5月19日

 昨日はすぐに眠れなかったのに、6時には目が覚めてしまう。今日はYMUR新聞の書評を書かなければ。茹で玉子を作って2個食べて、付箋をつけたページを繰り、触れておきたい要素を書き出していると、編集者のAさんからメールが届く。昨日送った原稿を褒めてもらえて、ホッとする。ぼくからは「この一冊について原稿を書くのは」と提案したところ、別の本からの視点もということで、二冊をつなげて原稿を書いたのだが、ぼくが当初想定していた本について書いたパートを褒めてくださって、自分が欲を言ったせいでその部分が短くなって申し訳ない、もしかしたら次号もこの続きをお願いするかも、と言ってくれる。

 ほくほくした気持ちで書評を考える。触れたいところはたくさんあるけれど、そのすべてに触れるのはどう考えても無理だ。紙面を読む誰かに――新聞の書評欄に目を通すような誰かに――このタイトルのことを伝えるには何に触れるべきかと考えると、あっという間に原稿を書き終えてしまう。考え始めてから書き終えるまでいちばん早かった気がする。昼、「インド富士子」から二度目のお取り寄せをしたチキンカレーを平らげ、使い捨てマスクをつけてアパートを出る。千代田線に乗り込むと、3人がけの優先席に老人が座っていた。隣に誰も座らないようにするためなのか、折り畳み傘を床に広げていた。立ったまま千代田線に揺られ、1分ほどで西日暮里駅に到着すると、山手線に乗り換える。池袋で電車を降り、サンシャインのほうに進んでゆく。まだ小雨が降っている。驚いたのは、サンシャインに向かう道すがら、5人くらいキャッチを見かけたこと。こんな状況でキャッチだなんてと瞬発的に思ってしまったけれど、彼らが休業補償をもらえるのかどうかもわからず、彼らに声をかけられる女性たちがどんな状況にあるのかも自分にはわからないことである。わからないことには憶断を下さないようにしていると、なんにも言えなくなってくるけれど、べらべらしゃべりたいわけでもないので、黙って過ごしている。

 14時、M&Gの事務所を訪れ、話す。1時間ほど、今思っていること、今後のことを聞く。どちらかと言うとほっとしたというのが正直なところ。じっくり向き合うのだとすれば、たしかに「今から7月を目指して動き始める」というのでは圧倒的に時間が足りないところもある。自分が手渡せることは何だろうと考える。1時間ほど話したところで、この日が誕生日だったKさんのお祝いが始まる。シャンパンを開ける。Kさんの器は果実をくりぬいたメロンだ。Kさんへのプレゼントも、グレープフルーツの断面を柄にした器やレンゲで、それを目にして「あつもりみたい」と何人かが口にする。この場にいる6人のうち、4人はケータイアプリの『あつまれ動物の森』に勤しんでいる。隣に座る友人のA.Iさんが、これがF君の、これが私の島とスクリーンショットを見せてくれる。

 何がきっかけだったのか、競馬の話にもなった。Aさんは最近競馬にハマっているのだという。橋本さん競馬は?と尋ねられ、中学生の頃は夢中になってましたと答える。そして、これもその場で話したのだけれども、初めてひとり旅に出たのは中学生のころ、北海道まで牧場を観に出かけたのだ。牧場を観に行ってみたいというと、じゃあひとりで行ってこいと、父が航空券を手配してくれたのだったと思う。今思うと、なんと贅沢な少年時代だろう。え、どの馬が好きだったのと言われ、思い返しているうちに話が流れてしまったけれど、真っ先に浮かんだのはダンスインザダークマヤノトップガン、少し遅れて思い浮かんだのはライスシャワーサイレンススズカだった。Aさんがなぜ競馬に興味を持ったのかと不思議に思っていたけれど、あくまで予想をすること(そしてそれが的中すること)、目を読むことにあるようで、あんまり込み入って話すとぶつかってしまいそうなので、あまり話を広げなかった。ぼくが競馬に興味を持ったのは完全に『みどりのマキバオー』と『ダービースタリオン』の影響だ。馬のことが好きになるのと同時に、父親がぼくの予想を「参考」にしながら馬券を買ってくるようになると、予想が的中するかどうかばかりが気になるようになってしまって、次第に興味を失ったのだった。

 誕生日ケーキを皆で囲んでいたけれど、直スプーンで食べることはやっぱりどうしても躊躇われてしまったのと、ぼくより甘いものが好きな人はいるだろうと思われたのとで、シャンパンだけをチビチビ飲んだ。Fさんが「このあと、KさんとIさんに電話するつもりだ」というので、ああ、じゃあぼくがいたら邪魔だろうなといそいそと身支度を済ませ、事務所をあとにしてしまったけれど、もしかしたら「その様子も、橋本さんには見届けていて欲しい」と思っていたのかもしれないなと、今こうして日記を書いていて気づく。ビックカメラのあたりから地下街に入ると、池袋ショッピングパークの生鮮食品うりばが営業していたので、思わず立ち寄り、ホタルイカやまぐろのぶつ、それにサバの文化干しを買い求める。

 17時半にアパートに帰り、パソコンを広げると、YMUR新聞の担当記者の方から原稿拝受のメールが届いていた。「いつも以上に生き生きした感じがします」とあり、それは原稿を書くスピードとも関係あるのだろうかと不思議に思う。18時にはもう缶ビールを開けた。知人は在宅で仕事をしているが、無理を言って一緒に「始め」させる。昨日送った『AMKR手帖』の原稿には、ときおり食卓にのせてきたツマミのことにも触れていたので、そのツマミを作り、写真に収めてメールで送信しておく。夜は『グラントリノ』を再生したものの、1時間くらい経ったところで眠くなり、布団を敷いてもらって眠ってしまった。知人は最後まで観たと、翌朝聞いた。この映画は劇場で観たはずで、劇中でイーストウッドが飲み続けるブルーリボンというビールのことが気になっていた。映画が公開された頃は日本で手に入らなかったと記憶しているが、今検索してみると、去年の夏から輸入が始まったらしかった。ブルーリボン、どんな味がするのだろう。