朝7時に起きる。少し風邪気味だ。さほど外出しているわけでもなく、部屋でぬくぬく暮らしているのに、どうしてよりによって誕生日に風邪を引いてしまうのか。とりあえず身体を起こし、『TB.』誌の原稿を書く。10時半には完成し、メールで送信。今日は「昼から浅草で飲んだくれる」と知人に伝えておいたけれど、さすがに浅草にまで出かける体力はなさそうだ。せめて夜までには回復することを祈りつつ、布団に入って身体を休める。テレビでは豊川稲荷ですす払いが行われ、金沢では菰がけが始まったと報じている。

 やはり遠出は難しそうなので、駅前にあるキリンシティへ。休日のお昼はコットンクラブかティーヌンかこの店にばかり来ている。しょうがのジンジャーと真イカのさっぱりマリネ、それに真イカの春菊のかき揚げを注文する。いつもは知人と相談しながら選ぶけれど、今日は独断で注文した。料理もウマイし、時間をかけて注がれるビールもウマイ。最後にたこめしを食べて、ビールを4杯飲んだところで店を出る。今日は暖かいねと知人は言うけれど、外に出ると肌寒かった。

 アパートに戻り、布団に潜って回復を待つ。17時過ぎに再び部屋を出て、新宿。トイレでこっそり熱を測っていたのがバレていて、何度あったのかと問い詰められる。37度8分だと白状する。熱があるのに飲みに出るとか、馬鹿なん。うん、馬鹿やね。知人と話しながら人混みを歩く。今日は誕生日だから、いつにも増して人を避けずに歩いてしまう。よろよろとGUCCIに入店。普段なら緊張してしまうけれど、今日は頭がボンヤリしているので平気だ。不審に思われたのかすぐに店員が近づいてきて、何をお探しですかと声をかけられる。男性物は2階ですと言われるままに長いエスカレーターに乗る。橋本参上とでも書いておこうかなんてどうでもいい話をする元気はまだある。

 目当ての品は財布だった。何がきっかけだったのかは忘れたが、今年の春頃に気になる柄のシャツをネットで見かけた。それは虎がプリントされたシャツで、GUCCIのものだった。結局そのシャツは買わなかったけれど、ずっと頭のどこかに残っていた。それに近い柄の財布が売られていると知ったのはつい最近のことだ。しかも、調べてみると5万円程度だ。今使っている財布が古くなってきたこともあり、誕生日に買い換えることにしたのだ。さっそく目当ての財布を見つけ、ベタベタと触っていると、店員さんがやってきてあれこれ説明してくれる。店員さんは手袋をつけており、素手で触ってよかったのかしらと不安になる。その不安のせいか、店員さんが説明してくれている途中だというのに「これ買います」と言ってしまった。どうしたって買うと決めていて、問題は長財布にするか二つ折りにするかだけだったのである。知人が「持ち慣れてない長財布を選ぶと酔っ払って捨てるだけだ」と言うので、結局二つ折りを選んだ。

 在庫を確認してもらうあいだ、シャツやらジャケットやらを眺めて歩く。普段なら冷やかしているようでそんなことはできないけれど、今日は買い物客だ。ひとしきり眺めたところで再び店員に声をかけられ、お飲み物のご用意がございますがと声をかけられる。まさかのシャンパンかと胸が高鳴るが、用意があるのはノンアルコールだけで、知人は炭酸水を、僕はエスプレッソを出してもらった。一緒にチョコレートも運ばれてきて、ソファに座って飲み食いしているうちに、何だか風邪が治ったような気がしてくる。店員さんが「お品物は出口までお持ちします」というので、先導されて長いエスカレーターを降りる。僕がライカのカメラを持っていたからか、「このお店で昔、大山大道さんの展覧会をやったこともあるんです」と教えてくれる。惜しい間違いだ。財布の入った紙袋まで虎柄で嬉しくなる。あんまり嬉しくて、店の前で知人に写真を撮ってもらった。

 人混みを抜けて思い出横丁へ。いつもの酒場をのぞくと、カウンターが一杯だったので奥のテーブル席に案内してもらえる。ラッキーだ。まずはホッピーを注文し、つくねと黒そい刺しをツマミに飲んだ。このテーブル席に座っていると、店の全体が見渡せるし、その向こうには横丁を行き交う人々の姿が見える。その風景を眺めながら飲めるのは幸せだ。ホッピーを2セット飲んだところで会計をしてもらって、今日はタクシーで高田馬場まで戻ってくる。スーパーでチョコブラウニー味のハーゲンダッツを買って帰り、薬を飲んで床につく。知人におだてられながら酒を飲んで、新しい財布も買って、風邪ではあったけれど楽しい誕生日だった。