朝7時に起きて、羽田空港へ。11時55分に阿蘇くまもと空港に到着してみると、キープ・アウトのテープが見える。ヒビの入った柱にはテープで補強がされており、1階のトイレは仮設だ。熊本市内へと向かうバスに乗っていても、ブルーシートが目に入る。他の乗客が一斉に窓の外を見ているので顔を上げると、墓石がごろごろ倒れているのが見えた。グーグルマップで確認すると、そのあたりが益城町なのだった。

 まずは「早川倉庫」を目指す。2年前に『まえのひ』という作品が上演された会場で、築140年の倉庫だ。アポもなしに突然訪れてしまったが、早川さんが中を案内してくださった。細かな被害はあったものの、大きな被害はなかったそうだ。これだけ古い建物であるのに、その堅牢さに驚かされる。悲観的に考えるのではなく、前向きに考えたい――そう語る早川さんが印象的だった。

 そこからチンチン電車で移動して、「Re;li」という洋服屋さんを目指す。去年11月に早川倉庫で開催された「仕立て屋のサーカス」は、この「Re;li」の4周年も兼ねた公演だった(その公演があるときにも僕は熊本を訪れた)。久しぶりで「Re;li」を訪ねてみると、お店には目立った被害はなく、以前と変わらず営業している。せっかくだから何か買いたいところだが、メンズの取り扱いがなく、どうしようかと悩む。

 「女の人に服を買うのって難しいですよね」。何も買わずに帰ってしまう申し訳なさから、そんな話をする。前もお土産として服を買ったことがあるんですけど、サイズが合わなかったりで結局着てもらえなくて、と。そんなふうに話していると、一枚の服が目に留まる。この服はいいかもしれないぞ。そう思って値札を確認すると、一気に冷静な気持ちにさせられる。

 「お店、何時まで営業してるんでしたっけ? ちょっと、これから熊本市内を散策して、そのあいだに買うかどうかを――」。そんなふうに、何も買わずに帰る言い訳をしているうちに急に心変わりをして、「いや、やっぱりこれ、買います」と伝える。あまりにも唐突な心変わりだったせいか、お店のIさんも「急ですね」と笑っていた。クレジットの分割払いを選んで、ホクホクした気持ちで店を出る。

 時計を確認すると15時だ。すっかりお昼を食べそびれてしまった。街をぶらついていると、「創業明治27年」と看板を出している角打ちの店を見つけたので、吸い込まれる。角打ちというより居酒屋であるが、煮込みとビールを注文して一息つく。店内には作業着姿の男性たちがおり、彼らは定食を平らげている。このあとホテルにチェックインするときも、ロビーにいたのは作業着姿の人ばかりだ。

 少し休んで、日が暮れる頃にホテルを出る。最初に目指したのは「金寿司」だ。最近、福田さんが対談連載で「素晴らしい寿司屋」と語っていたお店。本当はお昼に訪れていたのだが、今はお昼の営業をやめてしまったらしく、夜になるのを待って再訪する。予約をしていなかったので30分しか時間がなかったが、寿司を食うには十分な時間だ。

 このあとも飲み歩くつもりなので、おすすめで6巻握ってもらえませんかとお願いする。追加で日本酒をオーダーすると、3つのお酒をテイスティングさせてくれる。その中から気に入ったものを注文して、寿司を食べる。最初に出てきたのは揚巻貝という聞きなれないネタだ。有明海の名産らしく、細長い貝だ。うまい。その後に次々と出てくる鯖、鯵、ホタルイカ、マテ貝、最後に鰯が出てきたのだが、この鰯が抜群にうまかった。

 最後にデザートまで運ばれてくる。凍ったホオズキの実を食べていると、「おばあちゃん、どげんした?」という声が聴こえてくる。カウンターには祖母、父、母、娘二人の家族連れが座っていたのだが、おばあちゃんが突然涙を流したのだ。感極まったという様子でもなく、ただ涙が溢れてくる――そんな涙であるように見えた。

 18時半には店を出る。2年前、そして1年前の4月に訪れた酒場に流れるつもりであったが、覗いてみると満席だ。今日は土曜日ということもあり、街は大勢の人で賑わっている。それが理由というわけでもないだろうけれど、崩れかけた建物を見かけても何も思わず、普通に通り過ぎてしまっている自分がいる。

 2軒ほどハシゴしたのち、ラーメン屋を目指す。ここも2年前に訪れた店だ。糖質を気にしていることもあり、ここ数ヶ月は〆にラーメンを食べるということはなかったが、今日は特別だ。すごくうまかった記憶があるのだが、2年ぶりに食べたそのラーメンは微妙な味だ。ラーメンをうまいと感じなくなってしまったのか。しょぼくれた気持ちで街を歩く。2軒目、3軒目を探す酔客で大賑わいだ。焼き芋を売る奇妙なデコトラを見かけた。あとで調べると熊本ではちょっとした有名人であるらしい。繁華街にある喫茶店ブレンドを飲んで、ホテルに戻る。昨日よりも大きな月が出ていた。