1月7日

 8時過ぎまで眠ってしまう。それは昨日と同じなのに、酒を飲んだぶん体が重く感じる。アメリカでは大変なことになっているようだけど、朝の情報番組はどこも緊急事態宣言で生活がどう変わるかを報じている。ストレッチをして、ゴミを出し、昨晩の洗い物を片づけ、餅を焼く。最後の一個がいちばん上手に焼けた。一年後にはまた下手に戻っているだろう。午前中は昨日テープ起こしをした鼎談の構成を完成させて、メールで送信しておく。RK新報の担当記者からメールが届いていた。ぼくが取材したいお店までパソコンやタブレットを持って行ってもらって、リモート取材をお願いできないかと相談していたのだけれども、同じ部署の人が体調を崩してしばらく休んでいて仕事量が増えている上に、今月は社の主催事業が多くて時間を作るのが難しく、また対面の取材だからこそ感じ取れるものを記事にしてもらいたいので、とりあえず今月は休載ということで、と書かれている。今回は対面の取材だからこそ感じ取れるものはあるのだろうけれど、画面越しだからこそ俯瞰した視点から質問できることもある。取材先の選定はリモートでは難しいけれど、今回は取材したいお店が決まっていたので残念だけれども、おそらく2月一杯は沖縄に出かけづらいだろうから、仕方がない。

 午後は書評を依頼されている本を読み進める。ごおごおと音を立てて風が吹く。15時50分にアパートを出る。電車はわりと空いている。その車両には乗らなかったけれど、こんなタイミングでもマスクをずらしてあごにかけている乗客がいる。まずは神保町に出て、「東京堂書店」をのぞく。3階に上がると、坪内さんの一周忌を偲んだフェアが開催されている。『本の雑誌』でおこなわれた坪内さんと亀和田さん、目黒さんによる鼎談をもとにした、「昭和雑文家番付」フェアだ。そこに並んでいた井上ひさし『私家版 日本語文法』、和田誠『ことばの波止場』、山本夏彦『茶の間の正義』を手に取る。他にも新刊本をあれこれと、『文學界』と『群像』を一緒にレジに向かうと、会計が1万6千を超えてしまう。読書委員をやっている人間は本にお金を注ぎ込むべきだろうと、自分で自分に言い聞かせている。連載についてちょっとだけ伝えておきたいことがあったので、紙袋を提げて本の雑誌社をのぞくも、Tさんは不在だったのですごすご引き返す。

 都営新宿線で新宿に出る。地下道を歩いていると駅弁大会のポスターが目に留まり、京王百貨店に立ち寄る。例年とは異なり、5階と7階の2フロアに分けて開催されているようだ。売り場は思いのほか閑散としている。少し前にFさんと高崎のだるま市の話をしたばかりなので、だるま弁当を探すも見当たらず、チラシだけもらって帰る。どんな時期でも楽しそうに過ごしている人はいて、どんな状況下だって楽しそうに過ごすことを誰かに咎められる筋合いなどないと思っているけれど、カップルが楽しそうに指輪を見つめている姿にハッとさせられる。

 17時過ぎに思い出横丁「T」に入り、サッポロの瓶ビールを注文する。横丁を行き交う人の数はまばらだけれども、日本語以外で言葉を交わしながら通り過ぎていく人たちもいる。ほどなくして常連のお客さんがひとりやってくる。「T」は、明日と明後日は15時から20時までの営業に切り替えて、その次の日から2月7日までは休業する予定だという。無理に営業を続けても、1日6万以上の売り上げが出る見込みも薄く、休むことに決めたとキッパリ言う。休んでいるあいだは「大工仕事でもしようかな」とマスターは笑っていた。ぼくはビールを3本とまぐろのづけを平らげて、小一時間でお店をあとにする。

 大ガードをくぐり、靖国通りを歩く。「飲み放題千円です!」と叫ぶ客引きの声が聞こえてくる。新宿3丁目の「ドトール」では、店内に吹き込んできた落ち葉を店員さんが足で掃き出している。「呑者家」はシャッターが降りていて、「緊急事態宣言の前ではございますが新型コロナウイルス感染症に伴い1ヶ月間休業とさせていただく事となりました」と貼り紙が出ているけれど、同じビルの「F」はまだ営業していた。キープボトルを出してもらって、焼酎の水割りを飲んだ。ここ「F」も、明日から休業することに決めたという。緊急事態宣言になって、できるだけお金を使いに出かけなければという気持ちになっていたけれど、ぼくがよく足を運んでいるような、比較的こぢんまりしたお店は、補償でなんとか乗り切れるのかもしれない。それより大変なのは何店舗も抱えているような飲食店や、大箱の飲食店なのだろう。あとは卸業者か――でも、そこに対してぼくができることは思い浮かばなかった。いちおう補償のある緊急事態宣言の期間中よりも、いちど「店に出かける」という習慣が途絶えたことによって、営業を再開してもお客さんの入りが悪い時期のほうが飲食店にとっては大変なのかもしれない。

 19時には店を出て、都営新宿線で小川町に出て、千代田線に乗り換える。最初にやってきた電車はぎゅうぎゅうだったので見送り、次にやってきた電車に乗り、根津駅近くで知人と待ち合わせる。バー「H」に入るつもりでいたけれど、マスクを外して談笑しているお客さんの姿がガラス越しに見えたのでやめにして、「海上海」で3品ほどテイクアウトして帰途につく。ビールを飲みながら、『家、ついて行ってイイですか?』のラスト、イノマーのパートを観る。ぼくも知人も涙がとまらなかった。ひとを取材するということは一体どういうことなんだろうなと、酔っ払いながら考える。