8時に起きて、『ユリイカ』(臨時増刊)のみうらじゅん特集号を熟読する。取材陣は武田砂鉄とおぐらりゅうじという、同世代の書き手だ。皆、以前からずっとみうらじゅんの読者だったのだろうけれど、こうして特集に至るきっかけの一つは『「ない仕事」の作り方』のインパクトでもあるのだろう。その意味では、みうらじゅんインタビューにおける、小学生時代に作っていた『ケロリ新聞』の話が印象に残る。小学生が自分で新聞を作るとなると、普通は自分が書きたがるのに、自分には才能がないとわかっていたから絵のうまいヤツや頭のいいヤツに書かせていたのだという。つまり、自分が楽しければいいのではなく、人に見せることで自分の楽しさが湧き出るのだ、と。そこでインタビュアーから「みんなに見せて喜んでもらっている光景があらかじめ広がっているわけですか」と訊かれたみうらじゅんはこう答える。

みうら ありますね。若い頃から持てなかったのって、自分のタレント性なんですよ。自分、やっぱり自分に飼われたタレントなんで。こいつの話術とか、持っていきようが下手だったら、せっかくいい作戦もおじゃんになる。この仕事を始めた頃、たまにテレビのお誘いがあったんだけど、もう自我が出すぎちゃってうまくしゃべれない。「みうらじゅん」が、「三浦純」の話をしたがるんですよ。その部分いらないし、ネタを面白くしゃべれよって言ってんのに、「ここは僕が」って出てくる。録画した番組を見てみると、俺、こんなことやっているんですって語りたがってて、かなりうざい。以降はもう自分が出ている番組を見なく鳴ったんだけど、そこら辺から「自分なくし」って言い出したのね。もう自分はいらないから、ネタを引き立ててほしい、と。そこが自分のタレント性。(略)ネタだけが目立つ、これはすごく嬉しいよね。

 「修行」と称して様々なテーマを掘り下げ、収集し続ける「一人電通」としてのみうらじゅんにも刺激を受けるけれど、僕は今更そんなふうに生きることができそうにもなく(というよりもその仕事を受け継げる人は他にいるだろう)、それよりも、同世代の友人たちの語る、みうらじゅんのピュアな――特に音楽に関連した――エピソードのほうが印象的だった。

 夜、新宿眼科画廊へ。Qの久しぶりの新作公演『毛美子不毛話』を観る。4日しか公演がないせいもあるだろうけれど、ぎゅうぎゅうの客入りだ。これがびっくりするような公演だった。どんな物語であるのか、ダイジェストで説明することもない不条理な話だ。僕は、不条理な作品には否定的な気持ちになることが多いのだけれども、この作品は「なんだこれは」で片づけるわけにもいかないという、何か迫力のようなものを感じる。アラを探せばいくつもあるだろう、しかし、市川佐都子の描く世界には、この世の中において言語化されることのない唸り声のようなものを感じる。観客である私は、その正体について考えなければならないが、まだ言葉にならないでいる。とりあえず上演台本を購入して劇場を出て、新宿三丁目の「日本再生酒場」でクールダウン。帰りはタクシーを拾った。運転手さんと世間話をしていると、「いや、しかしお客さんはラッキーですよ」と言う。今日は忘年会シーズンの金曜日ということもあり、もう少し遅ければタクシーを拾えなかったのではないかという。世間はもうそんな時期なのかとびっくりした。