8月31日

 8時に目を覚ます。午前中はフリーだ。写真家のNさんが迎えにきてくれて、行きたいところに連れて行ってくれるという。まずは池原酒造を訪ねる。白百合を作っている酒造所だ。こじんまりとした酒造所で、基本的には酒造りに専念されているようだけれども、お願いすれば店頭でも購入できるらしかった。ただ、今では東京のアンテナショップでも購入できる時代で、瓶が割れてしまう心配もある。迷った挙句、タオルを買い求める。対応してくださったのは三代目の方で、まだお若く、「どなたか『水曜日のダウンタウン』がお好きな方がいらっしゃるんですか?」と話しかける(本棚に藤井健太郎さんの著書が並んでいた)。どうやら三代目の方がお好きらしく、僕も毎週観てますと謎の報告をして酒造所をあとにする。

 池原酒造の近くに、古くからのお屋敷があり、せっかくだからとそこも見学する。赤瓦の古いお屋敷で、そこは昔、石垣を治めていた人が暮らしていたのだという。そこの管理人を務めている方は、その子孫にあたる方で、「このあたりには昔、津波があって、この建物も流されたんだけど、それを再建したのが今の建物だ」と教えてくれる。昨日、島のあちこちを移動していたときにも、その明和の大津波の話をあちこちで耳にした。ここのお屋敷を管理されている方によれば、石垣島には500年くらいの周期で津波の被害に遭ってきたそうだ。ここでの“まえのひ”は津波であるのだなと思う。

 石垣島にも公設市場があるというので、次はそこを見学に連れて行ってもらう。アーケード街の中に比較的新しい建物があり、そこが公設市場なのだった。半地下のようになっていて、中には肉屋と魚屋が並んでいる。肉屋のショーウィンドウにカニカマがあり、僕の知っているカニカマとは別物なのかと思ったけれど、いわゆるカニカマであった。どうして肉屋さんで売られているのだろう。那覇の市場と違って、ソーキ骨や豚だし骨といった商品がサイコロ状で売られている。公設市場をぐるりと眺めたあと、近くの新刊書店に立ち寄り、Nさんが出版されたばかりの写真集と、それに『「学校芸能」の民族誌 創造される八重山芸能』という研究所も購入する。いずれも6千円を超える本だが、こういう場所で出会うと、俺が買わねば誰が買うという気持ちになる。

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 勝手な使命感に駆られているうちに、さきほど三代目に「いつも白百合を飲んでいます」と伝えなかったことが悔やまれる。この年齢で初めて石垣島を訪れて、次がいつになるのかもわからないのに、どうして伝えなかったのだろう。Nさんにお願いして池原酒造まで引き返してもらうも、表に三代目の姿はなく、せめて本店を訪れた記念にと白百合を一本購入する。そこから少し移動して、古書カフェ「うさぎ堂」を訪れる。カフェが併設されていることもあり、明るくて開放感のある店内だ。一瞬靴を脱いだ方がよいのかと思ったけれど、土足でオーケーだ。ここでも何冊か買い求める。八重山――最近までこの呼称がどこを指すのかも把握していなかったけれど、石垣島竹富島小浜島、黒島、鳩間島波照間島新城島西表島由布島、そして与那国島を指し、宮古島は含まれないようだ――の歴史に関する本を何冊も買いたくなるけれど、いや、まずは沖縄本島の歴史が先だと、沖縄本島に関する本ばかり買った。しかし、八重山にも出版社があり、那覇では見かけなかった八重山の本もたくさん見かける。八重山には独立した新聞社もある。

 11時半に編集者のTさんとも合流し、取材。取材の流れで、川平湾でグラスボートにも乗った。グラスボートの受付の看板は、沖縄本島のみーばるビーチにあるグラスボートの看板とよく似た質感で、この質感が流行りだった時代があるのだろう。こちらのグラスボートは、昭和62年に創業したのだという。小学生の頃に沖縄を訪れたとき、グラスボートに乗った記憶はうっすらある。そこで見た魚の記憶は正直薄く、グラスボートという乗り物の不思議さのほうが強く残っている。30年ぶりにグラスボートに乗ってみたが、ちょうど干潮の時刻で、川から流れ込んだ砂の影響もあって水は濁っていて、あまり魚は見えなかった。そのかわりにと、グラスボートは外海にまで出た。そこにはアオウミガメが何匹も佇んでいた。グラスボートの影が近寄ってきたことで、外敵から身を守ろうとしているのだろう、サンゴ礁の中でじっと息を潜めている。しばらくすると、そのうちの一匹が海面にまで上がってきて、一瞬だけ顔を出した。4、50分に一度、こうして息継ぎをするのだという。あんな一瞬の息継ぎで40分も潜っていられるのかと驚く。そういえばウミガメと遭遇できたのは今日が初めてだ。

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 17時に空港までたどり着き、取材を終える。荷物を預けて、ピバーチという香辛料をお土産に買い求める。ちょっと癖のある香辛料で、八重山そばにはこれをかけるのだと教えてもらった。その香りが気に入り、「家で適当に炒め物を作るときに、これをふりかけるだけで良い味付けになる」と思ったのである。早めに手荷物検査を通過して、ビールを飲みながら窓の外を眺める。しばらくして、僕がこれから乗ることになる飛行機が到着する。飛行機に接続された通路を、乗客がぞろぞろ降りてくる。その外側にはしごがかけられていて、制服姿のスタッフが中の様子を伺いながら待機している。清掃スタッフなのだろう。自分が降りているとき、そのすぐ外側にはこんな風景が広がっていたのだなあ。すべての乗客が降りたのを確認すると、スタッフはすぐに機内に入り、8分ほどで作業を終えて戻ってくる。それと並行して、預け荷物も運び出されている。びっくりするぐらい丁寧に取り出している。「昔はもっと雑に扱うこともあったけど、こんな衆人環視の環境だから、最近はすごく丁寧ですよ」とTさんが教えてくれる。

 那覇空港でTさんと別れ、タクシーで宿を目指す。今回は那覇に2晩しか滞在しないので、一刻も早く飲みに出たくて、タクシーを選んだ。国際通りを走っていると、白人の若者達が強引に道路を横断する。「アメリカ兵ですよ。今日は土曜日だから」と運転手が言う。国を背負った「アメリカ兵」として見られているのに、ずいぶん不用意な行動をするものだなと思う。彼らの顔を見ると、高校生くらいにしか見えなかった。宿にチェックインして、すぐに居酒屋「信」に足を運ぶも、もうすでに「準備中」の札が出ている。店内に組合長の粟国さんの姿が見えたので、会釈する。今日で8月は終わりだが、案外観光客は多いらしく、路地にあるせんべろ酒場はどこも大賑わいだ。「足立屋」も満席だったので、早めに栄町市場まで歩いて「東大」に並び、焼きたびちを平らげる。8月が終わる。この夏のうちに話しておきたかったことがたくさんあるような気がするけれど、それを話すこともなく9月になる。

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