと人の姿が見えた。浜にはジェットスキーを走らせる人の姿も見える。西海岸公園は、夏の海を楽しむ人で一杯だ。そんな風景が広がっているなんて、想像もしていなかった。ひと気のない、静かな日本海を眺めて佇む――それくらいのことしか考えていなかった。ビーチサンダルも持ってきていたのに、この日は靴を履いてきてしまったぐらいだ。一体なぜ、こうした風景を想像していなかったのだろう。新潟という場所と海水浴が、僕の中で繋がっていなかったのだろうか。でも、新潟にだって夏は訪れるし、海水浴のシーズンだって当たり前にあるのだ。

 「そういえば、今日は海の日か」
 「そうだよ。あ」
 「何?」
 「それ、トータルコーディネートしてたの?」
 「どういうこと?」
 「海の日だから、波の柄のTシャツ着てきたんでしょ」

 言われてみれば、僕は波模様のシャツを着ていた(もちろん、海の日を意識して選んだわけではないけれど)。自転車を駐輪して砂浜に出る。ぎゅうぎゅうに混雑しているわけでも、閑散として寂しいというわけでもなく、ちょうどよい賑わいだ。テントを出している人が多くいる。バーベキューをしている人たちも何組かいる。沖にはクレーンのついた船が浮かんでいて堤防を建設中だ。工業的な風景を前に海水浴というのはなんだか面白い。知人は「わあ、海だ!」と言いながらジャンプした。あとで僕が撮影した写真を見ると、「もっと高く飛んでるつもりだったのに」と知人は悲しそうな顔をした。

 ビールを2杯飲んで、枝豆とソーセージの盛り合わせを食べたところで海の家を出た。東堀まで引き返して、日本料理の店「あららぎ」をのぞいてみる。新潟を訪れるときはほぼ毎回訪れている、南蛮エビ丼を食わせてくれる店だ。丼と言っても茶碗程度のサイズで、それで4千円もするのだけれど、それだけ払ってでも食べたいと思える味だ。死ぬ前に食いたいものの候補は3つあって、その一つはこの南蛮エビ丼である。この店は空間も好みだ。数日前に「もう予約は一杯」と断られていたけれど、どうしても知人に食べさせたくて、のぞくだけのぞいてみる。結局「今日は貸切です」と断られて、食べることは叶わなかった。

 南蛮エビ丼は諦めて、「青島」というラーメン屋に入り、青島ラーメンを食す。シンプルでうまい醤油ラーメンだ。僕はチャーシュー麺を選んだが、チャーシューが甘ったるくなくて好みだ。食事を終えて時計を確認すると13時45分、出航時刻まであと10分を切っている。慌てて店を出て自転車をこいで「みなとぴあ」へと向かう。知人は途中でアイフォンを落としてしまったりもしたけれど、なんとかギリギリ間に合い、信濃川ウォーターシャトルに乗船する。昨日みなとぴあを訪れた際、そこから水上バスが出ていることを知って、知人が「乗りたい」と言っていたのだ。

 三連休とはいえ、水上バスはかなり空いていた。デッキ席に座り、船の売店で販売されていた生ビールで乾杯する。船上から見ると、信濃川は茶色く濁っていたけれど、それでも悠然と流れる川をのぼりながらビールを飲むのは気分が良かった。万代橋をくぐり進んでいくと、りゅーとぴあが見えてくる。「昨日はあそこにいたねえ」と知人と話しているうちに、水上バスは県庁前に到着した。

 炎天下でタクシーを待ち、みなとぴあまで引き返す。水上バスは一日数便しか出ていないが、レンタサイクルを引き取りにいく必要があるのだ。再び自転車に乗り、昨日のお昼にも訪れたピア万代へ。今晩から帰省する知人は実家への土産物を、僕は自分が飲むための日本酒を購入した。汗だくになって自転車をこぎながら万代橋を渡っていると、「なんか、こんなに全力で遊んだのは久々な気がする」と知人は言った。

 自転車を返却して、古町通りの角に出ていた露店でアイスクリンを買って食す。16時過ぎ、タクシーで新潟駅に出て、駅弁とビールを買って新幹線に乗車した。19時過ぎ、目白駅に到着してみると、どういうわけだか磯の香りがする。気のせいかと思ったけれど、知人も「匂いがする」と言う。「今日はしばらく海辺に佇んでいたから、鼻に匂いが残ってるんじゃないか」なんて話していたけれど、その匂いは東京各地で観測されていたのだと後で知った。

 里帰りする知人と別れて、僕は下北沢に出かけた。昨日の「情熱大陸」のおかげで早速本が売れているらしく、追加の注文をもらったのだ。納品を済ませると、先日M.Nさんに連れて行ってもらったバーを訪ねた。そのときも、その前に連れて行ってもらったときにもご馳走になってしまったので、いつか自腹で飲みに来なければと思っていた。店に入ると、前回と同じくウォッカソーダを飲んだ。このバーで飲むまで、ウォッカソーダをうまいと思ったことがなかったけれど、この店のはすごくおいしい。夏らしい味がする。そう思いながら3杯飲んだ。