5月27日

 6時過ぎに目を覚ます。トイレに行こうかと思ったものの、一階から父と母の声が聴こえてきて、今2階のトイレに行って流すと「もう起きとるで」とふたりが話すんだろうなと思うと、しばらく我慢する(結局10数分後に行くのだけれど)。8時過ぎに一階に降りて、たまごかけごはんだけ平らげる。昼、母の作る生姜焼きを平らげたのち、山陽本線に乗って出かける。電車にはそこそこの乗客。広島で壁線に乗り換えて、緑井駅に出る。駅からすぐ目の前に、「フジグラン緑井」というショッピングモールが建っていた。

 14時25分、映画『ファーザー』観る。104キャパの劇場に、観客は7人だけだった。映画館でもビールの販売は中止になっていて、ダイエットコークを飲みながら観た。友人のF.Tさんがいわきでこの映画の話をしていて、それは観ておかなければと思い、平日の広島だと空いているだろうと思って観にきたのだが、実家でひさびさに両親と対面したあとに――しかも加齢が進んだ感じを目の当たりにしたあとに――観るにはシビアな映画だったかもなと思いつつも、やっぱり「自分なら、目の前に老いた親がいたとして、どんなことを書き残しうるか?」という思考回路しか持てないことに気づかされる。そして、そのことをFさんは言っていたのだった。

 せっかく郊外のショッピングモールにいるのだからと、しゃかしゃかした素材のハーフパンツを探す。部屋着として着るぶんにはしゃかしゃかした素材のほうが(特に夏場はドライな感じがするので)好みなのだけれども、上京したころから履いてきたハーフパンツは擦り切れてしまった上、都会だとあまりその素材のハーフパンツを見かけないので、ここぞとばかりに探す。が、ノーマスクでソフトクリームを舐めながら物色する若者たちの姿が目に留まり、ここに長居はできないなと早々に退散する。広島駅まで引き返し、改札を抜けると、駅前ビルのASSEが跡形もなく消失していて唖然とする。その中に入っていた「みっちゃん」という店で何度となくお好み焼きを食べてきたし、そこに入っているフタバ図書で高校生のころは本を買っていた。

 呆然としたまま市電に乗り、中電前へ。ライブの前にお好み焼きを食べるつもりだったけれど、Googleマップで出てくる場所は軒並み休業中だ。そういえば広島にも緊急事態宣言は出ているのだった。何軒か巡ってようやく営業中の店を見つけたものの、やはり酒類の提供は中止している。行政はどういう見地でこんなことをやっているのだろう。この店の店内では、マスクを外したまま、ノンアルコールビールを飲みながら談笑する客の姿があった。問題は――少なくとも問題の核心は――アルコールを提供するか否かではないのだと、この状況を目の当たりにしただけでもわかるのだけれども。いずれにしてもマスクを外して大声で談笑する客がいる空間で過ごす気にはなれないのと、酒が欲しいのとで、テイクアウトで注文。近くのセブンイレブンでビールを2本買って、元安川の川べりで平らげる。

 18時50分、アステールプラザ大ホールへ。今日はカネコアヤノのツアー初日だ。去年の初めごろ、ずっと彼女のツアーを追っていた。そしてそのツアーは2月で中断され、そのままになっていた(だから、ぼくのノートパソコンには、そのときのスタッフパスを貼り付けたままになっている)。あれから1年以上の歳月が流れ、久方ぶりに企画されたツアーが、ようやく実現できるはこびとなった。その初日が広島だと知り、里帰りもかねて、観にくることにした――それが今回の帰省の主な理由である。終演後は物販の販売はないというので、開演ギリギリまで列に並んで、『よすが/ひとりでに』という弾き語りアルバムを買う。

 19時過ぎ、ライブが始まる。最初は『よすが』というアルバムの1曲目から始まった。舞台上には黄色い電球が配置され、バントメンバーを囲んでいる。なんだか夢みたいだ。こんなふうに、ライブで演奏する姿を、旅先で観ることができるなんて――最初の何曲かはそう感じていたけれど、そのうち、「いや、これは夢じゃないんだ」と思い直す。そう、これは夢ではなく、現実だ。こんなふうにホールに集って、舞台上にバンドがいて、歌をうたっていて、それに合わせて体を揺らして過ごすことなんて、もう夢みたいになってしまった今ではある。でも、それを「夢」だと思ってしまわないこと、それが地続きの現実として成立しうるのだと信じることが、とても大切なこと(だと、今舞台に立っている人たちも思っているはず)だと、思い直した。

 実家からこの場所に足を運んでいるせいか、「夜に、こんなふうに街に出ることができたんだな」と、きらきらした心地がする。この日演奏された「かみつきたい」の歌詞なんて、「夜街へ出る」という歌詞がダイレクトに出てくるし、「カウボーイ」も私を連れ出してくれる歌だし、「さよーならあなた」にある「誰かに迷惑かけたくてしかたない」という一行や、この曲につまっている「今」に対するこだわりも、すべてが今で、この瞬間で、大切なことはすべてここで歌われた歌詞に詰まっているという感じがして、圧倒された。終演後は呆然とした気持ちのまま、近くのコンビニで缶ビールを買い、原爆ドームまで歩き、そこから市電に乗った。

 広島駅に到着してみると、カープのユニフォーム姿の乗客が大勢いて、あれ、緊急事態宣言が出てても野球の試合は有観客で開催されているのかと思う(もちろん、自分はたった今、有観客の音楽ライブを観てきたばかりではあるのだけれど)。帰りの山陽本線にも、ユニフォーム姿の乗客はいた。服にウイルスが付着している可能性は捨てきれないので、駅から歩いて帰っていると、22時半に母から電話がかかってくる。まだ帰らんのかと父が気にしていたという。こういうところが実家に帰ると面倒なんだよなあと思いつつ、静かに扉を開けて、帰宅。本当はシャワーを浴びてハンドソープで顔や頭を洗いたかったところだけれど、そんな音を立てるのも億劫になり、顔と頭に消毒液を塗りたくって布団に潜る。