5月4日

 具合が悪くて、6時半には目が覚めてしまった。内臓がくたびれている。酒を飲み過ぎているのかと思ったけれど、だんだんお腹が痛くなってくる。これは辛いものを食べたときの感じだ。知人がいちから作った麻婆豆腐に花椒と鷹の爪がたっぷり入っていたので、スパイス取り過ぎたのかもしれない。何度かトイレと往復して、ぐったり過ごす。昨日、持続化給付金を申請するには「事業所得」として確定申告をしておく必要があり、「雑所得」として申請していた場合は対象外だという情報がタイムラインに流れてきた。それで生計を立てているのに、「雑所得」として申請していたばかりに対象外とされているミュージシャンを救済できるようにと、署名が立ち上がっていたのだ。

 ぼくが最初に確定申告をしたころに、書類の記入方法を誰かに聞いたり、原稿料は何所得に当たるのかと検索したりして、「雑所得」として記入してきた。ということはつまり、現状では持続化給付金の対象外となるようだ。修正申告をするか、今後それが対象内とされることに期待するしかないとあり、ぼくの活動も持続化されると思っていた期待が泡と消え、意気消沈していた。お腹も痛いし、給付金ももらえないし、天気も悪いし最悪だとぼやいていると、「何言いよんや、雑所得なわけないやろ」と知人が言う。本業じゃない人が講演とかで収入を得たら雑所得やけど、それが本業なんやから、事業所得やろ、と。もしかしてと思って、知人に作成してもらった確定申告書類を見返すと、きちんと「事業所得」として記入されていた。腹の痛みに苦しみながらも、知人をベタ褒めしておく。

 腹は痛むが、腹が減る。昨日の夜は麻婆豆腐とプロ野球チップス(佐野恵太と高橋周平が入っていた)しか食べなかったので、いつもより腹が減っている。温かい麺が啜りたくなって、キャベツを刻んで炒めて、サッポロ一番みそラーメンの上にのっけて食べる。一度は「二度と観ない」と心に誓っていた『スッキリ!!』を、最近またつけておくようになってしまった。イギリス在住の宇多田ヒカルが初めてインスタライブをおこなったということがニュースとして報じられている。エンタメコーナーでは、韓国のプロデューサーが仕掛けているアイドルのオーディションの様子も放送されていた。リクとマヤ、どちらのパフォーマンスをより長い時間観たいかと、dボタンで投票を呼びかけている。こんなことをするために双方向性という技術は開発されたのだろうかとぼんやり眺めていると、リクには10万票、マヤには5万票が投票されていた。10万票なんて数は初めて観たと、スタジオからも驚きの声が上がっている。平日の午前を自宅で過ごしている人がそれだけ大勢いるということなのだろうか。

 痛みに耐えながらひたすらマリオカートをやっているうち、少しずつやわらいでくる。午前中はほとんど仕事にならなかった。昨日のYMUR新聞にぼくの書いた書評が載ったのだが、それのスクリーンショットをアップしている人がいる。そして、それを著者が引用リツイートしているのを目の当たりにし、がっくりする。遡って確認すると、まずは書評が掲載されていることを著者にリプライした人がおり、それを受けて「そうですか!まだ見てないです。誰かー!」と返し、スクリーンショットを見つけて引用リツイート、という流れだった。読者はともかく、書き手である人間が、著作権に対する意識はないのか。

昼、キャベツ、もやし、豚コマ肉入りの焼きそばを作り、知人と一緒に平らげる。午後、ぼくは写真の整理をする。知人はめずらしく、昨日からずっと読書中だ。読んでいたのは、うちに送りつけられていたプルーフだ。プレスリリースを挟んだだけで、何も書き添えずに送られてきたことに腹を立て、放り投げていたのを見つけて、昨日から読んでいたらしかった。それはイギリスの格差社会をテーマにしたエッセイだったこともあり、プルーフを読み終えると、ぼくの本棚から似たテーマの本はないかと探して、『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した』を読みだす。

 17時45分、皿を持ってアパートを出る。団子坂にある「たこ忠」――本当は「三忠」だが、たこが看板料理の店だから間違えて「たこ忠」と呼んでしまって、一度呼んでしまうとそちらのほうがしっくりきたので、うちではそう呼ぶことになった――を訪ね、アジのお刺身をこの器に持ってもらえませんかと注文する。一緒にアジフライも買い求める。調理が終わるまで表で待っていると、あとから母子連れがやってくる。こどもは小学校の真ん中ぐらいだろうか。「ほんとさ、やりたくないってぎゃあぎゃあ言うなら、やめればいいじゃん。パパとママのストレスすごいんだよ? もうさ、普通の教科書レベルの勉強だけやってればいいじゃん。ママは高校受験したことないからわかんないけど、普通の学校に行って、ママの知らない世界に行っちゃえば?」。ぼくには何ができるだろう。口を挟むわけにもいかず、ただずっと母親を凝視していたけれど、視線に気づいてもいないのか、母親は説教を続けていた。

 18時に晩酌を始める。一昨日放送された『さんまのお笑い向上委員会』は総集編だが、ただの総集編ではなく、さんまがひとりで過去の放送を振り返ってゆく。どこかラジオのようで面白く観る。続けて、今季いちばん楽しみにしているドラマ『美食探偵』を観た。エンディングテーマは宇多田ヒカルだ。それを観終えると他に再生するものがなく、Netflixに加入してしまう。そうして宇多田ヒカルが2018年におこなったライブ『laughter in the dark』を観た。そんなに熱心に聴いてきたつもりもないのに、ほとんどの曲を知っていることに驚かされる。ぼくと知人は同学年だ。「いや、15歳であんな曲書くって衝撃やったよ」と知人は言うけれど、ぼくはそこまで「衝撃」とは感じなかった(オセロの中島が『笑う犬』でパロディしていた映像と一緒に思い出される)。ただ、思い返してみればプロモーションビデオのDVDも買ったことがあるし、「addicted to you」がタイアップしていたソニーのMDを買った記憶も甦ってくる。

 ライブ映像を見つめながら、プロ野球チップスを食べる。今日は中日の福田永将オリックス・バファローズ吉田正尚が入っていた。漫然と集めるよりも、自分の贔屓の球団があったほうが楽しいだろうなと考える。文京区に住んでいるのだから、一番近い球場は東京ドームで、歩いても通えるだろう。しかし、広島に生まれ育ち、高校生までは阪神ファンだった人間が、巨人ファンというわけにもいかないだろう。ここ数年で足を運んだことがあるのは神宮球場であることだし、今日からヤクルトスワローズのことを気にかけて生きていく。

 布団を敷く前に、今日の『news every.』の録画を再生し、総理大臣の記者会見を見た。途中、持続化給付金は8月にも支給をと言い出し、知人と顔を見合わせる。そんなに時間がかかるのかと愕然としていると、知人はツイッターを検索し、「8日の言い間違いだったらしいよ」と言う。人間誰しも間違いがあるけれど、8日と8月を間違うというのは政治家としてもう致命的だ。プロンプターに8月と表示されていても、8日と正しくスピーチできる人間でなければ、普通に考えて国政を担えないのではないか。

 「友人同士でのオンラインでの交流など、インターネットや、SNSを使って、人と人の絆を深め、楽しもうという、自宅での時間を、楽しもうという方々がいらっしゃることに、大変勇気づけられます」。「今年は、オンライン帰省などのお願いをしております。そうすることで皆さんの、そして、愛する家族の命を守ることができます。ご協力に感謝いたします。いつか、きっとまた、家族でどこかに、出かける。そのときのために今どうか、おうちで、家族との時間、家族との会話を大切にしていただきたいと、思います」。「皆で、前を向いて頑張れば、きっと、現在のこの困難も、乗り越えることができる。国民の皆様の、ご理解とご協力をお願い申し上げます」。総理大臣が「おうち」か。この三つの箇所は聞きながら文字に起こした。このみすぼらしい日本語を忘れないように、声に出して呼んだ。