5時半に起きて、シャワーを浴びる。6時25分にアパートを出て、日暮里からスカイライナーに乗り、成田空港第3ターミナルを目指す。高田馬場に住んでいた頃の名残りで、これまで「羽田の方が近い」と思い込んでいたけれど、はたと気づいた。羽田空港までは最低でも1回以上乗り換えが必要になる。でも、成田であれば日暮里からスカイライナーに乗ればあっという間に空港だ。特急料金がかかるとはいえ、成田発のLCCに乗るのであれば割安だ。それで今回は成田空港を選んだ。

 10時15分、鹿児島空港に到着。連絡バスで天文館に出て、まずは腹を満たすことにする。老舗の百貨店・山形屋(2号館)にある「やぶ金」へ。桜島フェリーでうどんとそばを出している店だ。桜島フェリーはわずか15分の航路だが、そのうどんは人気で、地元では馴染みの味である―—ということは以前から知っていた。ただ、今回ここを訪れたのはそうした理由ではない。「やぶ金」は山形屋のデパ地下にあり、店頭では各種天ぷらを販売していて、奥にはうどんやそば、丼モノのイートインがある。僕はいなり寿司が2個ついたうどんセットを注文。エビ天がのったうどん、やわらかくておいしい。

 僕がこの「やぶ金」を訪れたのは、ある話を確かめるためだ。今回鹿児島を訪れたのはドライブインの取材が目的である。めあてのドライブインには昨年末に取材をしているのだが、追加で確認したいことがあり、こうして鹿児島を訪れている。その一つは、この「やぶ金」に関する話だ。ドライブインを経営するご夫婦は、「山形屋の裏にあるやぶ金でお見合いをした」と話していた。検索すると、現在ではフェリーとデパ地下にだけ店舗があるらしかった。そことお見合いというのがどうにも結びつかなかった。国会図書館でも調べてみたのだが何の情報も見つけられなかったのだが、食事を終えたあとで年配の店員さんに尋ねてみると、「そうそう、昔はここにね、5階建ての大きな食堂があったんですよ」と教えてくれる。足を運ぶのは大事だ。そして食堂の名物は天丼だったと聞き、うどんセットではなく天丼セット(天丼にミニうどんかミニそばが付く)を選べばよかったと後悔する。

 お腹も満ちたところで鹿児島県立図書館へ。先日、インターネットからレファレンスサービスを申し込んでいた。昨年末にドライブインのご夫婦から聞いた話に裏付けをしたくて、いくつか相談を送っていた。窓口に行ってみると、「ああ、橋本さまですね」とたくさん資料を出してきてくれる。レファレンスサービスを利用するのは初めてだが、どうして今まで利用しなかったのだろう。目からうろこだったのは、職業別電話帳を出してくれたこと。ある時期の職業別電話帳には「ドライブイン」という項目がある。所蔵している年度分をすべて出してもらって、それをもとにgoogleマップで地図を作成。どんなふうにドライブインが増えて行ったのかを地図で眺められるようにしておく。

 郷土資料も読み込んでみるつもりでいたのだが、これ以上情報は出てきそうにないので、2時間ほどで図書館をあとにする。ドライブインを再訪するのは明日の朝のつもりでいたけれど、お店のご夫婦に相談して、今日のうちにお邪魔することにする。鹿児島駅から電車に乗り、加治木で電車を降りて、タクシーでドライブインを目指す。15時過ぎに到着。表には手書きのメニューがいくつも並んでいるのだが、「アメリカンステーキ」なんてものもある。そのせいか、前回訪れたときは兵隊のようなヘルメットをかぶっていたお父さんが、今日はカウボーイのようなハットをかぶっている。花椿ビスケットを手渡して、2時間お話を伺う。話を聞き終えると、「せっかくだから、うどんをご馳走しましょう」とうどんを作ってくださる。帰り際、今年で87歳を迎えるお父さんが「また遊びにきてな」と手を差し出す。握手を交わし、タクシーに乗り込んだ。

 鹿児島中央駅まで戻り、ホテルにチェックインしたのち、せっかくだからと飲みに出る。かつて飲みに出かけた店はどこだっただろうかと天文館を彷徨う。ビルの1階にあり、扉で仕切られていなくて開け放たれたスペースに、6人掛け程度のカウンターがあり、そこで焼酎を飲んだ記憶がある。あれはどこだっただろう。しばらく散策していると祇園会館ビルに出た。このビルは、さきほど話を聞いてきたドライブインのご夫婦があるお店を経営していたビルでもある。僕が探していた飲み屋は、この祇園会館ビルの1階にあった。ああ、ここだったのか――これまでドライブインで聞いてきた話を付き合わせると、かつてご夫婦が経営していた店の一つというのは、まさにこの場所にあったはずだ(僕が訪れたときにはもう別の人が経営していたけれど)。

 祇園会館ビルは老朽化のため取り壊しが決まっているのだと聞いた。祇園会館ビルの店は1軒も営業していなかった。それが日曜日であるせいかどうかはわからなかった。僕は祇園会館ビルの近くにある「ゆ」(6号店)という居酒屋に入り、桜島という芋焼酎があるのを見つけてお湯割を注文した。お湯割は300円である。さつま揚げと、名物だという豚足を注文し、梅崎春生桜島」を再読する。今日話を聞いたご夫婦は桜島のご出身である。『月刊ドライブイン』の原稿を書き上げる前に、この小説を再読しておかなければならないと思っていた。お湯割を5杯飲んだところで会計を済ませ、鼻歌を歌いながらひと気のない町を歩く。