5月5日

 7時時半に起きて、ジョギングに出る。動坂上から吉祥寺に出て、引き返す。一小さなこいのぼりがはためいている。祝日でも走ってる、今日はこどもの日、と前野健太の歌声が頭の中に一瞬流れる。このあたりは住宅街になっていて、一軒家もたくさんあるし、小さな公園もあちこちにある。公園に人の姿はなかった。

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 3キロちょっと走ってアパートにたどり着く。コーヒーを挿れて、パンを焼く前に知人を起こす。昨日も一昨日も「会社に行って仕事をする」と言っていたのに、知人は家でごろごろしていた。会社行くんやなかったんかと声をかけると、布団をかぶりながら「いかん」と言う。やらんといけんことがあるのに、そうやって先延ばしにするけ、ギリギリになってしんどくなるんでと言いながら卓袱台を除菌していると、知人が布団の中でむにゃむにゃ言っている。なんて?と聞き返すと、「おっしゃるとおりです」と力なく言う。

 食パンを焼きながら、バター担当大臣、と呼びかけると、知人が嬉しそうに起きてくる。バターを切り分けて皿に乗せると、「もー、やめてよー、なんでそんなことするん」とひとりで言いながらリビングに引き返しながら、誰かに無理やりそうさせられているようなフリをして再び布団に潜り込んでゆく。それでも10時半には会社に出かけていった。午前中は友人のA.Iさんにメールを書いた。ぼくが口を挟むことではないことだと重々承知しているけれど、この件についてどう思うかと尋ねられたので、言葉を選びながらメールを書く。送信ボタンを押す頃には、もう13時になっている。お昼はレトルトカレーにじゃがいもを追加して平らげる。

 なんだか頭が痛くなってくる。集中してメールを書いたせいかと思っていたけれど、熱を測ってみると37.4℃だ。ここ数日、昼はもう夏みたいな気候になっていて、そこに気を取られているけれど、それなりに寒暖差があるせいだろう。ソファに横になって毛布をかぶり、ケータイの中に入っている写真を整理する。ほとんど重複している写真や、作業のために撮ったスクリーンショットを消去してゆく。しかし、フォルダにあるのは食べ物ばかりだ。10年前のものになると、それがどこで食べたものであるのか、判別つかないものも多くある。

 18時、そろそろ晩ご飯の支度をしておこうと起き上がる。連休前にまとめ買いしておいた食材もほとんど食べてしまって、ぎっしり詰まっていた冷蔵庫がすかっとしてきた。キャベツと、今日が賞味期限の豚バラ肉があるので、回鍋肉とコールスローを作ることにする。ふとインスタグラムを開くと、市子さんがインスタライブを配信中だ。ぼくは早い時間に寝てしまうことが多く、市子さんに限らず、翌朝になって「ライブ配信やってたのか!」と気づくことが多いけれど、こんな時間に珍しいなと画面を開き、うたを聴きながらキャベツを切る。最後に市子さんのライブを観たのは1月11日の草月ホールだ。歌声を聴きながらキャベツを刻んでいるうちに、猛烈に食欲が湧いてくる。これは野菜を切っているどころではないと、冷凍うどんを解凍し、釜玉みたいにして平らげる。

 画面の中で、市子さんが「外は戦場だよ」が歌い出す。まだお腹が減っている。これはきっと、からだが回復するのにエネルギーを欲しているのだと思って、冷凍してあったごはんも解凍して、たまごかけごはんにして食べる。そういえば草月ホールにライブを観に行ったときも、体調を崩しかけていた。開演が始まるのを待ちながら、自販機で売っていたほっとレモンを飲んでいた。でも、ライブを聴いているうちにすっかり回復して、帰りにコンビニに寄り、ビールを飲みながら地下鉄に乗ったことを思い出す。あんまりこういうことを繋げて抽象的に考えるのは好きではないけれど、あの日の記憶が甦ってくる。

 ライブから遠ざかって、うちで演奏する時間が増えて、歌い方が変わってきた気がする――曲と曲のあいまに、市子さんはそう語っていた。マイクを通さずに、身体を振動させて歌うことに立ち返る時間は、悪いことではないと思う、と。ちょうど1時間が経つ頃に最後の曲を歌い終えて、「うたがすきやで」という言葉を残して配信は途切れた。言葉を届けたくなって、市子さんに短くメールを送る。

 缶ビールを開け、配信を観ているあいだに帰宅していた知人と乾杯し、回鍋肉を作る。Netflixで『アイリッシュマン』を観ながら晩酌。登場人物たちには信仰がある。こどもが生まれれば洗礼を受ける。そして、晩年を迎えると、神父を前に人生を振り返る。作品を通じて老いが描かれるだけに、では、それを日本でこうして観ているわたしたちはどうやって晩年を迎えるのだろうと、チューハイを飲みながらぼんやり考える。途中で開けたプロ野球チップスには中村剛也上沢直之が入っていた。映画(?)が終盤に差し掛かったところで、ケータイが振動する音が聴こえる。そこには市子さんの名前が表示されていた。キッチンに移動して、ぽつりぽつりと言葉を交わす。ひとつ約束をして、電話を切った。