3月21日

 朝、「月刊ドライブイン」というキーワードでツイートが何件かあったと通知が届いている。投稿には「#絶メシ」とハッシュタグがついている。録画だけしてまだ観ていなかった『絶メシロード』で、『月刊ドライブイン』で話を伺った石川県志賀町の「ロードパーク女の浦」が登場したらしかった。さっそく再生してみる。登場人物が「ロードパーク女の浦」に到着するシーンですでに、店主が海辺のベンチに佇んでいる。そこからも、店主はやたらと海ばかり見つめており、嫌なことがあっても、こうして海を眺めているうちに心が落ち着いてくるのだと語る。それはまさに、『月刊ドライブイン』で聞かせてもらった話だった。

 ここ以外の話に関しては、「お店を取材すれば誰もが辿り着ける話」かもしれない。たとえば、夫が独断で「ドライブインをやる!」と言い出して、料理の経験もないのに、ある日突然ドライブインの調理を引き受けることになってしまったこと。最初はうまく作れなかったラーメンが、今や看板メニューになっていること。夫に先立たれて、ひとりで店を切り盛りしていること――それは丁寧に話を聞けば辿り着けるだろう(しかし、「絶メシ」=「絶滅しそうなメシ」=「絶やしたくない絶品グルメ」という観点から、そこに辿り着けるだろうかという疑問は残る。「絶やしたくない」と口にするとき、「絶えてしまっても構わない」ものが生まれてしまうのに、その境界線を引くことに無意識である人が、そこに辿り着けるだろうか。それに、夫がある日突然「ドライブインをやる!」と言い出して、妻がそれに振り回され、夫に先立たれたあとも店に立ち続けている――そんなケースが多いというのは、ドライブインを取材し続けて見えてきたポイントでもある。そこに至ったとき、ドライブインのことを「レトロ」で「昭和」が残る貴重な場所、みたいに称揚することはできないなと、あらためて思った。何度かテレビの出演依頼を受けたとき、ロケ先で「レトロ」や「昭和」というキーワードを立てるようにコメントして欲しいと求められたけれど、それは一切口にしなかった。でも、この番組では、それらのフレーズがごく自然に登場している)。

 しかし、そういったお店の来歴は誰でも聞き出しうる。でも、澄子さんから海の話を伺うまでには、いくつかの前段階があった。『月刊ドライブイン』もしくは『ドライブイン探訪』を読んでもらえばわかることだが、「ロードパーク女の浦」の回では、観光バスの時代のことに触れている。戦後の混乱期を脱し、生活が安定してきた時代に、観光バスによる旅行がブームとなる。その時代に脚光を浴びた場所のひとつが、松本清張の小説の舞台にもなった能登金剛だ。能登金剛を訪れたとき、僕はその風景にさほど感動できなかった。世界の絶景を、テレビやインターネットでたくさん目にしてしまっている。そんな僕の目と、カラーテレビやインターネットが普及していなかった時代の目では、風景を見る目がずいぶん違っているだろう。いや、それ以前に、旅行者が見る風景と、そこに暮らす人が見る風景とでは違っているはずだ。

 そんなことを考えていたこともあり、澄子さんに話を聞かせてもらったとき、「この風景を一目見ようと全国から旅行客がやってきたと思いますけど、澄子さんの目にこの海はどんなふうに映っていますか?」という質問をした。そうねえ、あんまり能登金剛のほうまでは観に行ってないんですよと澄子さんは笑っていた。インタビューを終えたあと、せっかくだから海を背景に写真をとお願いした。海が見渡せる場所にあるベンチまで行くと、澄子さんはこちらに背を向けたまま――つまり海を見渡すように――ベンチに腰掛けた。そちらに向かって座ってもらうと、写真が撮れないけれど、「こっちにむいてもらえますか」と言うのがなんだか躊躇われて、僕は澄子さんがこちらに向いてくれるまで待った。そんな流れで、叫びたくなるようなことがあっても、こうして海を見ていたら、だんだん心が落ち着いてくるのだという話を聞けたのだった。

 もちろん、そうして話を聞かせてくれたのは澄子さんであり、『月刊ドライブイン』は僕の創作ではない。ただ、とはいえ、これではノンフィクションはただテレビのネタ元にされて終わってしまう。別に「金をよこせ」といいたいわけではなく、あくまで仁義の問題である。こちらに事前に話がなくとも、エンドロールのクレジットに参考文献として名前が出ているだけでも十分だと思っていたが、そんなふうに名前が掲載されているはずもなかった。こうして日記を書いているのは3月22日の朝だが、版元から正式に抗議してもらおうと思っている。

 昼、知人はうどんを作り、僕は納豆オクラ豆腐そばを作って食す。午後は『AMKR手帖』の原稿に直しを入れてゆく。16時過ぎ、知人と一緒に散歩に出かける。不忍池に出てみると、ボートがたくさん浮かんでいるが、「去年より少ない」と知人が言う。缶ビール片手にぶらつく。去年までは見た記憶のない「桜に触らないでください」という看板が出ている。枝を引っ張って顔に近づけて写真を撮る人があまりにも多くて、僕も少し気になっていた。路面には宴席は禁止と貼り紙がある。ここにブルーシートを敷いて、ひとりでただ座り込んでいたらどうなるんだろうねと知人に言う。いや、邪魔だからどけって言われるだけでしょ。知人はつれない返事をする。いや、道路ならわかるよその理屈は、でも公園に佇んでいるだけの人間を移動させる理屈はないはずだとぶつくさ言い続けたが、知人はほとんど聞いていなかった。

 アメ横のガード下の飲み屋はどこも満席だった。なんだか何も起きていないように錯覚してしまう。しばらく歩き、「串カツ田中」(上野御徒町店)へ。飲み物半額パスの有効期限は3月29日までだから、これを使うのは今日が最後だろう。知人はすっぱいレモンサワーを、僕はハイボールを飲んだ。店員さんが、衛生面に考慮して、ソースは使い回さず廃棄していますという旨の貼り紙を貼っている。「串カツ田中」も苦戦しているのだろう。そこに小学校低学年くらいのこどもを連れた夫婦がやってきて、「予約した××です」と店員さんに告げている。「串カツ田中」を予約するということを考えたことがなかった。大人数ならともかく、入れなければ別の店でいいかというふうにしか考えてこなかった。こどもが嬉しそうにたこ焼きを焼いている姿を向こうに眺めながら、ハイボールを飲んだ。

 19時、「FNS歌謡祭」が始まるのに間に合わせてアパートに帰ってくる。ハイボールを飲みながら、20時台を待つ。どのタイミングでナンバーガールが登場するかわからず、冷蔵庫から乾杯用の缶ビールを持ってきたり、冷やしに戻ったり、うろうろする。いよいよナンバーガールが登場したところで、部屋のあかりを消し、缶ビールを開け、聴く。涙が出る。「乾杯!」の声に、テレビに向かって缶ビールを掲げる。そのまま番組を眺めていると、上白石萌音が出てくる。いろんな番組で目にしたことはあるけれど、気に留めたことは一度もなかった。しかし、その歌唱に撃ち抜かれる。声優なのだから、それはそうなのだけど、声だけでこんなに表現ができるのかと驚く。その肚の据わった佇まいにも。