7時半に起きて、ベーグルを軽く焼いて食す。いつものネオソフト(3枚入り)を買うと、3枚食べる前に賞味期限が切れそうだったので、ベーグルを買ってきたのだ。10時、スターバックスでタンブラーにコーヒーを入れてもらって、代々木へ。10時半発の高速バスに乗車する。出発時刻を過ぎてもすぐには出発せず、「まだ2名ほどお越しでないお客様がおりますので」と運転手からアナウンスがある。息を切らしてやってきた若いカップルが乗り込むと、今度は「只今チケットを発見中のお客様がおられますので」と再びアナウンスがあった。

 まだ息を切らしているカップルの女が「もう出発しちゃえばいいのに」と言っているのが聞こえてきて、憂鬱な気持ちになる。カップルの男はずっと咳き込んでいる。マスクもしておらず、口元を手で覆うこともなく咳をし続けている。10年前は誰かが咳き込んでいてもさほど気に留めていなかった気がするけれど、いつのまにこんなに神経質になってしまったのだろう。小さい頃は、マスクといえば給食当番のときに使うくらいだったが、最近は毎日のようにマスクをつけている。風邪やインフルエンザ対策ではあるのだが、サラリーマンをやっているわけでもなく、風邪を引いたところでさほど困ることはない。一体何を守ろうとしているのだろう。

 バスの行き先は仙台だ。先週末の陽気に、「もうすぐ春が来るんだ」と嬉しくなったのだが、それと同時に「もう冬が終わってしまうのか」と感じていた。まだ冬を、冬の幸を堪能していない気がする。予定表を確認すると、2月の後半は毎日のように演劇やライブを観る予定を入れているのに、今日一日だけからっぽだ。せっかくだから冬が終わる前に北に向かおう――そう思い立って、仙台を訪れることにしたのである。

 16時半、仙台駅東口に到着するとまず「北辰鮨」に向かった。タイミングがよかったのか、すぐに入ることができた(僕が入ったすぐあとに行列ができ始めていた)。久しぶりに「北辰鮨」でお寿司が食べたいということも、仙台行きを決めた理由の一つだ。四季の松島(日本酒)を注文して、かわはぎの肝のせ、たら白子、寒ブリ、きんきの炙りと食べてゆく。やっぱりうまいなあ。肝のせであるとか、炙りであるとか、他では見かけないメニューが豊富だ。最後にぼたん海老を注文する。これが大好物。本当なら何貫か食べたいところだが、明るいうちから満腹になるわけにも行かないので、今日は5貫食べたところでお会計をしてもらった。

 ホテルにチェックインしたのち、再び仙台駅へ。ちょうど駅に近づいたところで電話がかかってくる。Uさんからだ。「北に向かおう」と思い立った時、頭に浮かんだ街は3つある。仙台、金沢、新潟だ。この3つの街は、死ぬ前に食べたいメニューがある街でもある(仙台「北辰鮨」のぼたん海老、金沢・近江町市場「いきいき亭」ののどぐろ、新潟「あららぎ」の甘エビ丼)。ただ、仙台と新潟は高速バスの昼行便が何本か出ていてアクセスしやすいが、金沢はそれよりちょっと遠い街だ。新潟は去年だけで3度訪れているが、仙台と金沢は何度はしばらく訪れていない――いくつかの理由で仙台行きを決めたのだが、最大の決め手は友人が住んでいるということだ。

 一昨日オンエアされた『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(第5話)に、こんなやりとりがある。久しぶりに地元に帰った曽田練(高良健吾)は、一人で暮らす祖父と再会し囲炉裏を囲んでいる。「俺のことなど、心配すっことねえ」「東京が嫌になったか」と語りかける祖父に、練は首を振って否定する。そして語りだす。

「俺、東京でいろんな人に会ったよ。会津さ住んでたら、会わねかった人にもいっぺえ会った」

「そうか」

「うん。東京の人にも、俺のこと知ってもらえた。その人たちはたぶん、会津って言ったら俺のこと思い出してくれっと思うんだ。会津――ああ、練の街か。そう思ってもらえる。俺はそれが嬉しいんだ。東京のあの人、会津のあの人、行ったことねえとこに知ってる人がいる。住んでる人のことを考える。今東京で何かあったら、俺は友達の心配をする。皆そうやって人に会って、人のことを思って生きてる。そういうのが嬉しんだ」

 久しぶりにUさんと会って、酒場へと歩く。寒くて背を曲げながら歩いていると、「やっぱり、服1枚は体感で違うよね」とUさんは笑う。たしかにその通りだけれども、Uさんはさほど厚着でもなさそうなのにしゃっきり歩いている。案内してもらったのは、駅からほど近い場所にある立ち飲み屋だ。扉を開けると、18時だというのにほぼ満席だ。なんとかスペースを作ってもらって、Uさんは瓶ビールを、僕はホッピーを注文して乾杯。ホッピーはセットでなんと400円だ。仙台にもこういう店があったのかと嬉しくなる。

 少し近況を話しているうちに、「仙台には何か用事があったんですか?」と訊ねられる。でも、今回はライブも展覧会も観る予定はなく、ただ思い立って飲みに来たのだ。ここ数年、ふらりと酒に誘う相手は大抵Uさんだった。当日になって連絡することもあれば、Uさんが働く店をのぞいて「もし予定がなかったら、このあとどうですか」と誘うこともあった。Uさんが仙台に移ってからはご無沙汰してしまっていたけれど、こうして会いに来ればいいのだと気づいた。あまり頻繁に訪ねられても困るだろうけども。

 2軒ほどハシゴして、すっかり酔っ払った。Uさんに先導されて、夜の街を歩いていく。最後に連れて行ってくれたのは、僕が泊まっているホテルからほど近い場所にある肉まんの店だ。店頭に蒸籠が並んでいて湯気がモクモクしている。Uさんが買ってくれた肉まんにかぶりつく。フカフカだ。寒い道を歩いたあとで食べると、羽毛布団に埋もれたような気持ちになって、あやうく街頭で眠ってしまいそうになってくる。翌朝になって思い返しても、そのフワフワの感触がハッキリ残っていた。