4月11日

 日記を書き始める段階では、いくつかの出来事を書かずに済ませるつもりでいた。それは誰かに読まれることを意識しているからだろう。ただ、はてなブログに移行する前、はてなダイアリーで日記を書いていたとき、「これは日記で、それ以上でも、それ以下でもありません」とプロフィール欄に書いておいた通り、ただの日記に過ぎない。だから記憶に残っていることはひととおり書いておく。自分を正当化するためでも、誰かを批難するためでもなく、ただ記録として書く。

 7時過ぎに目を覚ます。ケータイを開くと、全日本柔道連盟クラスター感染が発生したおそれがあると報じられている。文京区だからすぐ近くだと思う。近くだからといってどうということでもないけれど、「文京区」という文字をしばらく見つめる。テレビのチャンネルはTBSに合っている。柔道女子のホープらしき女性がスタジオに登場する。同じスタジオには、「あこがれの選手」を演出するためだろう、柔道着姿の小さなこどもたちがぎっしりと集められている。

 たまごかけごはんを食べながら、琉球新報を読む。一面には「『慰霊の日』式典縮小も」と見出しが出ている。昨日は「戦没者追悼式 縮小検討まだ/県担当者『現時点で』」と書かれており、その隣には隣には「広島原爆の日 式典縮小検討」と出ていたが、記事が出たことで「何か対応を」となったのだろうか。ただ、「縮小も」と見出しにあるけれど、知事のコメントは「恐らく若干規模を縮小してやるのではないか」と、ゆるやかな言葉だ。

 10時過ぎ、ジョギングに出る。ずいぶん久しぶりだ。こないだ送られてきたA.Iさんからのメールに「ランニング」という言葉があり、そうだ、彼女たちはもう『c』に向かって走り出しているのだと思う。僕は観客席から観るだけなのだけれども、この生活が続くとからだがなまってしまうので、走っておくことにする。なにかが気になったとき、ひょいひょい動けるだけの体力がなければ、見落としたり聞き落としたりしてしまう。

 人通りが少なそうな道を選んで走る。もうすぐ不忍池だというあたりで、歩きながら煙草を吸う男が見えた。正確に言うと、大きく吐き出す煙が見えた。追い抜きながら思わず舌打ちが出る。不忍池のほとりに達したところで、後ろから背中を触られる。立ち止まると、煙草を吸っていた男が立っている。「さっき舌打ちしてったけど、なんか文句ある?」と男が言う。いや、ここは路上喫煙禁止区域だからと言ってジョギングに戻ろうとすると、再び男が追いかけてきて背中を触る。「え、だから何、なんか文句あんの?」と男は続けながら、ぺたぺたと背中を触り続ける。それはわざとそうしているのだろう。この状態のまま話し続けるのは嫌になり、「警察行きましょうか」と切り出す。おお行ってやるよ、なんだお前、と男が言うので、近くの交番に向かって歩き出す。交番の前まできたところで振り返ると、そこには誰もいなかった。

 30分ほど走り、アパートにたどり着く。テレビでは『王様のブランチ』が映し出されている。今日もゲストの多くはリモート出演中だ。パンサーが二手に分かれ、ラーメン屋を巡っている。パンサー向井は、何度かに分けて麺をすする。最後のひとすすりも、汁が散らないように、箸を添えてすする。パンサー尾形は、すすっている途中で麺を噛み切り、早めにコメントしようとする。その所作の違いが気にかかり、「なんでこんなに違うんだろう?」とつぶやくと、「前にラーメンマニアが番組で言いよったけど、3回に分けてすすると美味しそうに見えるらしいよ」と知人が言う。

 しばらく眺めていると、コーナーが切り替わる。アナウンサーだったか、スタジオの男性が「主婦の皆さん!」と呼びかける。それに続けて、リモート出演中の既婚者である女性たちひとりひとりに呼びかける。そして、外出自粛が呼び掛けられる今、三食ぜんぶを作るのは大変だろうと、コンビニ各社がさまざまな取り組みを行っているのだと紹介する。リモート出演中の鈴木あきえが、最近はもう、主婦業に疲れが出てきてましてとコメントする。そんなこと言わないでくれよと思う。僕は『王様のブランチ』に出演する鈴木あきえの素晴らしさを知っているし、現在もタレント活動をしているのだから、あなたは「主婦」ではないはずだ。

 昼は焼きそばを作り、昨日の回鍋肉の残りと一緒に食べる。午後、知人に確定申告の書類を作ってもらう。昨年の収入や源泉徴収額、経費は勘定項目ごとに計算してあるのだが、「書類を作成する」ということにエネルギーを燃やせず、そういった作業に慣れている知人に「5千円でお願いします」と委託する。2時間ほどで終わったらしく、「これは5千円やと割りに合わんのう、1万円はもらわんとのう」と独り言のように言っている。僕はそのあいだに原稿を書いた。昨日のうちに3600字まで書いておいたものを、推敲し、6400字まで書き進める。最後のひと段落は明日書くことにする。

 しかし、「多くとも5000Wまで」ということになっていたけれど、どうしよう。削りたくはないんだよなあと思っていると、日が暮れた道の中を石焼き芋のトラックが通りかかり、しばらくうちのアパートの向かい――広場の前――に停車する。近所の人が焼き芋を買いにくる気配はなかった。「いしやーきいもー」という音声がうちに向かって鳴らされているように思えてきて、全開になっていたカーテンをじんわり閉める。ほどなくしてトラックは走り去ってゆく。