朝8時に起きて、トーストを焼く。いつもはネオソフト(3枚入り)なのだが、昨日ネオソフトゴールドというのを見かけたのでそちらを選んだ。焼いているうちから甘い匂いが漂ってくる。一口食べてみるともちもちだ。朝から一人ではしゃいでいたのだが、知人は「工業品をありがたがる」と冷ややかだ。楽しくなったので昨日買っていた筑前煮も食べてしまった。昼はマルちゃん正麺を食べて、『S!』誌のテープ起こし。

 19時、六本木に出る。「音楽実験室 新世界」の前まで行ってみると行列ができている。今日は「官能教育 第9回 三浦直之×山本直樹『この町にはあまり行くところがない』」が上演されるのだ。会場の近くでMMさんに偶然出くわしたので、並んで座る。ドリンクチケットはビールに交換して、開演前に飲み干し、赤ワインを2杯購入して席に戻る。おそらく上演時間は1時間ほどだろうから、2杯は必要なのだ。ただ、グラスを2杯持って開演を待っている人は他におらず、少し恥ずかしくなって「なんかアル中みたいですかね」と言うと、「でも……いつものことじゃないっすか」と至極真っ当な答えがMMさんから返ってくる。そんなことを言わせて申し訳なかった。

 さて、「官能教育」である。今回の出演者は大場みなみと飴屋法水の両氏だ(とアナウンスされていたのだが三浦直之も出演していた)。開演前にMMさんから「大場みなみさん、観たことあります?」と聞かれて、ありませんと答えていたのだが、出てきた瞬間に「あ」と気づく。ロロ校シリーズのvol.1でとても印象的だった女優だ(人の名前、特に役者の名前をおぼえる能力が低いのだが、カーテンコールでキャスト紹介があるわけでもないのに皆どうやって覚えているのだろう)。あるシーンで、とても余白のある表情をしていて引き込まれた。

 この「官能教育」というシリーズ企画には「官能をめぐるリーディング」と副題がついているが、直接的な意味でエロさは感じなかった。トレンチコートからにょきっと突き出た太ももとふくらはぎは官能的と言えば官能的であるのだが、「おお、足だ!」と興奮するというよりかは、「おお、足だ……」とどこか冷静な気持ちになる。これは正確に引けないのでぼんやり書くが、僕が最初に取材した作家が「人間のセックスというのは醜いですよ」と語っていたことを思い出す。

 ただそこに女の足があるというあられもなさ。そのあられもなさを出発点にしたものが文学における官能――なのか? このあたりのことはまだ全然考えが深まっていないので保留しておく。これはいつも感じることだけれども、その作品に携わっている人たちに比べて、自分は全然考えが足りていないという感覚がある。今回は特にそう感じる。この作品について感想――僕が書けるのは感想だ――を書けるほど、考えることができていない。

 この日記を書いている今、高速道路を走っている。遠くに青くてきれいな山が見える。グーグルマップで調べてみると蔵王であるらしかった。風景をぼんやり眺めていると「ちょっと」という看板が見えた。ラブホテルだ。ムードもへったくれもない名前だ。「まあ、ちょっと行こうか」なんてニヤつきながら入っていくのだろうか。民家がぽつぽつ点在する風景の中に、ごろんと置かれたラブホテル。

それにしても、三浦直之という演劇作家がこの作品を選んだのはなぜだろう。山本直樹の数ある作品の中から、「この町にはあまり行くところがない」という作品を選んだのはなぜだろう。そのタイトルからは、都市よりも田舎が思い浮かぶ。自分がもし上京せずに田舎町に暮らし続けていれば、性に対する意識は違っていたのだろうか。僕は風俗に行ったことがない。取材のためにストリップに一度行ったことがあるくらいで、キャバクラのような場所にも行ったことがない。もし自分がずっと田舎町にいれば、行き場のなさと閉塞感からもっと欲に溺れる人間になっていたのだろうか。

 ところで、この新世界という店は、今年の春で閉店することが決まっている。かつて「自由劇場」だった場所――だということはつい最近まで知らなかったが――で、その空間で「音楽実験室 新世界」がオープンしたのは2010年10月のことだという。ここで演劇の公演やイベントがあるたびに訪れていた。お酒を飲みながら観られるというのも嬉しく、また空間自体も不思議なお構造で面白かった。少し名残惜しいので、お酒を追加して少しだけ長居をした。「官能教育」シリーズが上演されるときはいつもオリジナルカクテルが提供されていて、今日は白ワインにカシスを入れたカクテルだった。

 それを飲み干したところで階段を上がっていると、ある人に呼び止められる。「あの、日記、ありがとうございました」と言われて、キョトンとしてしまった。僕はその人のことを知っているけれど、その人ば僕のことを認識しているわけがないだろうと思っていたからだ。まして日記を読んでいるとは思っていなかった。それは、ある公演を観た日の日記だったのだが、「あの、橋本さんのイタリア再訪日記とかも読んでいて、だからあの日記は嬉しかったです」と言ってもらえて、こちらが嬉しくなってくる。コンビニでアサヒスーパードライを買って、上機嫌で大江戸線に乗り込んだ。