8/13(土)

 朝9時に起きる。午前中は『CB』誌の原稿を仕上げて送信する。午後、質問リストを作成。16時、池袋「伯爵」に入り、窓際の席を確保。アイスコーヒーにしようかと思ったけれど、ノンアルコールだとうまく話せない気がする。酒が入らなければ話が聞けないということではなく、ノンアルコールではいかにも取材然としてしまう。それではどこか緊張感が生まれて、いい結果にならない気がする。

 そんなふうに考えて、ビールを飲みながら待っていると、ほどなくして青葉市子さんがやってくる。1時間半ほど話を聞かせてもらった。市子さんに話を聞くのは初めてだ。京都滞在中から、何度か市子さんに話を聞こうとしていたけれど、なかなかタイミングが合わずにいた。市子さんに話を聞くにはタイミングが重要というのか、波長が合わなければうまくいかないだろうと思っていたので、しっかり話を聞くことができてホッとする。

 市子さんと別れ、町屋へ。初めて訪れる街だ。ムーブ町屋のハイビジョンルームという会場で、天ぷら銀河という劇団の『僕の目にスジャータ!』を観る。劇団の方から「ご招待します」と連絡をいただいていたけれど、縁があるわけでもないのに招待で観るというのも性に合わず、普通に予約して観劇。かくれキリシタンのかくし子である主人公は、上京してひきこもり生活を送っていたが、ある日YouTuberになることを決意する――というコミカルな作品で、会場からは笑いが絶えなかった。ただ、僕はほとんど笑えなかった。かくれキリシタンという設定もあるが、同性愛のネタが放り込まれたり、「死んだら処女とやれるんだ」的な台詞が放り込まれたりする。2016年という時代に、どうしてそんなに無邪気にそれらのネタを扱うのだろう。それをネタにしてはならないとはまったく思わないけれど、それを笑いに昇華させるにはかなりの技量が必要なはずだ。

 もう一つ不思議に思ったことがある。その劇団は皆、20代前半くらいであろうと思われるのだが、テレビのネタがいくつも放り込まれていたことだ。「勝俣は短パンだったの?」だとか、猪木の「ダー!」であるとか、そうしたテレビ・芸能的なあるあるがそこかしこに散りばめられている。それらは彼らの世代のリアリティではなく、20年くらい前から続いているものだ。そうしたあるあるネタを、古くさいものをあえて取り入れたというふうでもなく、ごく素朴に取り入れているのが気になった。若者のテレビ離れが語られているが、そこであえてテレビネタを扱うというのは(しかも素朴に扱うというのは)、作者はきっとテレビが好きなのだろう。であるならば、自分が好きなテレビというメディアが終焉を迎えつつあることを、周りの同世代との熱量の差を取り入れたほうが、より批評的になるのではないか。そんなことを考えながら、都電に揺られていた。家に帰ってみると、SMAPが解散するとサイゾーが報じて騒ぎになっていた。



8月14日

 朝起きると、テレビでもSMAP解散が報じられている。お昼のニュースでもトップで扱われていた。本当はいわきまで芝居を観に行くつもりでいたけれど、特急のチケットがかなり予約で埋まっており、これはもしかしてと帰りの特急を調べてみるとすべて満席になっていた。宿泊するほど余裕はないので、いわき行きは諦めることにする。昼はテープ起こしを進めて、夜は「馬場バル」で赤ワインを1杯。


8月15日

 朝からお昼ごはんのことを考える。8日はうなぎを選んだけれど、今日は何がいいだろう。迷った挙句、カレーライスに決めた。中村屋レトルトカレーを買ってきて、戦没者追悼式の中継を眺めながら食す。赤星を一本だけ飲んだ。天皇皇后両陛下が退席されるときに万歳が聞こえた。今年もまた聞こえた。ほんとうにくだらない連中だ。6月23日、8月6日、8月9日、8月15日は「お慎みの日」とし、黙祷を捧げて犠牲者のことを考えられている日だ。そンな日に万歳をするだなんて、一体どういう神経をしているのだろう。


 外が案外涼しげなので、午後は散歩に出た。ポケモンを捕まえながら、神田川沿いを歩く。途中で神田川と別れ、神楽坂を抜けて飯田橋を通過して歩いていくと、街頭に警察官の姿が増えてくる。ほどなくして靖国神社にたどり着く。境内は思ったより静かだ。若い人まで鳥居に深々とおじぎをしている。しばらく境内を散策して、馬と鳩と犬の像に手を合わせ、休憩処で生ビールを飲んだ。小さいこどもを連れた若い夫婦が、コスプレ姿の男性に何か声をかけている。一体どうしたのだろうと思って眺めていると、こどもと一緒に記念撮影をしてもらっていて驚く。その夫婦は、撮影を終えると休憩処のほうにやってきた。会話を聞く限り、特に思想があるわけでもなさそうだったので、余計に驚く。

 ビールを飲み干したところで席を立ち、九段坂を下る。境内を出たすぐのところで、何やら騒がしい声が聞こえてくる。向こうから日の丸の旗が無数に歩いてくる。街頭に立つ人たちは拍手で迎えている。敵の敵は味方ということだろう、中国共産党による弾圧に抗議する人々も多く見かける。セブンイレブンの前あたりで、拡声器で何やら叫んでいる声も聞こえてくる。僕はずんずん坂を下る。

 高速道路の高架を超えたあたりで、今度は道路を歩くデモ隊が見えてきた。それは天皇制廃止を訴えて練り歩く集団だった。「天皇の政治発言許すな」と書かれたプラカードが見える。相当数の警察が動員されており、街道は警官で埋め尽くされている。しばらく眺めているうちに、僕が佇んでいた場所はすべての方向が鉄柵で封じられていることに気づく。威勢のいい人たちが鉄柵を蹴りつけ、「市民様の自由を妨害してんじゃねえよ!」などと喚いている。どうしてよりによって今日の日がこんなにも騒々しくなるのだろう。僕は静かな気持ちでその風景を眺めていた。

 ようやく封鎖が解除されたところで、地下鉄に乗って上野に出る。18時、上野動物園の前で知人と待ち合わせ。仕事で瀬戸内海にある犬島に行っていた知人と会うのは1週間ぶりだ。今、上野動物園ではナイトズーが開催されているので、去年に続けて遊びにくることにしたのだ。つい見入ってしまうのはシロクマ、ペンギン、猿山だ。これらの動物を見るときは、どこか人間を重ね合わせてしまっている。トラは格好いいので見入ってしまう。あと、どういうわけだかフラミンゴは見入ってしまう。夜に見ると特に美しく感じるのだが、知人はそうでもないようで、早くビールを飲みたそうにしている。

 ひとしきり見物したところで、テラスでビールを飲んだ。目の前には不忍池があり、蓮の花も咲いている。2杯ほど飲んだところで動物園をあとにして、根津の「バー長谷川」へ。お盆で営業していないかと思ったけれど、ちゃんと営業している。お店はにぎわっていた。たまごサンドをツマミにハイボールを3杯飲んで、店をあとにする。楽しい夜だった。


8月16日

 朝、市子さんに聞かせてもらった話を構成する。昼にはまとめを終えて、市子さんに送信。すぐに返信があり、橋本さんに正直にはなせてよかったと言っていただく。よかった。午後はPR誌『s』のテープ起こしに取りかかる。音源は講演会なのだが、音声がほとんど聞き取れず、相談のメールを送信。台風が近づいており、通気口がゴオゴオ鳴っている。こんな日はいつも新宿に出かけてしまう。

 タワレコで数枚購入したのち、新宿3丁目「F」へ。まだお盆休みかと思っていたけれど、お盆も変わらず営業しているという。「こういう日になると飲みに行きたくなるって人が、昔はもっと多かったんだけど」とママのHさん。1時間ほど飲んだところで、新宿5丁目「N」にハシゴする。他にお客さんがおらず、ゆったり飲んでいると、店の電話が鳴った。どうやらTさんだったらしく、「お客さんは来てるか」と様子を伺っているらしかった。他にお客さんは来なかった。5年前の3月のことを思い出す。あの日も僕は新宿に出て、「F」と「N」をハシゴしたのだった。


8月17日

 日中はテープ起こしを進めていた。18時、都内某所へ。ここ数日、捩子ぴじんさんは自宅に人を招き、怪談を披露するということを行っている。先日開催された政治と芸術をめぐるミーティングで、捩子さんは演劇が上演される場所について話をしていた。たとえばヴィーガンの人たちは、自分の食がよりよく在るために、田舎に引っ越す場合もある。そのように、政治というものを“よりよく生きるための手段”として捉えた場合、芸術にはもっと可能性があるのではないか。演劇というものが、劇場や助成金というシステムの外側に置かれた場合、どのような可能性があるのか。そんな話をしていたように思う。

 今日の怪談が、その話と直接つながっているかどうかはわからないけれど、公演として開かれたものではなく、知り合いのみが参加可能なプライヴェートなものだった。今日の参加者は、僕と、あともうひとりだけ。庭先でビールをいただきながら、いくつか怪談を聞いた。僕はプライヴェートな場所で何かが開催される場合(それが多少なりともパフォーマンス的な要素を含んでいる場合)、妙に身構えてしまうのだけれども、今日はとてもリラックスした気持ちで過ごした。不思議な時間だった。捩子さんが「公演」ならぬ「私演」を重ねていったとき、そこにどんなダンスが生まれるのか。それはきっと、とても新しいものになるのではないかという予感があった。最後にはスイカまで頂いて帰途についた。とても夏らしい時間だった。


8月18日

 朝10時、彩の国さいたま芸術劇場に出かけ、Fさんに小一時間ほど取材をする。今日は個人的な取材ではなく、雑誌の取材。昼前にはアパートに戻り、夜の取材で何を聞くか考える。過去に行ったインタビューもすべて読み返して、質問リストを作成する。19時、東京芸術劇場前で青柳いづみさんと待ち合わせ、芸劇裏にあるイタリアンの店へ。生牡蠣を食べながら、4時間ほど話を聞く。白ワインを3本飲んだ。


8月19日

 昨日の取材で、今年の夏のマームとジプシーにまつわる取材はすべて終わったことになる。そう考えると、急に秋に放り出されたような心地がして、少し寂しくなってくる。テレビでは吉田沙保里の姿を繰り返し流している。まだ半分夢の中にいるのに、知人は「さおりーー」と涙声でつぶやいている。昼は構成仕事を進める。夕方、武藤良子さんの個展「続・沼日」を観る。京都で開催された個展「沼日」の作品を、雑司ヶ谷にある古い民家に展示したものだ。新しく描かれた作品もあるとはいえ、まったく印象が異なるのが不思議だ。この家に潜んでいる何かが表出しているかのようだ。目に留まる絵も、京都とは違っている。武藤さんにも言われたが、この会場で最初に観ていたら、『まえのひを再訪する』の表紙にあの絵を選ばなかっただろう。僕が最後のお客さんだったらしく、展示を観たあとで飲みに出かけた。しばらく飲んでいると、『まえのひを再訪する』の話になった。知り合いの本を褒めるなんて絶対嫌だけど、ほんとにあの本はすごく良かったとムトーさんが言ってくれて嬉しくなる。明日から帰省するので、僕はホッピーを飲んだ。ホッピーは東京の酒だ。