7時過ぎに起きて、録画したNHKアーカイブス『湯を楽しむ 日本人と温泉文化』観る。最初に紹介される1964年放送の「日本の伝統 湯」では、湯が信仰の対象ともなってきたことが紹介される。山形の湯殿山神社には本殿や拝殿はなく、大きな岩とそこに湧き出る湯がご神体となっている。「岩のあいだから湧き出る湯が、何か神秘なものと写り、そして、髪が形をかえたものとして信仰の対象とさえなったのである」のだとナレーションで語られる。同じく山形の今神温泉では、入浴するときはまず、湯船の正面に祀られた今熊野三社大権現に神の湯を汚さないことを誓う。そして湯に入ると終始手を合わせて真剣に祈りを捧げる。その姿に驚く。湯というのは信仰の対象であったのか。僕が小さい頃は「風呂の神様に休んでもらう」と言って元日は風呂に入れなくて不満に思っていたことを思い出したが、あれも湯に対する信仰だったのだろうか。

 後半に紹介されるのは「新日本紀行 道中 那須の湯けむり」(1979)という番組だ。那須の農村に暮らすおばあさん二人組が、農作業の疲れを癒すべく湯治に出かける様子に密着しているのだが、こちらで驚いたのは温泉宿で自炊していること。温泉と自炊というイメージが、僕の中では結びつかなかった。しかも、このおばあさんたちが本当によくしゃべる。カメラが入っているということを差し引いても、かなりしゃべっているほうだろう。廊下ですれ違った人と「こんばんは」「こんばんは。風呂へ入りましたか」「ええ、とってもいい湯ですよ」「はいはい私も行きますよ」と言葉を交わしてすれ違うと、部屋に入る。「ええお邪魔します」。そこにいたのは知らない人たちだ。「はい、どうぞ」「はいどうも、はいどうも」と挨拶を交わすと、「お姉さんも少し」と酒を注がれ、「はいいただきます」「いや、こんなに」と、無音になると爆発してしまうのかというほどひたすらしゃべりっぱなしなのだ。田舎の人は科目でシャイだというイメージがあるが――他ならぬ田舎の農村出身の僕でさえそういうイメージがある――そんなイメージは嘘っぱちだったのだと思い知らされる。

 も一つ驚いたのは、今も書いたように、見ず知らずの人の部屋にも上がり込んでいること。ある温泉宿で、片方のおばあさんの姿が見えなくなった。もう一人のおばあさんは彼女を探して歩くのだが、他の客間を遠慮なしに開けて探してゆく。すると、ある部屋にその姿を見つける。それは茨城の養豚場の男性数人の部屋で、彼らと一緒に豚肉を食べていたのだ。今の日本人とはずいぶん感覚が違っているけれど、これがたった37年前の話だということに驚かされる。温泉や銭湯というのは湯をシェアする場所だけれど、湯にかぎらず、いろんな時間を共に過ごしている。さきほどの「日本の伝統 湯」で紹介されていた、昔の人は自分の家で風呂に入るのでなく、近所で湯を立てた家があるとそこで湯に浸からせてもらいにいくのだという話も印象的だったけれど、この「シェアする」という感覚を取り戻せば、日本はもう少し気楽に過ごせるようになるだろう。しかし、その感覚を巻き戻すのはかなり大変だという感じがする。

 昼、麻婆豆腐丼を食す。コーヒーを飲みつつ年末年始の予定を立て、電車の切符と宿を手配する。テレビでは録画しておいた『THE MANZAI』観る。この番組のCMではビートたけしが「おぬし!」という姿が使われていたけれど、千鳥の「おぬし」ネタ、たしかにこれまでで一番面白かった。夜は門前仲町に出かけた。18時、『S!』誌収録。年内最後の収録だ。最初のうちは他に客もおらず静かだったが、ほどなくして団体客が入ってきて騒がしくなる。どこかの会社の忘年会だろう。女将さんとおぼしき女性が団体客にやたら丁寧に接客する姿に、Tさんは「ここは駄目な店だね」とぽつり。「客を差別する」。たしかに、常連客を手厚くもてなすのが悪いとは言わないけれど、他の客の目の前でやるべき振る舞いではないだろう。店員さんが鍋の支度をし、さらに取り皿に取り分けようとしたところで、Tさんは「自分でやるから大丈夫ですよ。俺たちはしゃべるのが仕事だから、(編集部や僕で)食べて」と言う。そわそわした気持ちで鍋を平らげつつ、いつにもまして前のめりで話を伺った。

 2時間弱で収録は終わる。僕はTさんと一緒に神保町に出て、「S」。ハイボールを何杯か飲んだところで、『SMAP×SMAP』が始まる。来週はほぼ総集編になるというから、通常回としては今日がラストだ。ビストロSMAPのゲストはタモリ。それはわかる。しかし、歌のコーナーのゲストが椎名林檎というのはどういうことだろう。番組では「SMAPに楽曲を提供したことのある椎名林檎さんが初登場」と説明されている。しかし、SMAPに楽曲を提供したアーティストはいくらでもいるだろう。その曲の中で、椎名林檎が提供した「華麗なる逆襲」という曲が、どれだけ浸透しているだろう(しかも少しだけ流れたその曲は、SMAPに向けた曲というより椎名林檎の曲にしか聴こえなかった)。

 しかも、SMAPと一緒に歌う曲は「青春の輝き」だ。「東京事変の解散ライブでもアンコールで歌った思い入れたっぷりの曲です」と言うことだが、それが一体何だというのだ。こんなふうに書き連ねていると、よっぽど椎名林檎のことが嫌いなのだと思われるかもしれないが、僕は椎名林檎のことは好きだ(った)。しかし、オリンピックに向けて活動している椎名林檎のことはどうしても好きになれない。番組のスタッフも、どうして椎名林檎をキャスティングしたのだろう。ここでゲストに呼ぶべきは、Mr.ChildrenスピッツGLAY小室哲哉(が手がけたアーティスト)など、共に90年代を彩った誰かであるべきではないのか。「S」を出てからも、勝手に腹立たしい気持ちになって、数駅ぶん歩いて帰った。