今日は滞在制作期間の中で唯一の休日だ。この日を利用して、フィレンツェまで衣装の買い出しに出かけることになった。この日目にしたもの。赤土色をしたトスカーナの風景。車窓を眺め、「朝なのに夕方みたいな空だ」とつぶやく川崎ゆり子。雲に遮られて月みたいに見える太陽。自転車こいでホームを移動する人。席が空いてもドアの前に立ち、風景を写真に撮り続ける召田実子。スーツケースを引き、乗り換えを調べる人でごった返したフィレンツェサンタ・マリア・ノヴェッラ駅。駅の構内にある礼拝所には祈りを捧げる人の姿。ホームで出迎えてくれたアンドレアとジャコモとサラ。駅を出たところにある売店で買った1本目のビールは2.5ユーロだ。

 アンドレアは良い衣装が買えそうな店をリストアップしてくれていた。ドゥオーモが見える場所まで階段を駆けあがる川崎ゆり子とジャコモ。フィレンツェの中華なのに京都大酒楼。ピザの入った箱を運ぶスキンヘッドの男性。メールに夢中のシスター。プラカップを手にうずくまる物乞いの男性。ブランデーを垂らしたエスプレッソ、名前はコレット。ショートカットのつもりで入ったオモチャ屋さんをまじまじ物色する皆。ずらりと並んだ木馬はひとつひとつ揺れ方が違っている。「うつむいててやさぐれてるところも含めて橋本さんに似てる」と言われて購入したシロクマ。1軒目のコスチューム・ショップはクラシカル。ドゥオーモにできた長蛇の列。人、人、人。アンドレアが「はぐれないようコンパクトに歩こう」と注意している。


 空には少し晴れ間がのぞき始めている。いつ訪れても見かける、アルファベットのオモチャを売る露天商。皆の後ろ姿を眺めて「幸せ過ぎて……明日からどうしよう」とつぶやく荻原綾。店頭に佇み香水をテスターに振る女性。協会の前の階段に座り込んでパニーニを食べる人。ファブリカ・ヨーロッパのオフィスの棚に差してある、「MUM&GYSPY」と書かれたファイル。散歩に行きたいのか、ガレージからよろよろ歩き出してくるキッカという犬。キッカはもう15歳で、食べ物も水も何も口にできなくなってしまって、もう長くはないのだと教えてくれた飼い主のマダム。アンジェルマン症候群を患った子供への募金を募る貼り紙。2軒目のユニフォーム・ショップでコック帽を試着するカミッラ、イタリアの皆も「かわいい」と日本語だ。

 アンドレアがおすすめするサンドウィッチ屋さんは、店内にあるほぼすべてのものが購入可能だ。75ユーロと書かれた札のついたゴミ箱。皆が頼んだビールの数は6。ふと誰かを見据えるとき、その人の向こう側まで見据えているように見える、成田亜佑美の黒目。皆がお昼ごはんを食べているあいだ、パソコンを広げて作品のテキストに手を加えている藤田貴大。可愛らしい服が並んだ古着屋。アルマーニ・ジュニアの中に見えた、ふかふかの上着。ショーウィンドウに並べられた羽根つきの万年筆。銀行の行列。競馬が映し出されたモニターを凝視する老人。2年前に公演を行ったスタツィオーネ・レオポルダの近くにある3軒目のコスチューム・ショップ。小さなスーパーマーケット、道の真ん中にある門、コインランドリー、皆で出かけたレストラン、すべてが懐かしくある。

 まだまだ衣装探しは続く。川を越えてゆく皆とは別れて、僕は川沿いを行く。歩いているとベッキオ橋のほとりにバーが見えた。オープンテラスのほぼすべてのテーブルにはモヒートが並んでいる。僕もモヒートを注文する。ケルンで夏は終わったと思っていたのに、こうしてモヒートを飲んでいると、まだ夏にいるような気がしてくる。ぼんやりベッキオ橋を眺めていると、自分は今どこにいるのか、わからなくなる。ベッキオ橋で記念撮影をする人の波は途切れない。自撮り棒を売る黒人はもう売る気をなくしたのか、さっきからずっとアイフォンで音楽を聴いている。バルコニーには鳩がいて、行き交う人を見下ろしながら首を降っている。芦毛の馬がかっぽかっぽと音を立てて車を引いている。

 ベッキオ橋を歩く。金色に輝くアクセサリーが並んだショーウィンドウに見入る観光客。スライムを売っている露天商、ここでスライムを買う客は少ないだろうに。アスファルトに裸婦像を描く男性。歩いているとメリーゴーランドを見かけた。そのメリーゴーランドは、最初にフィレンツェを訪れたときにも見たおぼえがある。あのときは皆と一緒だった。あのときはメリーゴーランドに小さい子供がたくさん乗っていて、皆はちびっこたちに手を振っていた。でも、今日のメリーゴーランドは無人のまままわっている。

 どこか見覚えのある場所に行きたくなった。駅からそう遠くないところに、皆と行ったレストランがあるのを思い出した。記憶を頼りに歩きまわり、なんとかたどり着くことができたその店には、2年前と変わらぬスタッフが働いていた。でも、2年前に比べると、少し年老いて見える。僕もきっと2年前とは違っている。トリュフのパスタを食べ終えたあとで、一緒に写真を撮ってもらってからポンテデーラに引き返した。電車の中で写真を確認すると、びっくりするぐらいぎこちない笑顔の自分がいた。


これが2013年で、


これが2015年。