9時に起きるも天気が悪く、布団から出られず。iPhoneをいじくっていると、子犬の動画を見かけた。350mLの缶よりも小さいくらいの子犬だ。知人も可愛いと言うかと思って叩き起こして観せてみると、「小さいだけで何も可愛くない」と面倒くさそうに言う。「それならヘラクレスオオカブトのほうが可愛えんじゃあ」と訳のわからないことを言っている。ゆでたまご(2個)とヨーグルトを食べる。日記を書いてシャワーを浴びると、しばらくぼんやり過ごす。早めに出かけて観光でもすればいいのに、腰をあげるのにエネルギーが必要だからか、遠出をする日はいつも昼頃までグズグズしてしまう。

 12時過ぎ、ようやくアパートを出て山手線に乗る。内回りはびっくりするほど混んでいて、心を無にして過ごす。上京してからというもの、大学まで徒歩で通える場所に住んでいたし、就職したこともないので、通学や通勤で満員電車に揺られた経験が皆無だ。朝の通勤ラッシュの時間から取材が入るということもほとんどなく、遠出するときもラッシュの時間帯は避けている(早く出かけなければならないとしても、いっそのこと朝7時くらいの飛行機や新幹線を選ぶことがほとんどだ)。毎日満員電車に揺られている人はどうやって心を無にしているのだろう。

 品川駅に到着して、いつものようにシウマイ弁当を買おうとすると「品切れです」と言われてしまう。品川駅でシウマイ弁当を買えなかったという経験がこれまで一度もなかったので動揺する。横浜チャーハン弁当はあるけれど、あれではおやつくらいのボリュームだ。それにシウマイ弁当はあの白米を食べるのが楽しみの一つであり、筍をツマミにビールを飲むのも楽しみの一つであり、何より弁当としての完成度が素晴らしいのだ。新幹線の時間が迫る中、エキュートでなんとか買い物はしたものの、動揺し過ぎたせいかつばめ風ハンバーグを単品で買ってしまった。これだけ新幹線に乗っている人間でありながら、乗り馴れてない人のような失敗を犯してしまった。

 指定された座席に行ってみると隣は小学生の男の子で、通路を挟んで母親、ベビーカーに乗った赤ん坊、幼稚園児くらいの女の子が座っている。男の子はテーブルを出していたので、「すみません」と声をかけてテーブルを仕舞ってもらって、自分の席に座る。男の子はぎこちなく「はい」と返事をする。このくらいの年齢だと、見知らぬ大人と接する機会も少なく、隣に僕が座っているのはストレスだろうか。僕も小さい頃はよく父親に連れられてあちこち出かけていたけれど、隣に座る大人にどんなことを思っていたのか、まったく思い出せない。酒臭かったら申し訳ないなと思いながらも、おそるおそるビールを飲んだ。男の子は案外淡々とした様子で、ニンテンドーDSで遊んでいた。ゲームに飽きると、ベビーカーの赤ん坊を抱きかかえ、たまごボーロを餌のように与えている。あんまり食べさせられるものだから、赤ん坊はとうとう泣き出してしまった。

 15時25分、京都駅に到着する。コンコースは団体客で一杯だ。修学旅行生も目立つが、今日は何より老人の団体客が目に留まる。紅葉シーズンだからだろう。人で溢れかえっている場所で紅葉を観たいという気持ちには今のところならないけれど、年を重ねるとそう思えるだろうか。バスで四条河原町に出て、最近よく利用するカプセルホテル「ナインアワーズ」にチェックイン。新しいタイプのカプセルホテルで、週末だと1泊6千円もするのだが、これでも最安値に近いホテルだ。うんざりする。荷物を預けて歯を磨き、少し歩いて「六曜社」でホットコーヒーを飲んだ。途中で床に荷物を置いていることに気づき、ハッとして抱える。ここにくるたび、「お荷物は椅子の上にどうぞ」と言われる。最初のうちは何とも思っていなかったけれど、床に荷物を置くなんて無作法だと言われているのではないかと思うようになって、なるべく注意している。

 16時55分、川端二条の近くにある「AKGKY」へ。開店は17時だが、既に行列が出来ている。ただ一人客は少なく、開店するとすんなりカウンター席に座ることができた。燗をつけてもらって、おでん(大根・豆腐・ロールキャベツ)を注文する。いつ来ても良い店だ。カウンター席に座ると、視線を少し上げると鏡がある。大きな鏡ごしに、他のお客さんの様子が見える。酒場に鏡を置いている理由は何だろう。ぼんやり考えながら飲んでいると、常連のお客さんがやってきた。何も言わなくとも瓶ビールの栓が抜かれ、ツマミが数品運ばれてくる。それが羨ましくもあるし、羨ましくなくもある。旅先だからこそ、こうやって常連のお客さんが多くいる店を楽しめているのではないかという気が少しだけする。

 燗酒を2本お代わりして、最後にしまあじ刺を食べて店を出た。まだ18時にもなっておらず、せっかくだからと30分かけて松原京極商店街まで歩き、「iroiro」というお店に入る。今年の夏に上演された『A-S』という作品にかかわっていた方がやっているお店で、7月と8月に一度ずつ訪れたことがある。箕面ビールを一口飲んだところでハムカツを注文した。最初に連れてきてもらったときに「ここのハムカツ、めっちゃうまいですよ」と言われて食べたのを覚えているが、あいかわらずウマイ。ハムカツの厚みというのは人が出る気がする。僕はぺらぺらのハムカツも好きだけれど、ここのハムカツは厚くもなく薄くもなく、ちょうどしっくりくる厚さだ。

 オールドをロックで1杯飲んで、京都芸術センターへ。今日からここで上演される篠田千明演出の『ZOO』を観ることが、今回の旅の目的だった。回遊型というか、好きな場所に移動しながら観ることができる作品だ。僕は一つの場所からずっと眺めていた。途中で「安心してください。状況はコントロールされています」という台詞が登場するけれど、出演者が会場を動くたびに観客は移動し、時に出演者の指示に従って移動する。その姿をぼんやり眺めた。

 木屋町通まで歩き、「SMBA」というバーに入る。京都に来るたび訪れているバーだ。3代目の若いマスターが「昨日、一昨日に比べると落ち着きましたけど、だいぶさむなりましたねえ」と言いながらハイボールを出してくれる。ええなあ。時候の挨拶なんて昔はくだらないことだと思っていたけれど、今ではそれに尽きるという感じがする。それだけで酒が飲んでいられる。マスターは最近、旅行で波照間島に行ったのだという。今年の6月にしばらく沖縄に出かけたとき、最初の予定では僕も波照間島与那国島に行こうと思っていたけれど、お金が足りなくなって断念していた。波照間までのフェリーはかなり揺れたんじゃないですかと訊ねると、外海ですから、ずっとジェットコースターに乗ってるみたいでしたとマスターは苦笑する。波照間を訪れたのは新月の日で、そのほうが星がよく見えるのだという。そういうことを考えてみたことがなかった。

 ハイボールを4杯飲んでバーを出た。月が満月に近づいてきている。白ワインのボトルを買ってよろよろ歩き、出町柳まで移動する。ここで賀茂川と高野川が合流し、鴨川になる。今年の7月31日にはこの三角デルタで酒を飲んだ。あの日は大勢で賑やかで、花火までやった(そのときに撮った写真を待ち受け画面にしている)。三角デルタで酒を飲んでいたのは僕たちだけでなく、他に何組も川べりで過ごしていた。3ヶ月半ぶりに訪れた三角デルタにはもう誰もいなくなっていた。皆どこへ行ってしまったのだろう。僕は何をやっているのか。もうボケてしまっているのだろうか。白ワインは飲み干せなかった。