10月9日

 昨日は「上原パーラー」で賄いをいただいた上に、ヤギ刺しまでいただいてしまった。ヤギ刺しも美味く、これは泡盛だなと思いながら平らげた。それですっかり満足してしまって、昨日はめずらしく飲みに出かけず、部屋でビールを飲んで眠りにつく。今朝は6時過ぎに目を覚まし、7時半にコインランドリーに出かける。洗濯機をまわしているあいだ、カメラを片手に界隈を歩く。昨日気になっていた箇所を写真に収めておく。洗濯物を乾燥機に移し、「上原パーラー」で昨晩のお礼を言って、ジューシーおにぎりを買い、壺屋やちむん通りの入り口に腰掛け、おにぎりを頬張る。そこにはテーブルと椅子があるのだけれど、テーブルに空き缶が転がっているのを見ると座るのが躊躇われて、花壇の縁のようなところに座っていた。しばらくすると自転車をこいだ男性がやってくる。口笛を吹きながらビニール袋を取り出すと、散乱していた空き缶や、タバコの吸殻をステンレスのトングで拾い集めてゆく。「ゴミは持ち帰りをお願いしますね」とにこやかに言われ、「はい、もちろんです」と答える。

 洗濯が終わったところで宿に引き返す。K社から引き受けた案件について、テープ起こしを進めて、すぐに構成に取り掛かる。12時きっかりに腹が減る。ホテルを出て界隈を歩くと、今日は金曜日だからか、昨日までに比べて観光客が目につく気がする。仮設市場の1階にも観光客の姿をちらほら見かけた。ただ、「ちらほら」というのは、去年の6月までに比べると10分の1以下かも知れず、この3ヶ月のあいだに空き小間が増えてしまって、そこは観光客向けの撮影スポットに代用されていた。2階に上がり、生ビールとアーサーのヒラヤーチーを注文。他に誰もお客さんがいなかったので、パソコンを広げて作業しながらビールを飲んでいると、「マツモトさん、いらっしゃい」とSさんに声をかけられる。前に比べるとずいぶん暇してるけど、心は明るいんですよ、とSさんは言う。最近、ひとりでふらりとやってきたお客さんがいて、少し酔っ払っているようだったから、Sさんはホテルまで送ってあげたのだという。そのお客さんは、近しい人を亡くしてしまって、こんな時期に旅行に出てよいものだろうかと葛藤しながらも、沖縄にやってきたのだと、ホテルが近づいたところで話してくれたそうだ。ずっと気分が塞いでいたけれど、こうやって沖縄にきて、誰かと言葉が交わせるだけでも少し心が安らいだ、と。そんな話を聞かせてくれたSさんの心の中のことを考える。

 ビールを2杯飲んで、追加で頼んだゆし豆腐汁を飲み干したところで店を出た。「ひばり屋」でアイスコーヒーを飲みながら、対談の構成を進める。小一時間ほどでパソコンの充電がなくなりそうになったので、店をあとにする。見上げると青空が広がっている。少し見惚れていると、店主の方が「台風一過ですね」と声をかけてくれた。14時55分、昨日取材させていただいたお店にお邪魔する。15時オープンのお店で、開店直前に店員さんたちの姿を撮影させてもらうつもりだったけれど、もうすでにお客さんが何組かいらしていたので、カウンターに座り、ビールとツマミを2品ほど注文する。ツマミが出来上がったところで日本酒を注文し、ツマミと一緒に、紙面に掲載するための写真を撮影。その2品は季節限定メニューだったので、食べ終えたところで今度は定番メニューの中から2品注文し、再び撮影。それも平らげたところで会計をお願いすると、「いえいえ、お代は結構です」と店長が言う。そう言われる予感はしていたので、なんと返事をするかも決めていた。こうやって取材させてもらうときに、「掲載させてやるからタダで飲み食いさせろ」と言い出すとトラブルになってしまうから、撮影のためであってもキチンと代金を支払って、領収書をもらってくるようにと言われているんです、だからどうしてもお代を払わせてくださいとお願いすると、「いろいろ難しいことがあるんですね」と料金を支払わせてくれたのでほっとする。

 4品頼んだとはいえ、そのうちの2品は前菜のようなメニューだったのに、お腹が一杯だ。「ザ・コーヒー・スタンド」でアイスコーヒーを淹れてもらって、それを片手に歩く。途中でUさんのお店を通りかかり、少し立ち話をしていると、「ちょっと座っていきますか」と、新しく借りたスペースにぽつんと置かれた椅子に座らせてくれる。いまはまだがらんとしたスペースになっているけれど、そのうち工事をして棚を入れるのだろうから、こんなふうに座っていられるのも限られた期間のことなのだろう。界隈の今後について話していると、ぼくがどの立場から何を言っていいものかわからなくなることがあるけれど、今日もある段階で何も言えなくなってしまう。17時過ぎにおいとまして、ホテルに引き返す。まだお腹が膨れているので、宿で原稿を考えて過ごす。

 20時半になって外に出て、安里まで歩く。「うりずん」は大賑わいなので入らず、「東大」の扉を開くと、こちらも賑わっている。やはり「21時半開店」の印象が強く、2軒目にやってくるお客さんが多いのだろう。店主のMさんがひとりで慌ただしく働く様子を眺めながら、残波(白)の水割りを飲んだ。焼きてびちを焼き、注文があったおでんの具材を冷蔵庫から取り出して少し煮て、皿によそって出し、酒を出し、扉が開くとやってきたお客さんに「席はありますけど、とっても待ちます」と応じる――これを一人で引き受けている。「はしもっちゃん、頼みたいもの書いて」と言ってもらって、ゴーヤー黒糖酢、おでん(昆布、ちきあぎ、葉野菜)と書いておく。お腹を満たし、新しいボトルを入れて店をあとにする。栄町市場も、公設市場界隈も、金曜日だから酔客が溢れている。特に公設市場界隈の賑わいは目をみはるものがあった。比較的早い段階でこの界隈で飲み屋を始めたところは21時から22時までに閉店して、周辺に暮らす人に迷惑がかからないようにと気を使っている一方で、最近オープンした店の多くは23時を過ぎても営業している。大声で騒ぎながら飲んでいる人たちを見ていると、やっぱりぎょっとしてしまう。今では人口あたりの感染者数では東京に次ぐ数字になってしまっているのに――と言えば、「沖縄県民はずっと自粛を続けて、感染者0の状態を保っていたのに、米軍と、それに県をまたぐ移動が“解禁”されたせいで再び感染が拡大したのだから、この状況を招いたのは沖縄県民ではなく、外からやってきたお前らだろう」と言われてしまうだろう。そしてそれは本当にその通りなのだと思う。ただ、こんなふうにマスクなしで盛り上がっている様子を見ると、どうしてもぎょっとする。これは飲み屋に限らず、マスクなしで過ごしている店員さんの姿もわりと見かける。「マスクをせずに騒いでいる人たちにぎょっとする」と言いながらも、ぼくだって心のどこかで「もう緊急事態宣言の時期は通り過ぎた」と思ってしまっている。街を歩いていて、「しばらく臨時休業します」と貼り紙が出たままの店を見かけるたびに、『てんとてん』で何度となく耳にした、「どうしてそんなふうに日常に戻れるの?」という声がよみがえってくる。