朝4時、やっとのことで目を覚ます。昨日は日付が変わるころまで飲んでいたのでよろよろだ。知人と二人で身支度をして、なんとか電車に乗る。今日は6時半の飛行機に乗り、知人と一緒に沖縄に行くのだ。前回沖縄に出かけたのは今年の3月だから、3ヶ月ぶりの沖縄旅行だ。前回の旅から帰ってきてすぐ「6月に再訪しよう」と思い立ち、ずっと計画を練っていた。当初は3週間ほどかけてじっくり旅をするつもりでいた。

 毎日沖縄の地図を眺めて過ごす僕に、知人はうらめしそうにしてる。これは誘った方がいいのか、しかし6月に知人は休みが取れるのだろうか、まあ土日を利用すれば都合がつくだろう、いやつけろよと気分が移り変わり、知人を無理やり誘って沖縄に出かけることになったのである。

 そういうわけで、本来なら3週間滞在するつもりでいたのだが、航空券を抑えた矢先に心臓がばくばくする額の請求書が届いた。これではとても3週間も旅をしていられないと思ったが、それでも6月の沖縄を再訪したくて、規模を縮小して6泊7日の旅をすることに決めた。

 空港を出ると、すぐにタクシーを拾って泊港を目指した。梅雨が明けたばかりの那覇は、いつにも増して湿度が高くむわっとする。しかしそれすら心地よく感じる。渡嘉敷島座間味島のフェリーの出航が近づいており、どちらも結構な列ができておりギョッとする。以前座間味島を訪れたのは夏の終わりだったが、そのときフェリーが混んでいたという印象はなかった。あれは平日だから空いていたのだろう。

 オリオンビールのロング缶と油味噌のおにぎりを購入する。知人はロング缶とからあげくんを買っていた。フェリーに乗り込んでみるともう満席で、床にシートやゴザを敷いて座っている人もいる。僕が「まあでも、外のほうがええやろ。海見れるし」と言ってデッキに向かうと、「でも、座間味島まで2時間もかかるんやろ」と知人は不満そうについてくる。僕は広島出身で、知人は山口出身なのだが、この半年で言葉遣いがおかしくなっている。

 ほどなくしてフェリーは出航した。同じくデッキに座っているおじさんたち――レジャー好きという感じのするおじさんたち――は、乗船チケットをもぎっていた男の子に向かって手を振る。海が青々している。船にぶつかった波はしぶきとなり、そこに小さな虹が見えた。ほら、虹やで。嬉々として知人に教えてみたのだが、知人は興味なさそうに「ああそう」とだけ言って、日焼け止めをたっぷり塗っている。あ、飛行機だ。あ、また虹が出てる。あっちは波がきらきらしちょるね。僕はちびちびビールを飲みながらずっと海を眺めていた。そこにはただ海だけが広がっている。時計を見るとすでに30分経っている。「これなら2時間あっという間やろうね」と言ってみたが、知人は返事をしないでいる。

 あっという間にビールを飲み干していた知人は、「ちょっと船内見てきていい?」と言ってどこかに行ってしまった。ほどなくして帰ってくると、「反対側のデッキやと、島がたくさん見える!」と嬉しそうにかえってきた。そちら側に移動してみると、たしかに島がたくさん見える。ぼこぼこと変わった形の島だ。島を見ながら知人は満足そうにしている。どうしたのかと聞いてみると、「今、海賊王やけん」と言う。島や岩場がたくさん見える。岩場の群れのまわりには漁船がたくさん停まっている。場所取りで揉めたりしないのだろうかと思って眺めていると、知人は「あの島、うまそうやね」と言う。

 「うまそう?」
 「うん。抹茶みたいでうまそう」

 12時、座間味島に到着した。座間味島に来るのは2年振りだが、海がとにかくきれいで、夢中でシュノーケリングをした。あまりにも熱中してしまって、背中がやけどのようになってしまい、1週間近く後遺症に苦しんだおぼえがある。でも、それ以外のことはほとんど記憶に残っていなかったのだが、座間味島の港が見えた瞬間にはっきりと記憶が蘇ってくる。

 まずは自転車を借りて、お昼ごはんを食べられそうな店を探す。しばらくぐるぐる移動して、こぎれいな沖縄そば屋を見つけてそこに入る。知人はフーチバーそば(よもぎそば)、僕はゆしどうふそばを注文して、生ビールも2杯ずつ飲んだ。フーチバーそばというのは初めて知った。どんな味かと聞くと、「美人の味がする」と知人は言う。食事を終えると、いよいよ海を目指して自転車を走らせることになる。

 知人に「沖縄で何をしたいか」と尋ねると、「浅瀬でちゃぷちゃぷ」という答えが返ってきた。沖縄にはいくらでもビーチがある。さて、どこの浅瀬にしたものかと『るるぶ』を眺めていると、知人がウミガメの写真に反応して、「ウミガメと一緒に泳ぐ」と言い出した。そこで思い出したのが座間味島だった。たしか座間味島の近くにはウミガメが生息していたはずだ。それで、何より先に座間味島を訪ねることにしたのである。

 まずはウミガメがやってくるビーチではなく、海の家のある古座間味ビーチを目指す。少し走るとすぐに急な坂があらわれる。早々に漕ぐのを諦め、自転車を押して歩く知人が「中学生のときを思い出すわー」と言う。「中学生の頃もママチャリ漕いで、山を越えて富海の海に行きよった」。のどかな風景の中で自転車をこいでいると、たしかに昔のことを思い出して心が躍る。5分ほどで坂道を登りきると今度は下り坂だ。誰かと一緒に、ほとんど車も通らない田舎道を自転車で下る。まるで青春じゃないか。少し下ったところで、嬉々として後ろを振り返ると、知人はずいぶん離れた場所にいた。片手はこれでもかとブレーキを握り、もう片方の手は帽子のつばを押さえている。坂道からは海が見えているというのに、知人は「これ、帰りは登るってことだよね?」と不満げだ。

 そんな知人でも、古座間味ビーチの青さを目の前にするとテンションが上がったらしかった。「渡辺直美のかけてるサングラスぐらい青い」と、よくわからないような、よくわかるようなことを言っている。水着に着替えると、浮き輪とシュノーケルを借りて砂浜に出て、さっそく海につかる。シュノーケルを使って海を見ようとしているのだが、知人はなかなかシュノーケルを使いこなせないらしかった。僕にも教えられるほどの知識もないので、慣れるしかないだろう。そう思って、僕は僕でシュノーケリングを楽しむ。浮き輪に乗っていると自然に沖に流されていくのだが、知人を振り返ってもまだ波打ち際にいる。何かあったのかと思って引き返し、「何やってんの?」と訊ねてみると、「何って、浅瀬でちゃぷちゃぷだけど」と知人は言う。

 古座間味ビーチは、波打ち際でもたくさんの魚を観察できる。でも、もう少し沖に出たほうがいろんな種類の魚が見れる。そう思って「もう少し沖まで行こうや」と誘ってみると、知人は足をかき始めるのだが、一向に沖に進みそうにもなかった。海に行きたいと言っていたのに、泳げないのだという。じゃあなんで海に行きたいと行ったのかと訊ねると、「何でって、浅瀬でちゃぷちゃぷするからだけど」と同じ答えが返ってくる。仕方がないので浮き輪を押して沖まで連れていき、ひとしきりシュノーケリングを楽しんだところでまた浮き輪を押して浜辺に戻った。

 1時間半ほど堪能したところで古座間味ビーチをあとにして、別の道をゆく。「また坂なん」と不満げな知人を引き連れて進むと、入り口が見えてくる。そこに自転車を停めて、茂みに囲まれた階段を上がると、ぱっと開けた場所に出る。そこにあるのは平和之塔だ。僕が説明すると過剰になるだろうから特に何も言わず、碑の説明書きを読む。戦没者の名前が刻まれているが、その多さに何度でも驚いてしまう。知人をみると、無理矢理外に連れ出された室内犬のような顔になっている。本当はこの上にある集団自決の碑のある場所まで行き、さらにその先をしばらく進んだ場所にある、以前おすすめされたことのあるスポットまで行ってみるつもりでいたのだが、これは厳しそうだと諦める。

 坂を下って、もう一つのビーチである阿真ビーチを目指す。こちらはかなり人がまばらだ。ビーチの入り口にはウミガメがいた場合の注意書きがあり、出会えるのではないかと期待が高まる。ただ、ウミガメがいるのは観光化されていないからこそであり、ここには海の家はなく、シュノーケルも当然借りることができない。「どこにウミガメがおるん」と知人は言うが、僕たちはせいぜいウミガメが息継ぎをする瞬間を待つくらいのことしかできなかった。当然、そんな幸運が舞い降りるはずもなく、しばらく待ってもウミガメは見れなかった。知人はがっかりしているかと思いきや、「平泳ぎで泳げるようになった!」と嬉しそうに言って、2メートルほど水中をもがいている。

 16時、阿真ビーチの近くに小さなパーラーを見つけ、生ビールを注文する。グラスもキンキンに冷えて――むしろもう凍って――おり、最高の状態だ。満足そうな知人に「島、どう?」と聞いてみると、「島やね」との返事。ビールを飲み干したところで港のほうに引き返し、マリリンの像と記念撮影をして自転車を返却し、17時過ぎ、沖縄本島に引き返す。帰りは高速船にしたので、あっという間に到着した。

 ホテルにチェックインすると、まずはシャワーを浴びて洗濯をする。テレビをつけていると天気予報が始まる。週間天気予報をみると、全国的に曇と雨マークで埋め尽くされているのに、沖縄だけはすべて晴れマークだ。ほどなくして夕方のニュースが終わり、「ニュース7」が始まる。知人は「えっ、ニュース7ってことはもう7時なん? まだ5時くらいだと思ってた」なんて言っている。たしかに、窓の外は明るくて、到底19時とは思えない空だ。

 20時過ぎ、安里に飲みに出かける。路地をぶらつき、さてどこで飲もうか。暑いからか、沖縄の猫はがりがりだ。上裸で座り込んでいるおじいさんもがりがりである。どこの店に入るか吟味して、貝の専門店と看板の出ている「ひいき屋」という店を選んだ。まずは角ハイボールと店主おすすめ5点盛りを注文する。クボ貝、ホッキ貝、タイラギ、ツブ貝、それにあさりのイカスミ漬けが運ばれてくる。他のものは刺身あるいは漬けとして身がごろんと出ているが、クボ貝というのは小さな巻貝であり、爪楊枝で中身を取り出して食べることになる。何個か食べたところで、知人が「何でそんな上手に取れるん」と言う。知人は身を取り出すのがへたくそで、途中でぷつぷつ切れてしまっている。こういうとき、普通なら代わりに取ってあげるのだろうなと思いながらハイボールを飲んだ。どこかの店でお客さんが民謡を歌い出した声が聴こえてきた。

 専門店だけあって貝がたくさん取り揃えてあり、5点盛りに含まれていない貝は山ほどある。2杯目は泡盛ソーダ割りにして、「一番人気」と書かれているホンビノスを注文する。沖縄産の貝ではなく千葉産だ。お互い結構遠い距離を旅してきましたのう。他にもいくつか頼んで、最後に「しったか」という貝を注文する。説明書きには「(とんねるずの)ノリさんの好きな貝」とあり、そういえばテレビでやっていたなと思い出す。これも比較的小さな巻き貝で、自分でほじくって食べる必要がある。この手間も楽しさなのだろう。しかし、こんな小さな貝を採って食べる文化というのも不思議だ。小さな貝をたくさん獲るのは大変だろう。食べづらいのに腹が膨れるわけでもない。それを食べるのは、よほど困窮しているか、よほど贅沢であるか、どちらかだろう。

 45分ほどで切り上げて、今夜のめあてである店を目指す。21時半から営業するおでん屋「東大」だ。21時15分に着いてみると、もう既に6組も並んでいる。前回沖縄に来たときはその時間であれば2組目くらいだったが、観光シーズンが既に到来しており、しかも今日が土曜日であることを忘れていた。しばらく待っていると、知人と、2組前に並んでいた女性が叫び声をあげる。何事かと思えば、大学時代の友人らしかった。そんな偶然もあるのだなあとぼんやり眺める。21時34分に店のシャッターが上がり、入店。6組目だとずいぶん待つことになるだろうし、今回の滞在中にもう一度来店するつもりでいるから、泡盛(残波の白)をボトルで注文する。おでんは葉野菜、大根、玉子、ちきあげ、昆布、手羽先。それにゴーヤーの酢漬けと初物の島らっきょうも頼んだ。

 おでんをちびちび食べながら、たしか演劇の話をしていたと思う。90分ほど待ったところで、待ちに待った焼きてびちが運ばれてくる。「東大」を初めて訪れたのは2013年の秋だ。2013年6月23日、マームとジプシーの『cocoon』の上演に先立って、原作者である今日マチ子さん、マームとジプシー主宰の藤田貴大さん、音楽を担当する原田郁子さん、音を担当するzAkさん、それに出演者の皆と一緒に沖縄を旅した。8月に『cocoon』は無事千秋楽を迎え、その1ヶ月半後、「お礼参り」ということで何人かで沖縄を再訪した。そのときに初めて「東大」を訪れて、名物である焼きてびちを食べた。そのボリュームにも、どこでも食べたことがない食感にも、そのうまさにも衝撃を受けた。これはきっと知人が好きな味だろうと思った。それから何度となく沖縄を再訪し、「東大」にも足を運んでいるが、そのたびに「きっと知人が好きな味だろう」と思っていた。知人はうまそうに肉を食う。「さくさくしてうまい」と嬉しそうに語る姿を眺めながら、泡盛を飲んだ。