朝6時に起きる。枕元にはコンビニで買ったじゃこ天が転がっている。それをかじりながら体を起こす。本当は6時過ぎのフェリーで八幡浜港から別府港に向かうつもりだったが、昨晩「みなと」で八幡浜臼杵航路の存在を知り、その航路であればもう少しゆっくり出発できるとわかったので、のんびり身支度をする。

 9時にチェックアウトして、八幡浜のフェリーターミナルへ。フェリーのりばというのはどうしてこうも旅情を誘うのだろう。2等のチケットを購入し、乗船。雑魚寝のような客室かと思いきや、リクライニングシートというのがあり、電源まで用意されている。シートの下には救命胴衣がある。この便が沈没すれば、救命胴衣を身につけて船から脱出できたとしても、すぐに凍え死んでしまうだろうなあ。フェリーの中ではパソコンを広げてひたすら仕事をする。揺れる。この潮が美味しい関サバと関アジを育てるのだろう。海を眺めて、美味しくなりますようにとお祈りする。

 12時、臼杵港に着く。今回の旅程は10日前に調べておいたのだが、災害の影響があり、臼杵から佐伯までは鉄道ではなくバスが代行していると表示されていた。バスはどこで乗れるのかと、フェリーターミナルから駅まで歩きながらJR九州のサイトを確認すると、つい1週間ほど前に日豊本線が全線運転再開したと表示されている。臨時に運転していたバスもなくなり、今からだと佐伯で200分待つことになるようだ。

 それなら急ぐこともあるまいと、産直市場のような店に立ち寄ることにする。このあたりの名物はふぐであるらしいのだが、店員さんから手渡されたメニューには、期間限定のものとして太刀魚の定食がある。3日前から始めたのだという。太刀魚の天ぷらや太刀魚の唐揚げ、中でも気になるのは「太刀南蛮」だ。チキン南蛮の太刀魚版である。これは他では食べられないだろうなと思いながらも勇気が出ず、無難に太刀魚の天ぷら定食をいただく。ビールがうまく、中瓶を2本飲んだ。

 日豊本線で佐伯に出て、ここから200分待ちだ。電車でこんなに乗り換え待ちが生じたのは初めてである。今日の夜にホテルで洗濯をするつもりだったが、チェックインできるのは結構深い時間になりそうなので、今のうちに洗濯しておくことにする。貸切状態のコインランドリーを、洗濯しているあいだ事務所のようにして仕事を進める。洗濯が終わると「ジョイフル」に移動し、仕事を続ける。コンセントがあるのでとても助かる。隣では初老の男性が熱燗を飲んでいる。17時に店を出て、コンビニへ。これから6時間も電車で過ごすので、何を買っておくべきか頭を悩ませる。まずはかしわめしのおにぎり2個と唐揚げがセットになったものを手に取る。それから、小腹が減ったときと、お酒――飲みかけのワインボトルがスーツケースに入っている――を飲むときのために、プラカップとちくわ、ビーフジャーキー、さきいかを購入する。これだけあれば十分だろう。

 佐伯では観光めいたことを何もしなかったけれど、とても良い町だと感じる。さっきの臼杵でもそう感じたのだが、こじんまりしている。九州にはこうした町が残っている。その印象は坂出とは対照的だ。何が違うのだろうかと考えていたのだけれど、やはりバブルの時代に空気を入れてしまった町は大変なのだろう。バブルというと語弊があるかもしれないけれど、昭和の終わりに瀬戸大橋が開通した時、坂出は湧いたはずだ。これからは新しい時代がやってくる――そうして規模が大きくなった町には、いつかガタがくる。それに比べると、臼杵や佐伯は特に町おこしが計画されるきっかけがないまま今日まで続いてきたのではないか。

 こうした風景がいつまで残るのかわからないけれど、乗り換え駅だというのに駅舎もこじんまりしていて、駅前に小さな饅頭屋があり、古い酒屋の蔵がある。その町並みを眺めながら、もう一度この町を訪れる機会はあるだろうかと考える。僕が旅めいたことをし始めたのは2004年に原付を購入し、バンドを追いかけ始めたときからだ。それから2011年までは、原付で、青春18きっぷで、あちこち出かけてきた。2011年からは原付に乗らなくなってしまったけれど、演劇を観たり、あるいはドライブインを訪れたりするために放浪してきた。今回も、大きなスーツケースを引きながら、関西から四国、そして九州と、転々と旅をしている。単発で取材に出ることはこれからもあるだろうけれど、こんなふうに旅をするのは今回が最後だろう。ふとそんなことを考えて、センチメンタルな気持ちになる。

 佐伯からの電車は空いていた。この乗客数であれば、昼から夕方までの時間帯に電車が運行していないのも頷ける。ただ、延岡で乗り換えるとそれなりの混み具合だ。外はすっかり暗くなっていて、風景を楽しむというわけにもいかず、ビールを飲みたいという気持ちが強くなってくる。次の乗り換えは蓮ヶ池という駅で、調べてみると駅から徒歩7分の場所にセブンイレブンがあるようだ。電車は少し遅れていたこともあり、乗り換え時間は15分だ。蓮ヶ池駅に到着してみるとそこは無人駅で、駅舎もなく、目の前には団地が広がっているが人の気配はなかった。スーツケースを引きずっていてはとても間に合わないので、ホームの隅にリュックと一緒に隠しておいて、コンビニ目指して走る。名前も知らなかった町を、ビールを買うためだけに走っている。そう考えるとおかしかった。街灯も少なく、星がよく見える。ビールを3本買って、無事に駅まで引き返す。

 蓮ヶ池からの電車は今日の目的地である鹿児島中央行き。あとは3時間近く乗っているだけだ。宮崎でたくさん人が乗ってくる。忘年会帰りの空気が充満する車内で、ちくわをもそもそ食べつつ缶ビールを飲んだ。明日の取材の質問リストを作り終えた頃に鹿児島中央駅に到着し、ホテルにチェックイン。さすがにこの時間から飲みに出る元気もなく、パソコンやモバイルバッテリーを充電器に接続しておいて、ワインを1杯飲みかけたところで眠ってしまった。