10月8日

 昨晩は20時には「東大」をあとにし、22時からオンラインで配信されるトークイベントを観るつもりだったのに、早々に眠りについてしまっていた。3時過ぎに一度目を覚まし、駄目だ時差ぼけになってしまうと二度寝して、6時に体を起こす。7時過ぎにジョギングに出る。アーケードを抜け、開南せせらぎ通りに出ると、パトカーが停まっていた。すぐ後ろにはタクシーが停まっていて、扉のすぐ近くに人がうずくまっている。酔っ払いの扱いに困って警察を呼んだのだろう。アーケードの外に出てみると、小雨がぱらつき始めたので引き返す。警察が酔っ払いに「はい、頑張って! 雨が降ってきてるよ!」と声をかけている。「上原パーラー」をのぞくと、まだじゅーしーおにぎりは出来上がる前だ。「あとでまた買いに来ます」と美智子さんに伝えると、「橋本さん、今回もお仕事でこられれてるんですよね?」と尋ねられる。仕事ではありますけど、大半はこうやって街をぶらついているだけですと答えると、「もしよかったら、今日の6時ぐらいに来てくれない?」と言われる。それぐらいの時間に皆でまかないを食べるから、よかったら一緒に、と誘ってくださる。

 アーケードの下をジョギングする。酒盛りをしているうちに雨が止んだので、国際通りを走る。サンライズなはにあった沖縄銀行の出張所が姿を消している。そういえば公設市場のすぐ近くにある琉球銀行の出張所も来年でなくなってしまうのだと、昨日Uさんが言っていたことを思い出す。そこに銀行がなくなると、記帳も両替も歩いて15分ぐらいのところまで行かなければならなくなり、すごく不便になるとUさんは話していた。どうしてこんなに一斉に、まちぐゎーから銀行が撤退するのだろう。銀行というものが何をどう判断しているのか、ぼくにはわかりようもないけれど、そのことはあまり考えないように頭の奥に押しやる。出張所跡地の軒先で朝からビールを飲んでいる人たちが見えた。さらに走っていくと、軒先で野宿する人の姿もあったし、どこかにコンセントを繋いでタブレットを見つめている人の姿もあった。皆それなりの年齢の人たちで、そして皆男性だった。雨は上がったようなので、国際通りを走り、バスターミナルのあたりで引き返す。外だからというのがあるにしても、マスクをしている人が案外少なかった。ただ、投稿するこどもたちはマスクをつけている子が目立つ。

 ホテルに引き返してシャワーを浴びて、9時にホテルを出る。少し躊躇しながらもオリオンTシャツを着て、カメラを片手に歩く。ひとしきり界隈を歩き、「上原パーラー」でじゅーしーおにぎりを買って、パラソル通りで頬張る。界隈のお店では少しずつ開店作業が進められている。端っこのテーブルにだけ、座っている人の姿があった。あるお店が、軒先に空き缶用とペットボトル用のゴミ箱を出すと、ややあってその人はおもむろに立ち上がり、ゴミ箱を触り出す。蓋に貼られた「空き缶専用」と書かれた張り紙を折るような仕草で、この人は何をやっているんだろうかと呆気に取られていると、ゴミ箱を出したのとはまた別のお店の人が「おい、空き缶盗るな!」と大きな声で注意する。その男性はその声を意に介さず、蓋をあけ、コカコーラの細い空き缶を1個だけ取り出す。「おい、盗るなって言ってんだろ、ゴミじゃなくて資源で、回収にくるんだから、勝手に盗るな」と注意されながら、男性はのっそりとテーブルに戻り、卓上に空き缶を置いて眺めている。「朝っぱらからゴミあさって、みじめやのう」。罵声を浴びせられながらも、その人はそこに座り続けていた。

 いたたまれない気持ちになったのと、また小雨が降り始めたので、パラソル通りをあとにする。新天地市場本通りには、「元気ステーション ねむの木」という店舗があり、電子治療の実演販売をしているらしく、いつ通りかかってもマッサージチェアーのような椅子に座って店員から説明を受けているお年寄りたちで賑わっているのだが、開店前から店の前にみっしりとお年寄りたちが待ち構えているのを目にして、ぎょっとしてしまう。一度ホテルに引き返し、ネットを眺めていると、ぼくのRK新報の連載に合わせて掲載する写真を撮影してもらったときのことに言及されている記事を目にし、そこに「ちなみに橋本さんはいない」と書かれていて、これにもぎょっとする。別の書き手の取材の裏側のこと、同業者がこんなに気軽に書いて発信するのか。

 11時過ぎ、RK新報の取材。1時間ほどで話を聞き終えたのち、界隈をぐるりと歩き、「大衆食堂ミルク」でちゃんぽんとビール。「ちょっとふっくらした?」とお店の方に言われる。少し暗い気持ちになる。食後にコーヒーをと、今日も「ひばり屋」に向かったのだが、定休日で営業していなかった。引き返して「パラソルカフェ」でアイスコーヒーを注文し、パラソル通りで読書していると、小雨が降り始める。それとほとんど同時に、パン! と乾いた音がする。水上店舗の上にある電線から漏電しているのか、雨に反応して、ときどき火花が上がっている。音に反応し、近くの商店主が「なんか音がしてるね」と、パラソル通りに集まってくる。パラソル通り沿いの店主だけでなく、琉球銀行のガードマンや、かりゆし通りの果物屋さんやパン屋さんもやってきて見上げている。「あい! また火花が出たよ!」「早く電話かけんと」「いや、もう2時間前には電話したって」「もう一回電話したほうがいいよ。日が燃え移ったら大変よ。このあたりはぼろ家なんだから」。そんな言葉を口々に語る店主たちと一緒に、屋根を見上げる。たしかに火事になりかねない危険な状況ではあるのだけれど、次から次に人が集まってきて、なんだかワイワイした気持ち。

 このままだと荷物が濡れてしまいそうなので、ホテルに引き返す。そのあとはベッドに寝転んで読書をしていた。昨日と今日と、ザッピングするように安岡章太郎吉行淳之介の文庫本を読みあさっている。17時半に「上原パーラー」からお電話いただき、「そろそろ食べましょうね」と誘ってもらって、お店に急ぐ。到着してみると、ちょうど美智子さんが器に賄いをよそっているところだ。クーラーボックスをテーブルがわりにして、ゴーヤチャンプルとヤギ肉のカレーのプレートを出してくれる。朝に誘ってもらったとき、「橋本さん、ヤギは食べられる?」と聞かれたとき、ヤギ肉を食べたことがないのに、反射的に「食べられます、食べられます」と答えていた。つまりそれは嘘をついたことになるのだけれど、ヤギを食べることに抵抗があるわけではなかった。「ちょっとクセがある」とはよく耳にするものの、それを普段から賄いとして食べていて、それに誘ってくれるのだとすれば、断る理由はどこにもなかったし、「ああ、やっぱり内地の人にはヤギじゃないほうがいいのかな」と思わせたくなかったから、反射的にそう答えたのだった。

 カレーだからというのもあるのか、まったくクセを感じず、ヤギ肉は美味かった。原稿にも書いたように、「上原パーラー」ではネパール風のチキンカレーが販売されており、このネパール風のチキンカレーをお店のメニューに加えた方も一緒に賄いを平らげる。ネパールでもヤギ肉は日常的な食べ物らしく、こうしてカレーの具材にすることが多いのだという。上原パーラーは6時頃から営業しているけれど、お昼時から夕方にかけてはずっと買い物客で賑わうため、お昼ごはんを食べる暇がなく、こうして夕方になってようやくごはんが食べられるのだそうだ。これまでにも市場界隈で取材を重ねてきたけれど、こんなふうに賄いを一緒に食べさせてもらうなんて初めてだ。公設市場が一時閉場を迎えたときも、「閉場セレモニーのあとに2階で皆で飲むから、橋本さんも」と誘ってくれた店員さんがいたのだけれども、そこはぼくが足を踏み入れていい場所ではないと思って、行かずに済ませていた。そういう境界線のことはいつも考えていて、境界線をはみ出さないようにと気にかけてきた気がする。だから、こうして賄いをいただいているというのがとても不思議に感じられる。せっかくだから記念にと、賄いを頬張っている店員さんたちの姿を写真に撮らせてもらう。その写真を見返してみると、これまで撮ったことがない写真だという感じが強くする。