朝8時に起きると、少し風邪気味だ。10時ギリギリにチェックアウトをして、まずは坪井川沿いを散策する。熊本大神宮は崩落しているし、城壁も崩れている。その風景を、当たり前のことのように眺めている。それより目につくのは新緑の美しさだ。今まで僕は新緑の季節が苦手だった。その匂いも苦手だし、グングン成長して風景を覆い尽くす緑が恐ろしくもあった。でも、どういうわけだか今日は綺麗だと感じる。

 熊本城は今も立ち入りが大きく制限されており、入れるのは二の丸広場だけだという。行っても何も見れないかもしれない。さほど期待せずにそちらまで回ってみると、祭囃子が聴こえてくる。二の丸広場の入り口には紅白のテントが建っていた。今日はひょっとこ踊りの大会が開催されるそうだ。近くではお土産や特産品も販売されていて活気がある。

 その中にオランダ揚げなる品があった。太刀魚とハモ、玉ねぎを練り込んだ揚げ物だ。なぜオランダなのかはわからないが、とにかく「揚げる」ということがモダンであった時代を感じさせる。それと一緒に地ビール不知火海浪漫麦酒(カルメン)を注文して、近くのベンチで食べた。

 少し歩いたところに二の丸広場はあった。広場という名前にふさわしく、青々とした芝生が広がっている。その中に大きな樹木があり、木陰で家族連れがピクニックをしている。木の上を見上げると、猫が眠っていた。熊本城の様子を眺めに来たのだけれども、その風景が何より印象的だ。お堀沿いにはカメラを提げた観光客が大勢いる。ボランティアのシールを腕に貼った若者たちの姿もある。その風景を眺めていると、皆が好きに過ごせばいいのだという気持ちになる。何をすべきかなんて言い出したってどうにもならないだろう。

 花畑町からチンチン電車に乗る。終点の健軍町で降りてタクシーに乗り換え、「益城町の役場までお願いします」と伝える。10分ほど走ると、道が渋滞し始める。ラジオでは「柿木珈琲店」という番組が流れていて、リスナーからのメールが読まれている。今日はコーヒーを飲みながら、久しぶりにのんびり過ごしています。なんでもない日々を過ごせることの大切さを噛み締めています、と。ラジオから流れる歌に耳を傾けていると、「こっちにくると、道も相当悪くなっとるですね」と運転手が言う。7キロほどの道のりだが、到着するのに30分近くかかった。

 益城町木山の交差点でタクシーを降りて、南へと歩く。建物は大きく崩れており、電柱は傾いている。車が通るたびに埃が大きく舞い上がる。黒い靴はすぐに真っ白になった。少し歩くと川が見えた。秋津川だ。ちょうどお昼時だということもあり、家族連れのボランティアか、それとも地元の人なのか、川べりでお弁当を食べている。少し離れた木陰では、作業服姿の人たちがブルーシートを広げて昼寝をしていた。

 近くに「セブンイレブン」(益城総合運動公園前店)があった。今年2月にオープンしたばかりの店は、比較的被害が少なかったのか、通常通り営業しているようだ。酒も販売中なので、飲む人も必要だろうとアサヒスーパードライを買って歩く。住宅街に入ると崩れた家が目立つ。不思議なのは、全壊した家の隣に被害の少ない(ように見える)家があること。この差は一体何だろう。何が運命を左右しているのだろう。

 あまり人とはすれ違わないが、生活の音が聞こえてくる。表で食器を洗っている人がいる。洗濯物を干している家をみると、ああこの家は無事だったのだなと思う。震災で出たゴミが軒先に置かれている。ショベルカーがあちこちで稼働している。あちこちに花が咲いていた。熊本城を見物したときほど素直に緑を愛でる気持ちではなくなっていたが、それでも花が目に留まり、写真に収める。あとで知人に写真を見せると「じじいの写真じゃあ」と言われてしまった。

 歩いていると書道教室を見つけた。表には生徒の書が張り出してある。そこに書かれたいくつもの「ひかり」という言葉が印象に残る。益城町を2時間ほど散策して、バスに乗って阿蘇くまもと空港へ。日が暮れる頃には高田馬場にたどり着き、まずは撮影したフィルムを現像に出す。早稲田通りは仮装した人で溢れている。一体何事かと思えば、今日は100キロハイクの日だ。あちこちで校歌が歌われており、ただ冷ややかな気持ちになる。愛校心を発揮する集団を冷ややかな気持ちで眺めてしまうのは、自分が愛校心を持ったことがないからか、それとも単に大学生という集団が嫌いだからか。昼には「皆が好きに過ごせばいいのだ」なんて思っていたのに、あっという間に心が狭くなっている。